090 春を配る国の板
翌朝、北門内の広場に新しい板が立った。
いつもの配給板より大きい。
上段に『王国共同配分会議』、その下に『聖域倉庫仮運用規則』。
さらに三列で、『不足地』『返し先』『写し送達先』が並ぶ。
板の前には、北門外の列番、外倉街の職人、南街道帰りの荷車番まで集まっていた。
王城の中で済ませられる話ではなくなった証みたいだった。
王都監察局の上席官が、人の前で読み上げた。
「本日より、聖域倉庫および第零配分盤に接続する配分は、王領単独でも家名単独でもなく、共同配分会議の公開規則に従う」
広場の空気が、少しだけ変わる。
王城の言葉が、初めて外の板へ下りてきたみたいだった。
次に、王領側の官が苦い顔のまま続ける。
「立会札は三者分持。公開板の写しは北門外と白霧港へ同送。返却不能は理由と代替路を記す」
嫌でも読まなければならない。
それ自体が、もう昨日までとは違っていた。
人々は黙って聞いている。
でも黙って従う顔ではない。
自分に関わる欄を、あとで確かめるための顔だった。
最後に、上席官がわたしの名を呼ぶ。
「リーゼ・ハルフェン。共同配分会議の発足に伴い、北系統臨時保管官として立会と規則整備を担えるか」
家名ではなく、役目の名だった。
少しだけ胸が鳴る。
伯爵家の娘に戻すための呼び名でも、白霧港の客人として留めるための名でもない。
何を残し、どこへ返すかで呼ばれる名だった。
「お受けします」
わたしは答えた。
「ただし、王都の中だけで働くつもりはありません」
「聞こう」
「保管は、溜める役ではありません」
板の『返し先』を指す。
「次へ渡す約束を切らさない役です。白霧港にも北門外にも、同じ板が届く形でなければ意味がない」
カイル様が隣で短く頷く。
「北辺もそれに同意する」
セシリアは書記卓で、新しい肩書と規則名を書き残していた。
消されるための紙ではなく、残すための控えとして。
その横で、最初の正式記入が始まる。
『不足地 北門外療養所』
『返し先 返却不能/白霧港療養備えより次期補い』
『写し送達先 聖域倉庫前・北門外・白霧港』
読み上げが終わると、人々が板へ近づく。
療養所の女官が返し先を確かめ、外倉街の留め具番が代替路を読み、南街道の責任者が写し送達先に白霧港の名を見つけて息を吐く。
北門外の列番がぽつりと言った。
「今度は、待つ理由が見える」
王国の形がすぐに変わるわけじゃない。
でも、板は立った。
誰かひとりの印ではなく、読まれることで動く板が。
広場の端で、零番灯が淡く光る。
赤い線は聖域倉庫から北門外、そして白霧港へ伸び、さらに見たことのない東の山際へ細く走った。
春の線とは違う、嫌な冷え方だった。
春を配る板はできた。
だから次は、その板が届くより先に迫ってくる冷えを、止めなければならない。




