サフィアと白麗
ゼフュロスは普段、大鷲に完全変化して白麗を行き来している。馬車や馬では時間の掛かる距離にある邸宅からでは、空を飛んで行く方がずっと早かったためだ。
しかしこの日──ゼフュロスがネリとアイシアを白麗に招待した日は、いつもと違う方法で赴くことになったのである。
朝からソワソワと落ち着きなく外を見ていたネリは、約束の時間になると外の庭園に飛び出していく。慌ててネリを追いかけて行ったアイシアは、庭園に降り立った二頭の大鷲の魔獣を見て、咄嗟にネリを背後から抱きしめた。
「サフィア……!」
上擦るネリの声。アイシアを見上げた少女の目は目一杯に開かれて、キラキラと輝いていた。
「アイシア様! すごいですね! サフィアは本当に真っ白で青空の色の瞳をしています! それにそれに銀色の大鷲まで……!」
「ええ、美しいですね」
興奮するネリに同意して顔をあげると、ゼフュロスが悠然と巨大な純白の大鷲から降り立つ。そしてネリに歩み寄ると、膝を着いて娘の頭を撫でた。
「サフィアを連れてきた。美しいだろう?」
「はい! 本当に大きくて、雪よりも真っ白なんですね! 真っ青な瞳が特別に美しいです」
ゼフュロスに抱き上げられたネリは、捲し立てるように話している。そんな親子を見つめるアイシアの傍に歩み寄ってきたのは、護衛のレネだった。そしてその後ろに黙って立つのが彼女の番であるカミル。この二人は、もう一組と換算しても良いのではないかとアイシアはこの頃思うようになっていた。
白麗まではゼフュロスがサフィアにネリを乗せて行く。アイシアはと言うと、レネが騎乗する銀色のマキシマに同乗させてもらうことになった。
「ではカミル様は……?」
申し訳なさそうなアイシアにカミルはフンと鼻で笑い飛ばしてから、ハヤブサに完全獣化して飛び立って見せる。その姿を見送りながらレネは苦笑した。
「参りましょう、アイシア様。白麗に行くのも久しぶりですよね」
少し前の大騒動の現場が白麗だった。あの時はゆっくりと内部を見て回ることは叶わなかったので、今回の訪問を密かに楽しみにしていたのである。
そういえば、レネと共にマキシマに乗るのも久しぶりだ。優しくその銀色の羽毛を撫でると、彼女はクルル!と高く鳴いてみせる。その声に振り返ったゼフュロスが、アイシアを見てニカッと笑った。
「出発!」
霊峰ヌストラの中腹に聳え立つ要塞都市は、古代に建造されたという伝説を持つ。白亜の威容に、昔からこの城は「白麗」と呼ばれ親しまれていた。
様々な歴史の変遷を見届け、所有者も変わって来た白麗は、現在は天空騎士団が本拠地としている。
騎士団の本拠地であるので、騎士たちが使用する区域があるのだが、その他には要塞都市の名に相応しく、商業区画や行政区画、そして居住区画なども内包していた。
ウラエウス邸からまっすぐに白麗まで飛んできた一行は、そのまま大鷲の厩舎に直行する。サフィア以外にも、マキシマやシュトルムという名のついた大鷲たちに興味を示したネリが、見てみたいと懇願した為であった。
「レネさん! マキシマはとても大人しいのですね」
来客があると言って申し訳なさそうに執務に戻って行ったゼフュロスに変わり、ネリとアイシアの案内はレネが請け負った。アイシアと手を繋いだネリは、厩舎の独特な獣臭も気にならない様子でレネを質問攻めにする。わかる範囲で答えつつも、鋭い質問には後ろを歩くカミルに答えてもらう。
大鷲の生態や調教のやり方などの質問は、とても10歳の子どもにできる質問では無いだろう。アイシアとレネが感心していると、カミルはそんな女たちを横目に見て小さく笑った。
「ネリ、お前は翼を持つ獣人族だろう」
「はい。正確には翼を持つ大蛇です」
「まぁ、混合種の獣人族だったのですね」
アイシアの驚きにネリがはにかむ。
「でもわたしは、翼はあっても上手く飛べないので、大鷲たちがどうやって訓練をするのかが知りたかったんです」
