81話 休息は凪
思い出したくもない思い出は誰にだってある。人は常にパンドラの箱を持っていて、そこにしまっているんだ。その箱を開けられた瞬間、人はどうなるかわかってる。
俺はみけ太に何度も殴られた恐怖心を封印した理由は、ある少女がきっかけだった。美命のお見舞いで小児科に訪れたとき偶然と会ったのが、麗という少女。遊び場がありそこでいつも絵を描いていた。ただ麗の瞳は常に輝いていて、眩しくて、その輝きを見てたら、麗がこっちを向く。そして太陽のように笑う笑顔を見て、その笑顔を守りたいと思った。
アンジの声が聞こえゆっくりと目を開けたら、ボロボロになっているアンジの姿を見た。
「アンジ…」
「ミケはいないから安心していいからね。たった今終わったから、とにかくカゼノ国に戻ろっか」
「そっか…兄貴と松風先輩、大丈夫だったかな」
終わったなら兄貴と松風先輩も戻って来るよなとアンジの力を借りて、起き上がっていると松風先輩が戻って来る。しかし兄貴の姿はどこにもなく、それからその直後、テンファも戻って来た。
「松風先輩、兄貴は?」
「どう説明をしてあげればいいか。えっと伝えたいんだけど、ちょっと待ってくれる?」
そう言って後ろを振り向く松風先輩で、俺たちは数秒固まっていた。なぜならいつも読点をめちゃくちゃつけて喋ってる松風先輩が普通に喋ってるからだ。
何があったんすかと言いたい気持ちがありながら待ってようと思った矢先、テンファにあることを言われた。
「想心さん、思穏さんから伝言です。柘榴夏海さんがもしかしたらダークグレーノ団長かもしれないから気をつけてほしいと」
「夏海が?」
「はい。グレイは元々カステクライン使いで、母さんに聞いたところ最近になってグレイはデステクライン使いになったとお聞きしました」
「…そうか!なんで肝心なことを僕は忘れてたんだろう。確かにグレイは最近になってデステクライン使いになった。元々グレイはカゼノ国出身だったから、襲われてデステクライン使いになってもおかしくはない。それでグレイの本当の正体が誰なのかは言ってなかった?」
アンジに言われてテンファは思穏が言っていた言葉を思い出してもらうと、そう言えばと口にする。
「想心さんに懐いていた少女で、転院後は連絡も途絶えてしまったから詳細はわからないと。それが仮にそうなら…」
信じたくもない言葉を言われて立ち崩れそうなところアンジが支えてくれた。麗がっ麗が亡くなってただなんて、信じたくなかった。あんなに元気だったのに、なんで俺は見舞いも行けなかったんだよ。
「想心、しっかり」
「…悪い。それでグレイは?」
「ダークグレーノ副団長に連れて行かれたので、どうなったのかは分かりません」
確かに麗はグレイの年齢ぐらいだったとしても、気にもしなかった。それじゃあ俺はずっと麗に遊ばれていたってことになるのか。そうだとしても雰囲気が全然違ったし、あんな喋り方じゃなかったからな。
どうせならもう一度グレイと話したい気持ちはやまやまだが、アンジの顔を見れば会わせられないというような表情だった。とにかく松風先輩の言葉を待とうとしたところ、まだ寝ていた雫が起き上がり状況を把握した途端、泣き出してしまう。どうしたと雫の背中に手を当てて摩ってあげると俺の服にしがみついてしまった。
俺が寝ている間、何が起きたのかまだアンジから聞いてはないけれど、恐らくだがここにいないミケ、いやみけ太となんかあったんだろう。
そう思ってアンジの顔を確認してみると、言いにくそうな顔立ちをしていた。俺がみけ太から逃げたいと言ったから、アンジは何も言わないでいる。この歳になってもみけ太を恐れてるだなんて、本当にバカだな、俺はと雫を抱きしめてあげる。
「雫、俺はもう平気だから、すっきりしたらみけ太に何があったのか教えてくれ」
「…想心、本当に大丈夫?」
「平気だ。それと悪い。団員一名奪われたこと、団長に報告してくれないか?」
「うん、わかったよ。ちょっと話してくるね」
アンジはちょっと離れた場所で報告してもらい、松風先輩はこちらを向いて状況を把握してくれたたいだった。雫が落ち着くのを待っていると、テンファのポケットが光り出す。
