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【書籍化】王宮の至宝と人質な私  作者: 岡達 英茉
第7章 わたしの居場所
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最終話

「エリオットがいないんだけど!知らない!?」


出発の時間だというのに、なんでいなくなるのよ!

チョロついては直ぐに消えるエリオットの姿を求めて、私はソファに悠然と座る自分の夫を見た。

黒地に金糸が彩る衣装は、ガルシアの趣向に合わせて地味な物を選んだ結果らしかった。だがその煌びやかな金糸が、金の髪とあいまって余計派手に見えるとは本人は気づいていないのだろう。


「ねえ、イライアス!なんで新聞なんか読んでるの?もう出る時間だから!ジルが表で待ってるよ?」


そう言うと、彼は漸く新聞をテーブルに置き、立ち上がった。


「そんなに怒るとお腹の天使に障りますよ。エリオットなら、父上と中庭で遊んでいましたよ。」


中庭!?

ここからすっごく遠いじゃないか。

急いで中庭までエリオットを迎えに行こうとすると、イライアスに腕を抑えられた。


「私が行ってきます。馬車に乗っていなさい。」


四年前に北の領地を粗方没収されたショアフィールド家の父母は、今私たちと一緒に王都の屋敷に暮らしていた。義父は飄々とした人物で、私を静かに受け入れてくれたが、当初は義母の私に対する態度は極めて悪かった。年齢を感じさせないほどに美しいその義母は、長い間私と口を殆どきいてくれなかった。広大な屋敷では、顔を合わせる必要が無かったので、私たちの距離はなかなか縮まらなかった。

転機は三年前に訪れた。

ガルシアとの敗戦以来、支持を失っていた国王が退位し、フィリップ王子がイリリア国王として即位すると、イライアスは再び宮廷騎士団長に任命され、ちょうどその頃私はイライアスとの子どもを生んだ。

それを皮切りに、義母と私は顔を合わせる事が増え、今ではすっかり打ち解けている。とりわけ義母は長男のエリオットを目にいれても痛くないほど、可愛がっていた。彼がイライアスに激似だった事が幸いしたのは言うまでも無い。

玄関ホールを抜けようとすると、後ろから名を呼ばれ、義母がいた。彼女は両手にカゴを抱えていた。

相変わらず置物みたいに綺麗な彼女だが、カゴには菓子が山ほど入っていた。


「エリオットたちのお菓子よ。持って行きなさい。馬車の中でいるでしょう?」


おかあさま。孫の歯を虫歯だらけにするつもりですか。そう言いたいのはぐっと堪え、笑顔で礼を言う。カゴを引き受けようと手を伸ばすと、義母は軽やかに首を振った。


「重いから私が運びますよ。貴方ときたら、いつもお腹が大きいのだから。」


文句は自分の息子に言ってくれないか。

私だって妊婦じゃない時がほんの少ししか無い状況を、決して好んでいる訳ではない。さすがに毎年出産をするというのは、キツイ。あまり出かけられないし、いつも低い靴をはいて、ドレスも妊婦用の地味な物ばかり。クロゼットには、ほぼ新品の素晴らしいドレスたちが眠ったままだ。なのに、今だにイライアスは美貌に変わりがなく、王宮であちこちの女性から言い寄られている。なんだか不公平だ。

そんな私の不満を素速く読み取ったのか、義母はその貴石の様な緑色の瞳を躍らせて、付け加えた。


「あら、でもまだ子どもは必要よ?貴方にはまだまだ頑張って貰わなければ。ガルシアの領地を将来継ぐ子もいるし、ショアフィールドにも男の子が二人はいるわ。娘も二人……いえ、三人は最低必要よ。」

「そんなに………!?」


自分はそんなに生んでいないじゃないか!と私は心の中で反論する。


「大丈夫よ。貴方たちは身内の私から見ても、時折鬱陶しいほどに愛し合っているじゃないの。」

「す、すみません……。」


おかあさま、と高く澄んだ声がして、エリオットがトコトコとイライアスと義父に左右の手を繋がれて歩いて来た。

お菓子のカゴを見るなり、今食べたい、と騒ぎだす。言わんこっちゃない。

騒ぐエリオットを宥めながら、玄関を出て、門から続く私道にとめられた我が家の馬車を見た。

その一瞬、私は何故か、かつてそこから無人の馬車を振り返り、キースの名を呼んだあの夜を思い出した。あの日から四年がたち、その間になんと多くのものが変わった事だろう。

あの時の自分は、四年後にこうして子どもたちを連れて、イライアスと一緒にガルシア王国に、今はその地に住む私の実の両親と王を訪ねに行く日が来るなんて、思いもしなかった。


「アリアンナ様はお休みになられてしまいました。」


人懐こい笑顔でそういうジルの声に、現実に引き戻される。馬車の中を覗き込むと、二歳になる次男の隣で長女のアリアンナが侍女に抱かれてすやすやと気持ち良さそうに寝息をたてていた。

