陽㉖
クリスマスの営業は、すこぶる低調だった。
二十四と二十五の二日間は2名で五千円のコースのみの営業。昨年は予約だけでも満席で二回転しても間に合わず、営業時間を過ぎても客を受け入れ続けたというのに、今年は二日間で十六組に終わった。
その分落ち着いてサービスが出来たはずだけれども、客の反応はいまいちだった。肝心の料理が、昨年に比べれば明らかにグレードダウンしていたのだから、当然と言えば当然だ。
昨年はハート型に仕立てたサーモンとホタテのミルフィユのアミューズに始まり、前菜が3種盛り合わせ。パスタとピッツァを5品の中から2品チョイス。メインは七面鳥のローストと真鯛のアクアパッツァからチョイス。デザートも五品の中から二品をワゴンサービスでチョイスと、非常に満足度の高いものであった。勿論、既製品なんて一切なく、全て高杉シェフや悟さん、健ちゃんが一から仕込んだ手の込んだ物ばかりだった。特別に用意したスプマンテやクリスマス限定のオリジナルカクテルもばんばん売れて、忙しかったけど、楽しいクリスマスだった。
それに引き替え、今年は前菜に生ハムサラダ。缶詰南瓜のポタージュ。プリモピアットもミックスピザ、ナポリタン、トマトソースからの2品チョイス。デザートは小さな既製品のティラミスと、品数もボリュームも内容も、全てが陳腐化したものでしかなかった。
新規の客の中にはこんなものかとそれなりに楽しんでくれている人もいたものの、大半がリピーターとあってどの顔にも不満の色が見えていた。せっかくのクリスマスディナーとして昨年並の内容を期待していただけに、失望の念を禁じ得ないのだろう。当然のように、ワインなんてさっぱり出なかった。
二十五日は葛西社長もしばらくぶりにやって来た。いつも通り、中学生の息子さんを伴って。
でも久坂マネージャーは最初にちょっと挨拶しただけで、葛西社長のテーブルには近づこうともしなかった。むしろ率先してデシャップに張り付いてしまって、ホールに顔を出そうともしない。
乃愛もそんなマネージャーの様子を心配そうに見守るばかり。
仕方なく、俺がサービスをすることになった。
「……前菜の、生ハムサラダでございます」
殊更慎重に親子の前に皿を並べる。生ハムの中にサラダを巻き込んで円錐形に盛り付けた、ツリーをイメージしたという前菜。稲谷シェフにしては頑張った方だと思うけれど、お世辞にも洗練されているとは言えなかった。
恐る恐る顔色を伺うものの、葛西社長も息子さんも、特に一言も発するでもなくフォークを手に取り、黙々とサラダを口に運び続けた。
続くプリモピアットも同様。シンプルな……悪く言えば彩りも一切ないミックスピザとトマトソースを二人でシェアし、黙々と食べる。デザートも同様だった。
今日は特にクレームを申し立てるつもりもないらしいと、すっかり安心しきった俺を「ちょっと」と呼びとめたのは、食後のミルクティーを運んだ後だった。
「あなた、確か大学生だったわね?」
動揺しつつも、俺は「はい」と短く答えた。
「就職先は決まってるの?」
「いいえ。まだ、三年なので。年明けから本格的に動こうかと」
「そう」
深く息をつくようにして、葛西社長は目を伏せながら言った。
「……いい? 人生は一期一会よ。どんな会社に勤めるかわからないけれど、それだけは覚えておきなさい」
「はい。ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げ、逃げるようにその場から離れた。
葛西社長は程なくして、退店していった。
レジにはちょうど久坂マネージャーが立っていた。冷や汗を浮かべながら、「忙しくてお相手もできずに」なんて白々しい言い訳を繰っていたようだった。葛西社長は顔色も変えず、久坂マネージャーに対して一言二言、何か言葉を発して、それっきり出て行ってしまった。
それが十二月二十五日、クリスマスディナーの最期の客だった。
なんとなく感傷的になって、俺は葛西社長が出て行ったドアを見つめた。
外は白い雪が舞い始めていた。
きっと葛西社長はもう、この店には来ないのだろうな。なんの確証もないけれど、不思議と確信に近いそんな想いが過ぎった。
すっかり客のいなくなった店内に、急激に肌寒いような雰囲気が訪れた。気のせいではなく、全ての料理の提供を終えた時点で、早々と空調も止められていた。
葛西社長が帰った後の食器を下げて裏に入ると、調理場はもうすっかり片付いて、帰ろうという段だった。
「まだ九時前だ。良かった。これならまだサンタクロース間に合うな」
稲谷シェフは嬉しそうに笑い、そそくさと帰って行った。
今日のディナー客数は八名。たった四万円。
まだ九時前で良かった、か。
胸の中を空虚な風が吹き抜けるようだった。
高杉シェフが――せめて悟さんがいた時は、「早く帰れて良かった」なんて言う人間はいなかった。クリスマスディナーが四組八名だなんて言ったら、遅くまで喧々諤々と今後に向けた話し合いが持たれたはずだった。俺や乃愛、琴ちゃんや有希さんといったアルバイトまで含めて、忌憚のない意見を求めたはずだった。
早く帰れるのは、誰のお蔭だ。客が来ないのは誰のせいだ。
やり場のない怒りを持て余して、俺はホールに戻った。誰かに聞いて欲しかった。こんなんじゃ駄目だ。もっとちゃんとした料理を出さないと。客は離れる一方だ。
しかし俺は、ホールに出ようとしたところで足を止めた。入口のキャッシャーで久坂マネージャーがレジ閉めをしている。その隣で、乃愛が何かをまくしたてていた。乃愛は目を真っ赤にして、涙目にも見えた。久坂マネージャーは目を合わせようともせず、まるで無視でもするかのように作業を続けている。
きっと乃愛も、同じ気持ちなのだろう。
俺よりも距離が近い分、乃愛の方が不満も言いやすいのかもしれない。
俺は踵を返して、裏の片づけに入る事にした。どんな話をしたのか、後で乃愛に聞こうと思った。