ネリの言葉にカミルが頷いた。
「そういうことだ。翼を持つ系譜の者は、鳥がどうやって空を飛ぶのかを誰よりも知りたがる。ネリもそう思っていたんだろう」
「えへへ。カミル様も練習をたくさんしたのですか?」
「俺は練習なんぞしたことはない」
レネは驚いたように口を開く。
「練習が必要なんですね?」
「はい。わたしはそのうち、お父さまが教えてくださると思いますけど」
そこまで言うと、ネリは少しだけ顔を曇らせて黙り込んだ。──きっと、お父さまは忙しいから、と続くのだろう。そう思うとアイシアはそっとネリの肩を抱き寄せた。
「ゼフュロス様と早く練習ができると良いですね」
「……はい」
ネリはそう返事をすると、アイシアを見上げてにっこりと笑って見せたのであった。
白麗の敷地内とは言え、大鷲の厩舎は白亜の城から馬を使って移動しなければならない距離がある。
ネリのお腹も空いた頃合いに馬車で白麗に乗り込むと、そこにはカミルの補佐役──梟頭のオリバーがニコニコと笑ってたっていた。
「ホホホ、オリバー・オウルと申します。よろしくお願いしますね、ネリお嬢様」
「ネリ・ハピア・ウラエウスです」
オリバーの慇懃な礼に、ネリはアイシアが教えた通りのカーテシーで答える。若干のたどたどしさは見られたものの、タイミングや角度は教えられた通りの型で行えていた。
目を細めるアイシアにネリが笑いかける。オリバーが小さく拍手して頷いた。
「素敵なレディのお辞儀でした、ネリお嬢様。さあ、食堂に参りましょう。何が食べたいですか? 白麗にはなんでも揃っておりますよ」
オリバーの手を握ったネリは、問われるままに好きな食べ物を答えている。そしてアイシアの好きな物も当然のように話聞かせるネリに、彼女は恥ずかしそうに俯いて笑っていた。
「もう本当の親子みたいですよね」
レネが後ろを着いて行きながら、カミルにこっそりと話しかける。カミルは特に返事もせずに、レネの肩を抱いたまま前を見ていた。
レネは何も答えないカミル相手に、慣れたように言葉を連ねる。
「ゼフュロス様はなぜ決断を先延ばしにするのでしょうか。アイシア様ならネリちゃんとも仲良くできますし……何より、ゼフュロス様を慕っているでしょう?」
「……」
「これ以上の良縁はないと思うんですけど……」
肩を落とすレネの頭を軽く撫でて、カミルは目を細める。
「お前が悩むことじゃない」
「そうですけど、でも」
「いずれ成るように成る」
カミルはそれだけ言うと、黙ってレネの頬に口付けてからまた歩き出す。その視線はオリバーと並んで歩くネリをじっと見据えていたことに、レネは気づかなかった。
ネリが居なくなったのは、食堂でご飯を食べたあとのことだった。
水をもらいに行くと言って席を立ってから、一向に戻ってこないのをアイシアが気づき、それからは四人で手分けをして捜索が開始した。
カミルは手近な職員を捕まえると、ゼフュロス宛の伝言を託し、オリバーに空から外を探させる。レネは周辺の人々に聞き込みを行い、アイシアは来た道を辿りながら、走り回ってネリの名を呼んでいた。
「ネリさん! ……ネリさん!」
騎士団の本拠地でもあるので、不審な者は居ないと思いたい。だが、そうでなくても山の中腹に建てられた要塞都市なのだ。渡り廊下の腰塀から転落すれば、谷底や山肌に叩きつけられてしまう。嫌な想像が頭に浮かんでアイシアは顔色を無くした。
「ネリ……!」
走り回る聖女のただならぬ様子に、周りは少しずつ事態を把握し始める。
「女の子を見ませんでしたか? 10歳くらいの子なのですが……っ」
「迷子ですか、こりゃ大変だ」
そういうと騎士団の詰所まで走ってくれる者がおり、残った者は手分けして捜索にあたってくれる。彼らに礼を言うとアイシアはまたネリの名を呼びながら、白麗の中を走り回るのであった。




