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一方通行  作者: 間宮 榛
5/5

05 チロルチョコによる考察



 チロルチョコって、安い割に色々な味があって、ひとつから買えるから好き。どれもこれもおいしそうに見えちゃう浮気症のあたしにはぴったりだと思う。特に冬場になると売り出すきなこもち味が一番好きで、毎年箱買いする程度には愛してる。


 そんなチロルチョコを大量に配ったのが、バレンタインデー。要は普及させようという魂胆。手作りで何かお菓子を用意する、ということが無理だったからという理由もあるけれど。あたしは自分が料理下手なのをきちんと自覚してるから、年に一度だけ作った手作りのものを誰かに食べさせるだなんて恐ろしいことはしない。腹痛報告とか聞きたくないし。ついでにチロルチョコ好きの仲間が増えたら嬉しいよね、という打算つきのバレンタインチョコだったけれど、結構チロル好きな人が多いことが判明して満足。

 きなこもち味のお返しがきたのが、ホワイトデー。風紀委員の相棒から渡されたそれはあたしの趣味をよく理解していて、限度額いっぱいまで使って買われた大量のチロルチョコを見て心が躍った。だって好物を、それも一番好きな味のを、めいっぱいだよ? 喜ばないわけがない。抱きつこうかと思ったけどやめておいた。なんとなく、うん、なんとなくなんだけど、女として意識してもらうよりは友達として認識してほしいから。恋人よりもチロルチョコのが嬉しい花の十六歳です。

 イチゴ味のチロルチョコが出回る頃、あたしは無事に進級した。そして、高校に大事件が起こった。今まで女だと思っていた我が風紀委員の高嶺の花、副委員長である尾本先輩が実は男だったという前代未聞のカミングアウト。趣味で女装していたわけでも、ましてや性同一性障害で女になりたいというわけでもなく、身も心もれっきとした男。今まで先輩と一緒に仲良く体の保湿とかダイエットとかについて話してたことを思い出して、軽く眩暈がしたのが始業式。尾本先輩の女子力の高さと擬態力の凄さにあたしは脱帽です。

 イチゴ味から抹茶味に代替わりする頃、つまり現在。なんだか風紀委員会は表面上仲良し、である。尾本先輩の妹である子がなぜか風紀に入ってきたというのが重大ニュースといえばそうかもしれない。その妹というのが、女装をしていた時の尾本先輩にそっくりだから。それでも、尾本先輩より線が細くて背も低い、明らかな女の子だから、それと昔の尾本先輩を比べると、やっぱり先輩って男なんだなと思う。そんなことを考えながら、あたしは抹茶チロルチョコを頬張る。まだ委員会始まる前だし、時間もあるから問題ない。隣の席に座った去年からの相棒が見てきたので、抹茶チロルの包み紙を剥いて口の中に放り込んでやった。抹茶あんまり好きじゃない、とか言いつつも口をむぐむぐと動かしているから、大丈夫でしょと結論付ける。新緑の色が鮮やかな包み紙を指で持て余しながら、ぼんやりと風紀委員会の表面上仲良し、の空気を作る人に目をやった。


 知ってる?

 高級なものも、食べ続ければ食傷で飽きるんだよ。その点、庶民のものは色々と工夫を凝らして飽きられないように必死だ。あたしはその努力が好き。高級品って、もうそれ以上どうしようもないと言わんばかりの完成品の態度をして、目覚ましい変化なんて望めない。そんなお高くとまったものは、あまり好きじゃない。おいしいとは思うけどね。

 それに比べたら、チロルチョコの一生懸命さは好き。色々な味を出して、定番の味も守って、値段は据え置き。たまに高めのやつも出すけど、値段は知れてる。色々なキャラクターとかコンビニとかとのコラボが実は好きだし、パックになって統一されたパッケージのも結構お気に入り。


 ちょっと話が逸れたけど、これって人間にも言えると思うんだ。

 側にいたら好きになるのって、至極当たり前なんだよね。アイドルみたいにテレビの向こうの存在が好き、なんていうのは面食いの典型的な例だと思うけど、基本的には関わった人の中から好きな人を見つけるのが人間なわけだし。顔も、それなりに関係あるよね。どんなに中身が理想的でも生理的に受け付けられない外見だったら無理でしょ。

 あたしの見立てでは、副委員長の尾本先輩は仁香ちゃんが好き。もう好きってレベルを軽く超越して、大好きじゃ足りないくらい、愛してるとか溺愛とかそういうレベルで仁香ちゃんに好意を抱いてる。それは女装していた時から仁香ちゃんへの愛を包み隠さず表わしていたのもある。今だってそう、委員会の前のほんの少しの時間でさえ、仁香ちゃんに触れてたいみたい。尾本先輩ってなんかこう、もっとおしとやかで柔らかいイメージだったから、こんなに押しの強い肉食系男子だとは思わなかった。

