098 保管官長の任命札
王都からの使いが着いたのは、年次帳の最初の控えが一巡した朝だった。
封筒は厚く、封蝋は三つ。
王都監察局、王領保全部、そして新しく押された『共同配分会議』の仮印。
机の上で開くと、中から折り重なった任命札と再編文書が現れた。
『聖域倉庫ならびに第零配分盤接続保管網を、王国共同保管網として再編する』
胸の奥が静かに鳴る。
見つけた倉と板が、やっと公の名前を持った。
王家の私倉でも、どこかの家の預かり庫でもない。
王国共同保管網。
それが一枚の文書で決まっている。
続く任命札には、わたしの名があった。
『リーゼ・ハルフェンを保管官長に任ず』
ニナが息を止める。
ニコは声も出ない顔で、札とわたしを見比べていた。
ヨナスさんだけが、ふん、と鼻を鳴らす。
「ようやく名前が仕事に追いついたか」
札の裏には、再編対象の倉と板が細かく列記されていた。
聖域倉庫。霜守りの大倉。北方種子庫。第零配分盤。
わたしたちがひとつずつ拾い戻してきたものが、
もう「遺構」ではなく運用対象として並んでいる。
見つけただけでは終わらせない。
ようやく国が、その責任を紙に書いたのだ。
けれど札の下段を読んで、わたしは少しだけ眉をひそめた。
『常駐地 王都南保全庁舎』
その一行だけが、板の流れを逆へ引いていた。
写し板を港と王都へ同送すると決めたのに、要の席だけ王都へ固定する。
それではまた、見えるはずの控えが閉じた部屋へ戻る。
昼には、港の会議卓へ全員が集まった。
カイル様が文書を読み終え、短く言う。
「受けるか」
「受けます」
わたしは即答した。
「ただし、このままでは受けません」
ニコがびくりとする。
でも、わたしはもう迷っていなかった。
「保管官長は必要です。でも、王都常駐で写し板を待つ役にはしません」
わたしは任命札の余白に指を置く。
「白霧港と王都、両方に同日控えが届く形でしか、この保管網は持ちません。要の席だけ王都へ置けば、次の冬にまた王都が『あとで送る』と言い出せる」
「しかもその『あとで』は、困る側じゃなく、握る側の都合だ」
カイル様が低く足した。
「中枢は要る。だが中枢に集めたことを理由に、現場を書き換えられては意味がない」
ニナが頷く。
「診療帳も本帳だけ奥へ置いたら、現場は写し待ちで止まります」
ヨナスさんも腕を組んだ。
「倉番のいない中枢と同じだ。見る人と書く人が離れすぎりゃ、また前段が増える」
カイル様は最初から答えを決めていたみたいな顔で、別紙を引き寄せた。
「なら条件を書く。保管官長席は白霧港と王都に写し卓を置く。季ごとの巡回。立会札は片寄せしない」
「白霧港を正式副本庁とする、も入れてください」
わたしは続ける。
「副本ではなく、同日控えの起点として」
「ニコ、おまえも聞いておけ」
ヨナスさんが珍しく見習いを呼ぶ。
「役職ってのは偉くなるための札じゃない。どこで何を書くかを決める札だ」
ニコはこくりと頷いた。
任命札を見る目が、さっきまでの憧れ半分の顔から少し変わる。
名前の重さじゃなく、書き間違えた時にどれだけ広く困るかを考える顔だ。
しばらくして、王都へ返す文面が整った。
『任命受諾。ただし、共同保管網の性質上、保管官長席は王都南保全庁舎単独常駐を採らず、白霧港写し卓を同日起点とする』
拒絶じゃない。
受けるからこそ、形を直す。
ここまで来て、肩書だけを怖がる理由はもうなかった。
怖いのは、肩書が板を閉じることのほうだ。
返書には、港側だけでなく診療所と船腹管理の署名も添えた。
個人のわがままではないと示すためじゃない。
共同保管網の要がどこにあるかを、最初から共同の名で返すためだ。
王都に「リーゼひとりを据えれば済む」と思わせない。
夕方、返書へ署名する。
保管官長。
まだ少し重い文字だった。
でも、追放された娘の名ではなく、残す仕事の名として書くなら、持てる気がした。
港の外では、解けた岸氷の向こうへ新しい船が入ってくる。
王都の席を得ることより、この港から同じ日付の板を返せることのほうが、わたしにはずっと大事だった。