エリオットに何度もキスをしてから、彼を馬車に乗せ、義母が呟いた。


「アリアンナは小さいから、今年はやっぱり置いて行けば良いのに。」


するとイライアスがまたその話か、とややげんなりした顔で義母を諌めた。


「アリアンナを見たいとガルシア国王夫妻がご所望なのですよ。連れていかない訳にはいきません。」


ガルシア国王のレスターは三年前にメリディアン王女と結婚していた。レイモンド王子がイリリア国王から遣わされたあの日、イリリアはガルシアにメリディアン王女を娶るつもりがないかどうかの提案をしていたのだ。私はそれを帰国後に、イライアスから聞かされた。ガルシア国王夫妻には一年半前に王子が誕生し、その後アリアンナが生まれると間も無く、二人の婚約話が舞い込んでくるようになった。もっとも、最初はメリディアン様のおふざけだろう、と受け流していた。

アリアンナは客観的に見ても素晴らしく整った顔立ちをしており、混じり気のない金髪に白磁の肌と、花が咲いた様な透き通る綺麗な青い瞳は、天使そのものの様に愛くるしかった。母親の私が言うのもなんだが、この子を見た時、本当に私が生んだ自分の子どもなのか内心疑ったものだ。彼女はイライアスにもあまり似ず、義母いわく、絶世の美女としてイリリア王国中の貴族の男たちから求婚をされたという、義母の祖母に生き写しらしかった。遠過ぎて全くピンと来ないが、ホルガー系の血筋だ、と反駁する材料は残念ながら一切無いので、大人しく同意する事にしている。義理の母には益なくやたらに反論しないのが賢いやり方だ。

そんなわけでアリアンナの噂が広まってしまい、最近ではわざわざアリアンナを見に来たりする貴族がいたり、将来への布石に彼女を養女に迎えたいと提案してくる王族まで出て来る始末だった。イライアスはなんだかんだと理由をつけてはそれを断るのに苦慮していた。


「断言出来ますよ。この子を一目見たら、ガルシアも未来の王妃に欲しいと思うに決まっています。」


満足気に勝手な予言をしながら義母は馬車の扉を外から閉めた。

私とイライアス、子どもたちと侍女二人を乗せた馬車が動き出す。ジルは馬に乗り、先を走る。


「ねえアリアンナはガルシアの王子さまと結婚するの?なら僕はおかあさまと結婚する。」


そう無邪気に言いながら、エリオットが隣に座る私にべったりとへばり付いて来た。柔らかな小さい身体が、あたたかい。それを見て、正面に座るイライアスが不機嫌そうに眉根をよせた。


「エリオット。お父様はその冗談が嫌いだと何度も言っている。」

「冗談じゃないよ!本気だもん。」

「お前も知っての通りおかあさまはお父様と結婚している。」


そう言うとイライアスは長い腕をこちらへ伸ばし、私の左手をとらえて優しく握った。同意を求める様に笑んだイライアスの表情に妙な色気が漂っていて、見慣れてもなお私は見惚れてしまった。


「でも僕はうわきしないもん!」


不意にイライアスの目つきは冷気を帯び、眉根を寄せてそれをエリオットに向けた。


「誰かが浮気をした様な言い草はよしなさい。」

「僕はパーティで他の女の人と踊ったりしないもん!」

「お前も社交についてお勉強が必要だな。兎に角、お前たちのおかあさまはお父様だけの奥さんなんだよ。」


同乗する侍女たちが顔を歪めて笑いを堪えている。

次男のショーンは侍女の膝上で、訳もわからず釣られて笑っていた。


「良く覚えておきなさい。おかあさまが欲しいなら、可愛い息子と言えど、決闘を申し込む。」

「ズルいよ〜。お父様に剣で敵う人なんていないもん!」


くすくすと言う笑い声が馬車の中でこだまする。

目を上げると悪戯っぽく輝くイライアスの瞳とぶつかった。この瞬間に私の気持ちは空気の様にふわりと浮上し、暖かなもので満たされる。

時折あの日々を思い出す。だが、辛かったかつての出来事は、二度と繰り返したくはないけれど、今の私に繋がる過去として存在を受け入れていた。


私の愛する人と、愛してくれる人。

可愛い子どもたちと、まだ見ぬお腹の赤ちゃん。

気心が知れた侍女たち。

皆が満ち足りた心安らぐ楽しい、けれどなんでも無い時間を作っていた。

私は今、それを噛み締める。

幸せという、形の無い瞬間の連続を。


これにてセーラのお話は終わりです。

私の投稿作の中で一番長くなりました。

最後まで読んで下さった方々に心より御礼申し上げます。特にお気に入り登録をして下さった方々、励みになる感想を下さった方々にはとても支えられました!

ここまでお付き合い頂きまして、どうもありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
とても素敵なお話でした。イライアス推しだったのでイライアスの結ばれてよかった…!
[良い点] イライアスもアルもどっちも推せて辛かった… [一言] 素敵なお話をありがとうございました!
[一言] こんばんは。 ご返信ありがとうございました。 また初期のご作品とのことにもかかわらず、 わざわざ受付の変更をしていただき たいへんお手数をおかけいたしました。 ありがとうございました。 …
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