 ついでに言うと、今年も仁香ちゃんの風紀委員会内での相棒に無事就任した津由も、仁香ちゃんのことが好きだと思う。仁香ちゃんと同じクラスになって、仲良く風紀委員に就任。そこまではよかったと思うんだよね、男が苦手気味な仁香ちゃんも一年かけて津由には慣れてたし。友達としてはいいやつが相棒でよかったなー、なんて。だって津由、強引じゃないし。人の気持ちをおもんばかって、無理矢理押し倒すとかそういうことしないし。むしろどっちかというと、不器用でへたれ。仁香ちゃんのこと気になってるけど、どうやって好意を表したらいいかわからない不器用男子。いやね、二人のまったりした空気見てると、このまま付き合ってしまえばいいのにとか思うレベルでほわほわしてるんだけど。津由がもう少し頑張って自分の気持ちを言えたら、満更じゃないのにとか思う。尾本先輩のボディタッチにもやもやしながらも何も言えない津由、あたしは一応イチオシ。

 それで、二人から好かれている肝心の仁香ちゃんはというと、これがなんとまさかの大穴、風紀委員長の水主先輩に片思い。片思いって言っても、観察と話をまとめるとちょっと憧れが混じった淡い恋心、みたいなかんじ。うーん、仁香ちゃんかわいい。まだもう好きで好きでたまらない、毎日会いたい! みたいな強い恋心を抱いてるってわけじゃないみたいだから、救いがあるといえばある。なんだろ、まだ恋に恋するみたいな、結構純粋な場所にいるんだよね仁香ちゃん。あたしとしては、このまま純粋でかわいい仁香ちゃんでいてほしい。小悪魔みたいに男を誘惑とかしたら、あたしが失神しそうだ。魅了された的な意味ではなく、ショック的な意味で。あと仁香ちゃんって押しに弱いちょっと消極的なところがあるから、今のところはがんがんアピールしてる尾本先輩のが有利。津由もっと頑張れ、なーんて思ってはいるけれど、助けるのもなんだか違うので見守る立ち位置なあたし。あ、ホワイトデーのときはあまりに見かねてちょっと手を出したけどね、あれはカウントしない方向で。だって津由がびっくりするくらい仁香ちゃんにぴったりの選んで買ってるし。ピンクのリボンとか、あの男がどんな顔して買ったのかを想像したら、ここで少しくらい報われてもいいかなと思って、仁香ちゃんの髪につけてあげた。案の定嬉しそうなオーラを出して、少し顔がゆるんでいた津由を見て、あたしはもっと頑張れよと背中を押したくなった。

 いけないいけない、話が逸れた。

 さてさて、仁香ちゃんが恋するお相手、水主先輩なんだけど……あまり信じたくないんだけど、どうやら尾本先輩が好きっぽい。まさかのぐるりと一周する三角関係。いや、津由を入れたら四角関係かな。元々、水主先輩と尾本先輩、お似合いカップルって呼ばれてたから何ら不自然じゃないんだけど。それはあくまで、尾本先輩が女だったらという大前提の話で。尾本先輩が男だとばれた現在、それでも水主先輩はどうやら片思いというか……なんだろう、もう性を超越した愛を抱いてる、みたいな? あたしは別に誰が誰を好きでもいいと思うよ、周りに迷惑かけなきゃ。ただ、同性を好きになるっていうのは世間的にも、当の水主先輩的にも大問題のようで、水主先輩はここのところずっと思い悩んでもやもやしているっぽい。そりゃそうか。水主先輩に憧れてる子たちがこのことを知ったら、幻滅とか非難とか、そういうマイナスなことがいっぱいなんだろうなぁと思うと、あたし以外の人は勘づいてないみたいでよかったね先輩って思う。あ、でも、尾本先輩の妹は気づいてるっぽい。ついでに、尾本先輩の妹、水主先輩のこと好きだよね。仁香ちゃんのライバルが出現したけど、あたしは全面的に仁香ちゃんの味方。

 なんだろう、この恋の矢印。どうしてどの矢印も、少しもお互いを向きあってないんだろう。びっくりするくらい、みんなばらばらの方向を見ている。自分が思われているのに、これっぽっちも気づかないで。

「なんていうかさぁ、報われないよね」

「は?」

「んーん、こっちの話。あ、もういっこいる? イチゴ味もあるけど」

「イチゴ味ならもらう」

 ひょい、と横から手が伸びてきて、赤いパッケージのチロルチョコを奪い去った。どうやら抹茶味はお気に召さなかったようだ。おいしいのに。さっ、最後のイチゴ味がとられて悔しいとか全然思ってないんだからね! なんてツンデレの真似を心の中でして、あたしには合わないなぁと思いつつ抹茶味を口に入れる。うん、ホワイトチョコと抹茶の味。中におもち入ってるのが楽しい。


 しかしこの相棒も、いい加減気づかないのかな。

 大好物のチロルチョコ、しかも最後の一個を何も言わずに譲る程度には、あたしが相棒のこと、好きってこと。



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