テンファはなんだろうという顔立ちでポケットから取り出そうとしたが、胸騒ぎがして取り出すなと叫んだ時のことだ。テンファが闇に呑み込まれそうだったところ、せなさんが助けてくれた。
「ふう、間一髪だった。テンファくん、申し訳ないけどちょっとポケットにある魂回収させてもらうね」
「あっはい」
せなさんは手袋をし、ポケットの中にあったらしい魂を取り出すと、ただの無魂らしいがなんらかのマークがついていた。
「優隊長の言われた通りだった。テンファくんたちのお父さん、テンファくんだけ異常な愛情をもらってたんでしょ?」
「…言われてみればそうかもしれません」
「異例な無魂があってね。異例な無魂をずっと持ち続けていると、道連れになる危険度があるの。だから無魂を回収したら、すぐ霊院に持ってってほしいみたい。優くんからの伝言だからね。それから」
せなさんは俺のほうに近づいてなんと正座をし、なんと頭を地面につくぐらい下げたのだ。
「想心くん。こんなのは間違ってるかもしれない。だけどみけ太の代理として謝らせてほしいの。ずっと言ってた。想心くんに取り返しのつかないことをしたから、謝りたいって。本当にっごめんなさい」
せなさんに謝罪され、雫が泣いている意味を理解した。みけ太がこの場にいないのは、みけ太がデステクライン使いとなってしまった関係で、せなさんが代理として謝っていること。
そしてグレイがみけ太を三毛猫にさせた理由もわかってしまう。もしみけ太が三毛猫じゃなかったら、俺は恐怖に呑まれ、すぐデステクライン使いになってたかもしれない。そう思うと恐怖心はとうに消え、よかったという安堵感を持てた。
「せなさん、顔をあげてください」
俺の声で顔をあげるもみけ太を助けられなかった思いがせなさんの表情でわかりつつ、理解した上で涙目になりながら微笑む。
「よかった。みけ太にすげえ可愛い彼女さんがついてくれてたことに、こちらこそ感謝します。幼稚園の頃、俺がずっとみけ太のそばにいたわけは、みけ太が助けを求めてたからそばにいたんです。あの時、みけ太にやられた恐怖心はわかっていたから」
その言葉でせなさんは両手で口元を隠し、大きな粒をポロポロ流し始めていく。俺も同じことを受けるんじゃないかという恐れをみけたは常に抱いていた。それでも俺はずっとみけ太と一緒にいて、みけ太は暴走してしまったということ。
今ならきっと、いや必ずみけ太を助けられる方法はいくらでもある。俺が僕ではなく俺として生きていたのは、助けを求める人を守れる男になりたかったからだ。
「想っ心、ごめんっ。私があんなこと言っちゃったからっミケがっ」
「だいたいわかったから、気にすんな、雫」
でもと言いながらまだ泣き続ける雫であり、しばらくは泣き止まなさそうだなと思いながら、松風先輩に聞く。
「それで兄貴はどこに?」
「颯楽が生きていることが判明したよ。想心と過ごしていたのは颯楽の弟、凪嬉と言って」
「あぁやっぱ」
俺が言うと松風先輩がフリーズしてしまい、テンファは首を傾げていて、せなさんが落ち着いたのか、テンファにかくかくしかじがと説明してもらって納得してもらった。
松風先輩は再び、背を向けてしまって、となれば松風先輩はなんらかの理由で、俺に伏せてくれていたってことかな。
「あのー松風先輩?大丈夫っすか?」
「あの家では一言も凪嬉と言ってなかったはずなのに、どうやって見分けつけてたの?」
「あーなんというか、ちょうどみけ太にやられて入院してた時期に、夜中寝れなくて窓を見てたら兄貴が現れた。それで兄貴って聞いたら、弟のほうって言われて秘密の約束してたんです。帰ったら僕がいたとしても兄貴の颯楽と認識してって。そこから間違えないように、兄貴って言うようになったかな」
思い出しながら喋ってると松風先輩がなぜか四つん這いとなって、落ち込んでしまう。なにか変なこと言ったかなと頭をかいていると、立ち上がって思いっきり叫ぶ松風先輩だった。
「凪嬉の馬鹿あああああぁぁぁぁぁ!」
