表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/45

007 港まるごと仕分けます

 翌々朝、わたしは白霧港の見取り図を前にして唸っていた。


 詰所の机いっぱいに広げた紙には、桟橋、中央倉庫、診療所、燻製小屋、薪置き場、そして霜守りの大倉への入口を描き込んである。

 地図というより、荷物の渋滞図だ。


「そんな顔をして、何と戦ってるんだ」

 カイル様が扉を開けながら言った。

「人ではなく、動線です」

「よく分からんが、厄介そうなのは伝わる」


 わたしは炭筆で桟橋から中央倉庫までの線をぐりぐりと濃くした。


「港って、物があるだけでは駄目なんです。どこから入って、どこへ置いて、誰が持っていくかまで流れが決まっていないと、途中で詰まります」

「いま実際に詰まっている」

「ええ。昨日の鰊も、保管先があったから助かりました。でも毎回あれをやると、今度は運ぶ人の足が足りなくなります」


 地上倉庫は少し片づいたけれど、港全体はまだ散らかっていた。

 薪束の横に塩樽、塩樽の横に薬草、薬草の向こうに修繕待ちの網。誰も怠けてはいないのに、忙しいほど荷物が混ざっていく。

 現場が疲れている時ほど、手順は細かくしなければいけない。


「今日、港を全部仕分けます」

 わたしが言うと、カイル様が眉を上げた。

「全部?」

「全部です。物だけでなく、道も人も」


 午前の鐘が鳴るころには、桟橋に人を集めていた。

 漁師、荷運び人、倉庫番、兵士、それから興味本位で集まってきた町の人たちまでいる。

 わたしは木箱の上に立ち、用意した色札を掲げた。


「赤は今日の食卓。青は明日まで保管。白は加工場行き。緑は診療所。黒は燃料です」


 ざわ、と人波が揺れる。

 案の定、半分くらいは怪訝そうな顔だ。


「札なんか増やして、かえって面倒じゃねえか?」

 声を上げたのは、燻製小屋を預かる男だった。

「名前じゃ駄目なのか」

「文字を読むより、色を先に見たほうが早い人が多いからです」

「子ども扱いか?」

「急いでいる時の大人は、だいたい子どもみたいなものです」


 一瞬、静まり返る。

 しまった、と思ったけれど、その次の瞬間にヨナスさんが盛大に噴き出した。


「違いねえ! 荷物抱えたまま怒鳴ってる時の男どもなんざ、皆そうだ!」


 どっと笑いが起きる。

 空気が和らいだところで、わたしは畳みかけた。


「札は見れば分かるようにします。今日使う物は赤札の台へ、診療所へ行く物は緑札の荷車へ。そう決めるだけで、毎回『これはどこだ』と聞く時間が減ります」

「減った時間で、運べる量が増えるわけか」

 カイル様が言う。

「はい。それに、間違って薬草を濡れた薪の横へ積むことも減ります」


 そこからは実地だ。

 桟橋の右側を食料、左側を燃料と資材の列に分ける。中央倉庫の前には青札専用の一時置き場を作り、加工前の魚と肉は白札でまとめて燻製小屋へ流す。

 診療所向けの荷物はニナに確認してもらい、緑札の荷車を一台固定する。


「ニコ、札の束を持って走れる?」

「走れる!」

「じゃあお前は札係。迷ってる人を見つけたら、わたしかヨナスさんに呼びに来て」

「分かった!」


 最初の一刻は、やっぱり混乱した。

 赤札の箱が青札の山へ置かれ、白札の塩樽が診療所の荷車に乗せられかける。そのたびにわたしは走り、炭筆で印を足し、置き場の札を大きくし、子どもでも分かる言葉に変えていった。


 昼前、街道側から荷車が二台同時に入ってきた。

 一台は粉袋。もう一台は薪束。これまでなら倉庫前で互いに道を塞ぎ、どちらも下ろせずに揉める場面だ。

 けれど今日は、兵士が黒札の杭を指し、ニコが赤札の車を別列へ誘導した。


「粉はこっち! 薪は向こう! 青い山に置いたらリーゼさんに怒られるぞ!」

「怒鳴ってるのはお前だろうが」


 笑い混じりの声が上がる。

 でも、荷車は止まらない。

 片方が降ろしている間に、もう片方が空いた道を抜けていく。

 たったそれだけなのに、港の空気が見違えるほど軽くなった。


 夕方には、中央倉庫の前からいつもの雑然とした山が消えていた。

 代わりに、色札ごとに整った木箱の列が並んでいる。

 燻製小屋の男が腕を組み、しみじみとそれを見た。


「……流れてるな」

「はい」

「誰が何を持ってくるか、見ただけで分かる」

「それが仕分けの強さです」


 カイル様は桟橋から倉庫までをひと通り歩き、最後に短く息をついた。


「港が広くなった気がする」

「実際には広くなっていません。詰まりが減っただけです」

「それを広くなったと言うんだろう」


 たしかに、その通りだった。

 場所は増えていない。なのに、人がぶつからず、荷物が迷わず、声が前より少なくて済んでいる。

 余裕というのは、新しい建物より先にこういう形で現れるのかもしれない。


 日が傾くころ、ニナが緑札の荷車を押して診療所へ戻っていった。

 振り返りざまに、声を張る。


「リーゼさん、明日うちの棚もやるよ! いまなら何が足りないか、ちゃんと数えられそう!」

「やります!」


 その返事を聞いた途端、港のあちこちから別の声が飛んだ。


「塩小屋も見てくれ!」

「網倉の棚もだ!」

「うちの干し芋、いつも湿気るんだが!」


 忙しい。

 でも悪くない。

 むしろ、ようやく港全体が「どうにかできるもの」としてこちらを見始めた感じがした。


 わたしは手元の見取り図に、新しく一本の線を引いた。

 桟橋から診療所へ、緑札の道。


 物の流れが変われば、人の安心も変わる。

 明日はその先だ。

 診療所の棚に、冬のあいだ途切れない箱を作る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