065 欠けた配分盤の行き先
翌朝、北方種子庫の記録棚に、昨夜の路線控えを広げた。
播種札、戻り札、土壌回復材の貸出記録。そこへ空箱の荷車から出た古い路線控えを重ねると、今まで見えていなかった欠け方が浮かんだ。
第三層の板は白霧港から先の配分先を細かく残しているのに、なぜか「どこで量を束ねたか」だけが抜けている。
「第三層の記録は、白霧港から先の配分先までは残っています」
わたしは板の上をなぞる。
「でも、その前段がない。どこで量を束ね、どこで優先順位を決めていたのか、その起点だけ消えてる」
ヨナスさんが目を細めた。
「昔の倉庫番から聞いたことがある。北の系統には、倉庫じゃなく町ひとつで数える場所があるって。倉が並ぶんじゃない、町そのものが保管路の結び目になってる場所だ」
「保管都市」
カイル様が短く言った。
その言葉が、記録棚の冷たい空気へ落ちる。
わたしは種子庫の薄板を一枚引いた。
端が欠けているせいで今まで気づかなかったけれど、昨夜の路線控えの印とぴたり重なる刻みがある。
さらに、裏へ斜めに走る削り跡を指でなぞると、隠れていた文字が浮いた。
『零番を経ずして広域配分を組むな』
呼吸が止まりそうになる。
ニコが身を乗り出した。
「じゃあ、今の白霧港の板って、途中から真似してるだけなんだ」
「ええ。たぶん」
わたしは頷く。
「わたしたちは不足の順番を作り始めた。でも本来は、その前で量をまとめる場所があった。だから昔は、港ひとつが抱え込まずに広域で回せたんだと思います」
第三層の記録板をさらにめくると、配送量の脇へ小さな記号が残っていた。
白丸、黒丸、斜線。今のわたしたちには意味が分からない。
けれど昨夜の路線控えの欄外にも、よく似た印がある。
「評価印かもしれませんね」
ニナが指先でなぞる。
「土地の弱り方とか、回復の早さとか」
「配分の量だけじゃなく、戻り方まで見ていたのかも」
わたしは呟く。
そうだとしたら、零番は倉庫ではなく判断そのものを集める場所だったことになる。
ニナが記録の端を押さえる。
「診療院の療養食も、薬草畑の立て直しも、ひとつの港だけじゃ限界があります。相談の数、この先もっと増えます」
その通りだった。
広域備え板は機能し始めた。でも機能し始めたからこそ、白霧港ひとつで抱えるには重すぎる未来が見えてしまった。
カイル様は古い路線控えの地名を追う。
「零番坂。北の内陸側だな。いまの街道名ではないが、古い崩落路に近い」
「崩落路の先なら、今の地図から消えていてもおかしくないですね」
ヨナスさんが顎を撫でる。
「昔は荷橇が通ったが、今は誰も行かん谷がある」
「海側支庫や湾内氷橋みたいに、今は埋もれている可能性がありますね」
わたしは言う。
「もし保管都市が生きていれば、広域配分の起点を取り戻せる」
「生きてなくても、手がかりは残る」
カイル様の返事は早かった。
主桟橋のほうから、最初の貸出便が出る鐘が鳴った。
南三番畑へ向かう食糧箱と、王都近郊の診療院行きの療養食包み。白霧港は今日も配る。
けれど、その音を聞きながらわたしは思う。
もっと広く配るための鍵は、まだ海の向こうでも畑の先でもなく、失われた古い保管路のどこかにある。
「配りながら探す、ですか」
わたしが言うと、カイル様は迷わず頷いた。
「止めたら、その間に崩れる土地が出る。だが探さなければ、この先はもっと崩れる」
簡単な言い方なのに、必要なことが全部入っていた。
目の前の箱も、先の地図も、どちらか片方だけでは守れない。
「白霧港の配分は続ける」
カイル様が全員を見る。
「だが同時に、失われた保管都市を探る。兵を出す。地図も掘り返す。ヨナス、古い倉庫番筋の話をもう一度集めろ」
「おう」
ヨナスさんが短く応えた。
「ニコは零番坂って呼び方を覚えてる年寄りを当たって」
「任せて」
「ニナは診療院側の相談をまとめて。どこがどこまで待てるか、板を毎日更新したい」
「分かりました」
決まった瞬間、不思議と迷いは消えた。
目の前の札を回すことと、その先の起点を探すことは、別の仕事じゃない。同じ流れの続きを取り戻す作業だ。
わたしは欠けた薄板を布へ包み、路線控えと並べて箱へ入れた。
その箱には、これまで証拠や種子札を入れてきたのと同じ癖で、まず分類名を書く。
『第零配分盤 調査』
新しい札を差し込むと、紙の端がぴたりと揃った。
広域備え板の数字、南へ出る貸出便、そして古代の欠けた記録。
全部が一つの線でつながった気がした。
白霧港はもう、自分たちの冬だけを越えるための港ではいられない。
だから次は、その先へ続く配分の起点を取り戻しに行く。
新しい札の字は、次の章への入口みたいにまっすぐだった。