一体何があったのかは知らないけど、こっちに来たのは凪嬉ってことは、颯楽兄は今も生きてるから芽森がひとりぼっちになるってことはなくなるんだよな。
◆
あれから色々と獣柱の方たちに情報をもらってはいたけれど、これは何と思ってしまうほどだった。獣柱に呼ばれて行ってみたら、そこには凪嬉が寝ている。想心のそばにいたはずなのに、もしかしたら凪嬉だとばれたのかもしれない。
「なぜこちらに連れて来たんですか?ここにいたら龍真さんに見つかります。直ちに凪嬉を想心の元に返してあげてください」
「こちらも混乱をしているのですよ、凪嬉。いつ?どこで入れ替わったんです?あの時点ではあなたがこちらに来るはずだった」
僕も正直生きていることに驚いているし、あの時点で僕は死を覚悟してた。それなのに目が覚めた時は叔父さんの家で寝ていた。なにか術を込められたとかはなかったし、もしできるなら凪嬉のほうだと寝顔に触れようとするもすり抜けてしまう。
そりゃあそうだよね。僕はまだ現世にいて、凪嬉は常世の人間になってしまったんだから。
「僕もわかりません。ただ言えるとしたら叔父さんの仕業か、もしくは凪嬉の仕業かもしれない」
「一部の人間はすでに凪嬉だと認識しているぞ。どうする李好」
「本来ならばこのことを報告すべきですが、仮に伝えたとしても、龍桜家はあなたを殺さない。名をどうしますか?今現状、あっちの情報ではあなたの名前となって登録されている」
僕はあの時から決めていたこと。弟、凪嬉を守れるならと僕は凪嬉となって過ごしていたんだ。
「変わらず僕は凪嬉として動く。だから今まで通りでいいよ。それから芽森は本当に大丈夫と信じていいんだよね?」
「はい。今は風龍使いの方もいるので、ご安心を」
獣柱を信じるなと叔父さんは言っていた。だからいつどこで芽森が襲われても僕は助けることができない。もしできるとしたら想心が鍵となる。
「もし変な行動をとったら、僕は本気であなたたちを消滅させること忘れないでください」
「えぇもちろん。ただし、姫に会うことは禁じられていること忘れなきように」
そう言って凪嬉を連れて行ってしまい、ここで気づかれたかどうかは不明だった。気配がないのを確認がとれたところで、父さんと母さんが顔を出す。
「颯楽」
「さっきの聞いてたなら凪嬉でお願い。本当は返してあげたいけど、家には獣柱がいるだろうし、とにかく寅萩家の人に会いに行って。もう時期時が来るから準備を進めてほしいと」
「心苦しいが、そっちのほうは頼んだ」
父さんが行こうとするも母さんはまだ行こうとしていなくて、そして抱きしめられる。
「必ず生きて戻って来てちょうだい。あなたまで失ったら、お母さん耐えきれない」
「わかってるよ。ほら、父さんが」
「えぇ」
母さんは涙を拭って、父さんと寅萩家の生き残りの人に会いに行ってもらった。空を見上げると今でも雨が降るような勢いで、僕は叔父さんの家へと急ぐ。
叔父さんは龍桜家に歯向かうために、いろいろと準備を進めていた。僕たちの未来を決めさせないために。けれど凪嬉の命と、そして想心の命を失ったことと、芽森を神社に縛りつけたことで叔父さんは激怒していた。叔父さんにとって甥と姪が宝物だったから。もちろん、想心もだよ。
叔父さんの自宅に戻ってみるも、叔父さんの姿はなかった。出かけているようで、白装束を脱ぐ。外に出る時はこれを着るよう言われてる。
一枚だけ飾ってある僕たちの写真には、僕が写っていないもの。あの時は凪嬉が僕として動いていたから。その写真たてをとり、凪嬉の笑顔は偽りもない正真正銘笑って楽しそうな表情。あっちでうまくやれるかはわかないけど、凪嬉の思いは必ず想心に届く。
だから心配しなくていいよねと写真たてを元に戻し、叔父さんの帰りを待つことにした。
◆
カゼノ国に戻り、みけ太の手続きをすませたせなさんは猫柱、テンファの弟である優の元へと帰ってしまった。なんかいろいろありすぎて疲れたとボフッとベッドに横たわる。汀も疲れてしまったのか俺の隣にきて丸くなって寝始めた。
