02
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どれくらいの時間、意識を失っていたのだろう。
あるいは、もう死んでしまったのだろうか?
そういえば俺もアニメくらいは嗜む方だし、もしかしたらこれが異世界転生とかいうやつの始まりなのかもしれない。
幽霊が見えるというこの特異な能力を持った俺が、ファンタジー世界で一体何に使えるっていうんだ?
だけど、魔王討伐なんてのは真っ平御免だ。何の興味も湧かない。
……なんて、すべてはただの寝言だ。そんな都合のいいものがあるわけがない。いくら面白そうだとしても、ないものはないのだ。
もしそうだとしたら、今頃俺は地獄へ真っ逆さまに落ちている最中かもしれない。
なぜ地獄かって? さあな。天国に行けるなんて言うのは傲慢が過ぎるだろ。神様だか女神様だか何だか知らないが、どこへでも好きなところへ連れていってくれればいい。
もし一つだけ言わせてもらえるなら……慈悲を乞う。
じゃあ、異世界を信じないくせになぜ死後の世界は信じるんだ? どちらも超自然的な現象じゃないか、と思う奴がいるかもしれないが……。
ここでハッキリ言っておくが、ただの口から出まかせだ。正直、どうなろうと知ったこっちゃない。
「……」
感覚が戻り始めた。
もしかしたら、本当に死んだのかもしれない。
意識ははっきりしたのに、目の前の景色がまだぼやけている。
四方が白い。それだけが見える。
試しに横の床に手を置いてみると、硬いコンクリートではなく、うちのよりずっと柔らかいフカフカの布団だった。
「病院、か……」
そう呟いた、その時だった。
「あっ! 患者さんが目を覚ましました!」
若い看護師の声が響いた。
まだ生きてるな。運が良かった。
高校生になってまだ間もないんだ、天国か地獄かの運試しなんてまだしたくない。
異世界なんてのは、もってのほかだ。
その後、色々と尋問のような質問をされ、俺の方からも色々と質問した。
現在、俺は病院にいる。
事故に遭った。
車に撥ねられた。
運転手はそのまま逃走したらしいが、あの信号の状態で横断歩道に飛び出した俺の方にも非があるわけで、運転手を責める権利なんてない。
これで一件落着。
……いや、違うな。
「大丈夫? 頭に包帯まで巻いちゃって」
声がした方を振り返る。
「恵莉香か?」
「うん」
彼女は短く答えた。
……ったく、さっきから目がどうにかなっちまったみたいだ。急に視力が落ちたのか、何もかもがはっきり見えない。
だけど、恵莉香の声が聞こえたことで、ひとまず胸を撫で下ろした。
もし今回の事故のせいで幽霊を見る能力を失い、恵莉香と話せなくなっていたとしたら……。
……俺は、少なからず落ち込んでいただろう。
「ついてきたんだな」
「当たり前でしょ」
そうだよな、事件が起きた時は一緒にいたんだ。
俺の様子を見に病室までついてくるのも不思議じゃない。
「病院が、あんたのお母さんに連絡してくれたみたいだけど……」
「いいよ。体をごそごそ動かしてみた感じ、大したことなさそうだしな」
骨折している箇所はなさそうだ。少し体が痛むくらいで、青あざくらいはできているだろうが。
あの車があまりスピードを出していなかったのか、それとも俺が最高に強運だったのか。
目の前がまだ真っ白なままで、俺は口を開いた。
「来たら逆にびっくりするよ。うちのオフクロはあんな感じだし、お前も知ってるだろ」
「うん……」
母親は仕事人間で、いつも忙しく働いている。だから俺は、大抵いつも家で一人きりだった。
病院側も俺の容態を母親に伝えたはずだ。まだ姿を見せないということは、大したケガじゃないと判断したのだろう。
母親ってのは、いつもそうだ。
俺は笑った。
「危うくお前と同じところへ行くところだったな」
そうやって冗談めかして言うと。
恵莉香は一瞬言葉を詰まらせ、それから涙を堪えるような声で言った。
「バカなこと言わないでよ……」
幼馴染の幽霊が近づいてくる。
「そうなったら、私が喜ぶとでも思ってんの!」
「……」
「あの時……いくら呼んでも返事してくれないから、私、もう……」
微かにすすり泣く声が聞こえた。
それを聞いて、俺は俯いた。
「悪かった……口が滑ったよ」
「ううん……」
今のは彼女の気持ちを考えなさすぎた。
いくら彼女が幽霊だからといって、俺まで同じになってほしいわけがない。
「うーん……」
俺は目を細めて、恵莉香をじっと凝視した。
普段の彼女は中学の制服姿のはずなのに、なぜか全体的に肌色っぽく見える。
「どうしたの? 誠」
「なんか……いつもと違って見えるんだよな」
「何言ってんの? っていうか、なんであんた、目が悪くて眼鏡を無くした人みたいな顔してんのよ??」
