091 東の山際へ走る赤線
王国共同配分会議の板が立った翌朝、零番灯の赤は消えなかった。
北門外と白霧港を結ぶ春の線の脇で、もう一本、細く嫌な赤が伸びている。
王都の東、山際のほうだ。
しかも途中から、線のまわりだけ白く欠けていた。
「不足じゃない」
わたしは灯を板へ寄せる。
「待機と返し先の欄だけが消えています」
上席官が眉を寄せた。
「物が足りないのではないのか」
「足りないだけなら赤だけで出ます」
わたしは首を振る。
「これは、冷えが留まったまま次へ返っていません」
そこへ、東山街道から霜まみれの伝令が駆け込んできた。
肩の布が白く固まり、靴の縁に薄氷が張っている。
「東の山間村で、芽返りが止まりません」
男は息を切らして言った。
「昨日の朝に溶けた畑が、夜にはまた石みたいに締まりました。羊囲いの水まで内側から凍っています」
遅霜だけでは、そんな凍り方はしない。
土の上からではなく、もっと奥に冷えが残っている。
ニナが伝令の手を取った。
「熱持ちは」
「老人と子どもから先に胸をやられています。粥だけでは戻りきりません」
会議室ではなく、もう板の前で判断するしかなかった。
わたしは新しい札へ書く。
『東山系統 応急災害対応』
『不足地 山間三集落』
『優先 療養包み/風除け布/播種前土戻し灰』
『責任 共同配分会議』
王領側の官が息を呑む。
「播種資材まで出すのか」
外で板を見ていた書記見習いや荷番たちも、その一行で顔を上げた。
飢えに備えるなら食べ物だけ、という顔だった。
でも、土が石みたいに締まったままなら、配った粥の次の日にまた同じ列ができる。
それは白霧港で、何度も見てきた。
「食べる物だけ送っても、冷えが残れば明日また止まります」
わたしは言う。
「今必要なのは、命と、その次の春の両方です」
カイル様が即座に頷いた。
「白霧港の船腹を回す。海沿いまで出せば、山際への横送りが早い」
上席官も板へ異議欄を足した。
「非常先出しで動かす。だが三日以内に返し先を追記する」
誰ももう、王城内へ持ち帰ろうとは言わなかった。
広場の冷えた空気の中で、板の字だけが先に走っていく。
こういう時ほど、閉じた部屋へ戻らない形がいる。
返し先。
その欄が白く欠けている限り、これはただの寒波では終わらない。
零番灯の赤は、東の山際で小さく脈を打ち続けていた。
まるで、長いあいだ返されなかった冬が、いまようやく人の前へ溢れ出してきたみたいに。