凪嬉兄は戻って来るのかなと、うとうとしていたら、隣の部屋で叫び出すアンジ。今はそっとしてと寝そうになっても、再びアンジの叫びで、何事だと行ってみようとしたところ。
廊下に大量の蛇がいてなるほどなと隣の部屋に入ってみると、苦笑してしまうほど蛇が置かれていた。そしてアンジは失神状態となっている。しばらく起きそうにないなと部屋に戻ったら、ソファーでくつろいでいるプーリーがいた。
「久しぶりだな、プーリー」
「久しぶり、想心。相変わらず蛇嫌い直さないと、上司に怒られちゃうぞー」
「どう言うことだ?」
「獣柱の一番偉い人が蛇柱なんだよ。うちの仮説なんだけど、アンジは昔、蛇柱にいじめられて蛇が苦手になったんじゃない?」
なるほどなと俺はベッドに座り、なぜ来たのかを聞いた。
「んでわざわざなんで来たの?」
「王様からの命で、このまま想心たちをドクノ国へ行ってほしいみたい」
「ん?俺たちの王様?」
「そうそう。留学届はうちが持ってるから、明日出発しよう。ちょっと雫ちゃんが心配だから、様子見てくるね」
俺も行くと向かいの部屋をノックするも反応がなく、入るぞと言いながら雫の部屋へと入った。雫は布団に包まっていて、あんなに泣いたのにまだ泣いてんのかなと、そっと布団をずらしてみると普通に寝ている。
「状況は優くんから聞いたから」
「ん?えっプーリー、お前まさか」
にかっと微笑んで服装ががらんと変わり、思わず大声出そうになったじゃねえかと突っ込みたくなりそうだった。プーリーの服装が紫ではなく、シロノ団服となる。
「一応、うちは蛇柱の部下、つまり一番上の部下」
「なんか納得してしまう自分が怖いわ。いつもアンジを揶揄っている原因がこれか」
正しくと笑顔でいうプーリーであってもその笑顔の裏を見てしまえばゾッとするわ。
「上司の命も含め、しばらく同行させてもらうから」
「アンジの身が持たないような気がするんだが?」
「気にしない気にしない。想心はこのままお姫様といてあげてね。アンジと二人きりで話したいこともあるし」
「腑に落ちないけど、蛇は片してあげろよ」
わかってるよと言いながら、いつもの格好に戻り、プーリーはアンジの部屋へといかれた。雫のメンタルが壊れなきゃいいけどなと、ベッドに座り雫の頭を撫でる。
俺は気にしてないから、いつもの雫に戻ってくれと撫でて続けていたら、雫が起きちまった。
「想心の手、やっぱり安心…する」
そう言って雫は瞼を閉じ、深い眠りへとついてしまい、俺もいつの間にか眠ってしまった。
◆
想心と雫が寝ているところを襲いたくはありませんのと、ダークグレーノ王国へと戻りましたの。あるが選ばれた意味がわかった時点であぁするしかありませんでしたわ。
「牡丹、行かなくてよろしくて?」
「覚悟はすでに決まってる」
「そうですの。百合男は残念でしたけれど、必要な人材は全て手に入れた。残りはあと一人。そこは玖朗がお迎えに行くと言い張ってましたから、あるたちはそれ以外の準備を。それからディーグはブラックノ団員に戻った手続きを頼みますわ」
承知と牡丹は行ってもらい、さてとかステクライン使いのままでいる思穏の元へ。
行ってみるとゼブラに警戒されるも、本当に大丈夫なのかと心配をしてくださいましたわ。
「もう平気ですの。思穏、先ほどは無礼な行動をしてしまって申し訳ありませんわ」
あるが謝罪したことでゼブラがとても驚いており、思穏は麗ちゃんだよねと質問されましたわ。その名はいつぶりかはわかりませんわ。ただ言えるとしたら
「想心をデステクライン使いにさせるため、あるがダークグレーノ団長に選ばれましたの。そして思穏、カステクライン使いになった今、思穏の役目がもう時期来る。セブラ、そうですわよね?」
「んーはぁ、グレイ、順序って言うものがあるだろ。思穏は俺たちみたいに、デステクライン使いにならなくていい」
「どう言うこと?」
「実はな、照秋はカステクライン使いでデステクライン使いを率いていたんだよ。思穏がカステクライン使いとなった今、もう時期大きな戦が待ち構えている。千年前に起きた戦より大きな戦がな。それでグレイ、グレイの役目は叶になんて言われた?」