「目が覚めた時から、視界がぼやけてよく見えないんだ」
「えっ? 撥ねられた時に頭でも打ったんじゃないの!?」
恵莉香が慌てふためく。
俺は自分の頭を撫でた。
「痛くはないぞ。医者が言ってた容態でも、頭は打ってないみたいだったし」
「看護師さん呼ぶ?」
恵莉香が枕元のナースコールのボタンを指差した。うーん……彼女の制服の袖口も、なんだか肌色に見えるな。
俺は目が痛くなるほど細め、諦めて目を閉じると、まぶたのあたりをもみほぐした。
「そのうち治るだろ、大丈夫だって」
「車に撥ねられて、目が覚めたら視力が落ちてたなんて人、いるのかな? ネットで調べてみなよ」
「調べるまでもなく答えは分かってるだろ! それに、目がこんな状態じゃ携帯なんていじれるかよ! っていうか、俺の携帯どこだよ!?」
俺は手探りで辺りを探した。事故現場に落としてきていないか不安だったのだ。
運良く誰かが拾って届けてくれたらしく、今は枕元に置かれていた。
それを見た恵莉香が笑う。
続く言葉で、まぶたをもんでいた俺は彼女が近づいてきたことに気づいた。
「誠、眼鏡かけたら似合いそうだよね」
「悪趣味な趣味してんな……」
「あ、あんたみたいなAV男優になりたがってる奴に言われたくないわよ!」
それを聞いて、俺は目を開けた。
あれ? はっきり見えるぞ。
最初に目に入ったのは、鼻の頭がぶつかりそうなほど間近にある恵莉香の顔だった。
大きな瞳が少し不機嫌そうに俺を凝視し、愛らしく頬を膨らませている。
「ふんっ!」
「ふんふん言うなよ」
俺は視力が元に戻っているか確かめるために横を向いた。
「……」
ドアのノブまでくっきりと見える。反対側には、高いカーテンが大きく開け放たれた窓があり、そこから太陽の光が差し込んでいた。
もともと目が悪い方ではないし、今見えている景色は正常そのものだ。
だけど……。
他へ向けた視線を戻した時、目の前の光景に強烈な違和感を覚えた。
目がぼやけていた時に見えていたあの「肌色」が、その正体を疑いたくなるほど鮮明に映し出されたのだ。
俺はもう一度、恵莉香の方を向いた。
「……?」
ベッドの上の俺に、覆いかぶさるような体勢をとっている幼馴染の少女の肢体。
重力に従って垂れ下がる胸、そしてその先端にあるピンク色の点が、俺の視線を強烈に惹きつける。
引き締まった細い腰から、抱きしめたくなるような丸みを帯びたお尻へと続く背中のライン。
それを見た瞬間、俺は激しく目をこすった。
「誠?」
恵莉香の声はさっきと同じだ。俺の目には今も幽霊が見えているし、幼い頃からずっとそうだったように、彼女の声も普通に聞こえている。
「そうだ、絶対に頭を打ったせいだ」
「何言ってるのよ?」
「……なんか……変なものが見えるんだよ」
「だから看護師さんを呼びなって言ってるでしょ!」
俺が痛くなるほど目をこすっている最中、恵莉香がそう怒鳴った。
そうだ、さっきのはきっと何かの間違いか、頭を打ったせいで妄想が暴走しただけだ。恵莉香が突然、俺の前で全裸になるわけがないだろう?
彼女が亡くなってからというもの、俺が見る彼女の姿はいつも中学の制服姿だった。
俺は息を吸い込んだ。
「よし!」
「わ、私、なんだか怖くなってきたんだけど……」
お前、幽霊だろうが。
さっき見たものがただの見間違いであることを祈りながら、もう一度目を開けると。
俺の視線は、宙に浮きながら両手を腰に当て、指先を後ろに回して、まるで床に落ちたものを覗き込むように前かがみになっている、幼馴染の幽霊の完全な全裸の肢体に釘付けになった。
俺は……AV男優になりたい男だ。
異性の身体なら、携帯の画面越しに数え切れないほど見てきた。
だけど、これは……。
「うわあああああ!?」
「ひゃあ!? 急に大声出さないでよ!?」
く、くっきり見えすぎる! 鮮明すぎる!4KのAVですら比較にならねえ!
目の前にあるからなのか?
それとも、俺の視力が良くなりすぎたのか?
何一つ遮るもののない幼馴染の身体を前にして、俺は危うく自分の舌を噛み切りそうになった。
恵莉香が宙に浮いたまま近づいてきて、俺を非難する。
「びっくりするじゃないのよ!!!」
「お……お……お……!」
声を出すんだ誠! 取り乱してる場合じゃないだろ!?
「なによ!? 何が言いたいの!?」
「ふ、服はどこへやったんだよお前!?」
俺の叫び声が、病院中に響き渡った。
俺の名前は 時任 誠。今年で16歳、高校に入学したばかりだ。
生まれた時から幽霊を見る能力を持っている。
中学を卒業する少し前に幼馴染を亡くし、今は幽霊となった彼女がよく話しかけてくる。
4月、春。
交通事故に遭った後、俺の能力は進化を遂げていた。
今の俺は――
女の幽霊を見ると。
彼女たちが、
全員裸に見える。




