007 港まるごと仕分けます
翌々朝、わたしは白霧港の見取り図を前にして唸っていた。
詰所の机いっぱいに広げた紙には、桟橋、中央倉庫、診療所、燻製小屋、薪置き場、そして霜守りの大倉への入口を描き込んである。
地図というより、荷物の渋滞図だ。
「そんな顔をして、何と戦ってるんだ」
カイル様が扉を開けながら言った。
「人ではなく、動線です」
「よく分からんが、厄介そうなのは伝わる」
わたしは炭筆で桟橋から中央倉庫までの線をぐりぐりと濃くした。
「港って、物があるだけでは駄目なんです。どこから入って、どこへ置いて、誰が持っていくかまで流れが決まっていないと、途中で詰まります」
「いま実際に詰まっている」
「ええ。昨日の鰊も、保管先があったから助かりました。でも毎回あれをやると、今度は運ぶ人の足が足りなくなります」
地上倉庫は少し片づいたけれど、港全体はまだ散らかっていた。
薪束の横に塩樽、塩樽の横に薬草、薬草の向こうに修繕待ちの網。誰も怠けてはいないのに、忙しいほど荷物が混ざっていく。
現場が疲れている時ほど、手順は細かくしなければいけない。
「今日、港を全部仕分けます」
わたしが言うと、カイル様が眉を上げた。
「全部?」
「全部です。物だけでなく、道も人も」
午前の鐘が鳴るころには、桟橋に人を集めていた。
漁師、荷運び人、倉庫番、兵士、それから興味本位で集まってきた町の人たちまでいる。
わたしは木箱の上に立ち、用意した色札を掲げた。
「赤は今日の食卓。青は明日まで保管。白は加工場行き。緑は診療所。黒は燃料です」
ざわ、と人波が揺れる。
案の定、半分くらいは怪訝そうな顔だ。
「札なんか増やして、かえって面倒じゃねえか?」
声を上げたのは、燻製小屋を預かる男だった。
「名前じゃ駄目なのか」
「文字を読むより、色を先に見たほうが早い人が多いからです」
「子ども扱いか?」
「急いでいる時の大人は、だいたい子どもみたいなものです」
一瞬、静まり返る。
しまった、と思ったけれど、その次の瞬間にヨナスさんが盛大に噴き出した。
「違いねえ! 荷物抱えたまま怒鳴ってる時の男どもなんざ、皆そうだ!」
どっと笑いが起きる。
空気が和らいだところで、わたしは畳みかけた。
「札は見れば分かるようにします。今日使う物は赤札の台へ、診療所へ行く物は緑札の荷車へ。そう決めるだけで、毎回『これはどこだ』と聞く時間が減ります」
「減った時間で、運べる量が増えるわけか」
カイル様が言う。
「はい。それに、間違って薬草を濡れた薪の横へ積むことも減ります」
そこからは実地だ。
桟橋の右側を食料、左側を燃料と資材の列に分ける。中央倉庫の前には青札専用の一時置き場を作り、加工前の魚と肉は白札でまとめて燻製小屋へ流す。
診療所向けの荷物はニナに確認してもらい、緑札の荷車を一台固定する。
「ニコ、札の束を持って走れる?」
「走れる!」
「じゃあお前は札係。迷ってる人を見つけたら、わたしかヨナスさんに呼びに来て」
「分かった!」
最初の一刻は、やっぱり混乱した。
赤札の箱が青札の山へ置かれ、白札の塩樽が診療所の荷車に乗せられかける。そのたびにわたしは走り、炭筆で印を足し、置き場の札を大きくし、子どもでも分かる言葉に変えていった。
昼前、街道側から荷車が二台同時に入ってきた。
一台は粉袋。もう一台は薪束。これまでなら倉庫前で互いに道を塞ぎ、どちらも下ろせずに揉める場面だ。
けれど今日は、兵士が黒札の杭を指し、ニコが赤札の車を別列へ誘導した。
「粉はこっち! 薪は向こう! 青い山に置いたらリーゼさんに怒られるぞ!」
「怒鳴ってるのはお前だろうが」
笑い混じりの声が上がる。
でも、荷車は止まらない。
片方が降ろしている間に、もう片方が空いた道を抜けていく。
たったそれだけなのに、港の空気が見違えるほど軽くなった。
夕方には、中央倉庫の前からいつもの雑然とした山が消えていた。
代わりに、色札ごとに整った木箱の列が並んでいる。
燻製小屋の男が腕を組み、しみじみとそれを見た。
「……流れてるな」
「はい」
「誰が何を持ってくるか、見ただけで分かる」
「それが仕分けの強さです」
カイル様は桟橋から倉庫までをひと通り歩き、最後に短く息をついた。
「港が広くなった気がする」
「実際には広くなっていません。詰まりが減っただけです」
「それを広くなったと言うんだろう」
たしかに、その通りだった。
場所は増えていない。なのに、人がぶつからず、荷物が迷わず、声が前より少なくて済んでいる。
余裕というのは、新しい建物より先にこういう形で現れるのかもしれない。
日が傾くころ、ニナが緑札の荷車を押して診療所へ戻っていった。
振り返りざまに、声を張る。
「リーゼさん、明日うちの棚もやるよ! いまなら何が足りないか、ちゃんと数えられそう!」
「やります!」
その返事を聞いた途端、港のあちこちから別の声が飛んだ。
「塩小屋も見てくれ!」
「網倉の棚もだ!」
「うちの干し芋、いつも湿気るんだが!」
忙しい。
でも悪くない。
むしろ、ようやく港全体が「どうにかできるもの」としてこちらを見始めた感じがした。
わたしは手元の見取り図に、新しく一本の線を引いた。
桟橋から診療所へ、緑札の道。
物の流れが変われば、人の安心も変わる。
明日はその先だ。
診療所の棚に、冬のあいだ途切れない箱を作る。




