071 三日ぶんの都門線
零番灯の赤は、日が落ちても消えなかった。
白霧港の詰所では、広域備え板の前へ人が集まり、いつもの相談札とは違う沈黙が広がっている。
王都北門外、備蓄三日。
見えてしまった以上、見なかったことにはできない数字だ。
「王都へ回せば、こっちが薄くなる」
荷馬の親方が低く言った。
「辺境の腹を削ってまで、都を助けるのか」
当然の言葉だった。
白霧港だって余っているわけじゃない。
けれど零番灯の赤は、王都だけを指していない。その途中にある街道筋まで、細く熱を持っていた。
「都を助けるため、ではありません」
わたしは板の最上段へ新しい見出しを書いた。
『王都方面 緊急配分』
その下へ、
『本日出発』
『待機二日』
『返却不能』
と並べる。
「北門外が崩れたら、都だけじゃ済みません。途中の倉場町も宿場も、手元の荷を抱え込んで止まります。そうなれば、北へ戻る便まで細ります」
板の赤線を指でなぞる。
「これは都の見栄ではなく、路線の呼吸です。そこを止めないための配分をします」
ニナがすぐに青札束を抱えてきた。
「療養粥包みは本日出発。干し草は待機二日。北門外で子どもと熱病持ちが増えたら、麦袋より先にこっち」
「お願いします」
ヨナスさんは大倉の写し帳をめくり、唸る。
「干し鱈のほぐし身と押し麦なら削れる。だが、港の夜便を痩せさせるな」
「痩せさせません。返却不能の欄は、今回だけ切る緊急線です」
ニコは脚立に乗り、代替路の欄へ小さな字を書き足していった。
『海側支庫戻り便 空き半便』
『北街道宿継ぎ 明朝可』
誰がどれだけ出せるか、どこまでなら待てるか。
話が札になると、腹立ちと不安は少しだけ形を持つ。
最後にカイル様が、辺境伯家の印札を板へ留めた。
「白霧港判断ではない。北辺の正式配分だ」
ざわめきが、そこでひとつ収まる。
辺境が辺境の都合で決めると、言葉になったからだ。
夜更け前、第一便の荷橇が組み上がった。
療養粥包み、押し麦、干し鱈、灯油小樽。重さより、すぐ口へ入るものを先にする。
零番灯へ今の板を写すと、王都へ伸びる赤線の手前に、白い滲みが浮いた。
『北門外倉場町』
『照合停滞』
足りないだけじゃない。
途中で、順番そのものが凍っている。
荷橇の鈴が鳴る。
今夜わたしたちが押し出すのは、物資だけじゃない。
都へ続く線がまだ死んでいない、という証拠だった。




