082 祈り階の非常線
石段を下りるたび、空気が乾いていく。
祈祷区画の地下は、礼拝堂の裏ではなく、倉の前段として作られていた。
壁沿いに細い溝が走り、零番灯の赤線がそこへ吸い込まれる。
途中ごとに刻まれた古い文字は、祈りの文ではなかった。
『待機』
『返し』
『代替』
『療養優先』
わたしは灯りを近づける。
「これ、棚の名前じゃありません。配分の条件です」
「上の祈祷室で願いを唱えていたつもりが、下では順番を保っていたのか」
カイル様が壁の刻字を撫でた。
前を歩いていた王領側の官が、少し不機嫌そうに振り返る。
「古代の飾り文でしょう。王領保全庫には、儀礼名を使う例も多い」
「飾りなら、零番灯が反応しません」
わたしは溝の分岐を指す。
「見てください。北門外、療養所、南街道、港路線。失われた保管都市で見た非常線と同じ分け方です」
赤線は地下の床で幾筋にも分かれ、また一つへ戻る。
王国各地の不足が、最後にここへ集まるような構えだった。
さらに奥へ進むと、石壁に薄い板図が埋め込まれていた。
地名、待機日数、戻り予定。
いくつもの欄が消えかけているのに、零番灯の下ではまだ読める。
「聖域倉庫は……」
わたしは板図の中央をなぞった。
「物を溜める最後尾じゃない。各地の『いま足りない』をひとつの盤へ揃えて、先に崩れる場所へ返すための中枢です」
監察局の上席官が喉を鳴らす。
「だから返却先原簿に『前段』と書かれていたのか。ここへ寄せるだけでは使えん」
使うには、理由と戻し方を公開で揃えなければならない。
前段だけ使えば、現場は痩せる。
それを父たちは、都合のいい保全と呼んだのだ。
最奥の扉の手前で、非常線がひときわ強く光った。
半円形の石門。その前に、四つの差込座が並ぶ。
印章を押す穴ではない。
板札を立てるための溝だった。
「鍵じゃない……札を読む扉」
わたしは思わず呟く。
王領側の官が眉をひそめる。
「王領印で済む話では?」
「済ませないための倉なんです」
零番灯の赤線は、差込座の前で静かに脈を打っていた。
ここから先は、誰かひとりの裁量では開かない。




