表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/100

064 空箱は先回りする

 その夜、海側支庫の見回りはいつもより人数を増やしていた。

 広域備え板を出した以上、見に来るだけの人ばかりとは限らない。

 配分の入口が決まれば、そこへ先回りしたい者も出る。


 白夜の薄明かりの下、ニコが支庫の影でしゃがみ込み、荷車の轍を指さした。


「この車、積んでる音が軽い」


「音で分かるの?」

 わたしが小声で訊くと、ニコは頷いた。

「満載の荷車は、石を越えるたびに腹で鳴る。でもこれは箱だけが跳ねてる」


 遠くからは、箱を山ほど載せた荷車に見えた。

 でも近づくにつれて、軋み方が妙に乾いているのが分かる。

 満載なら重さで沈むはずの車輪が、石畳の上で跳ねすぎていた。


「空箱か」

 カイル様が兵へ合図する。


 荷車を止めると、御者は不満そうな顔で用途札を差し出した。

『乾燥薬草受取』

『療養食積込』

 書式だけは整っている。


 けれど、紙を見た瞬間に分かった。

 広域備え板で使っている札紙より、少しだけ薄い。

 それに、墨の乾きが新しすぎた。端の折り目も、港で回った紙のくたびれ方じゃない。


「この札、どこで受けました?」

 わたしが問うと、御者は肩をすくめる。

「港で回してるって聞いたんで。急ぎの配分だろ」


「回していません」

 ニコが即答した。

「その二本線、ぼくらの結び方じゃない。向きが逆」


 兵が御者を押さえている間に、箱を開ける。

 中は空だった。乾いた木と新しい縄の匂いしかしない。

 それも一つ二つじゃない。上段の箱が全部空で、底には薄い藁が敷いてあるだけだった。


 藁の上には、少量の白い粉が残っていた。

 指先でこすると、薬草棚の防虫粉に似ている。

 長く運ぶつもりではなく、積んだように見せるためだけの偽装だ。


「先に箱だけ運んで、何を積むつもりでした?」

 カイル様の声が一段低くなる。


 御者は黙った。

 その沈黙だけで十分だった。

 不足が深まる前に、配分の入口へ箱を並べ、出てきた物をそのまま押さえるつもりだったのだ。


 さらにニコが一つの箱を叩く。

「これ、底が浅い」


 兵が釘を外すと、二重底の下から紙束が滑り出た。

 王都近郊、南の宿場、内陸の倉場町。知らない地名がいくつも並ぶ路線控えだ。

 しかも、ただの行き先一覧ではない。横には『不足見込み日数』『買上目安』『先回り箱数』と書かれている。


「向こうも順番を作ってる……」

 思わず呟く。

 飢えの順番ではなく、奪う順番を。


 最後の紙を開くと、下端にかすれた古い印が残っていた。


『北系統 第零配分盤』


「零?」

 ニナが覗き込む。

「そんな番号、種子庫にはなかったですよね」


「ええ」

 わたしは書付を指で押さえた。

「少なくとも、今使っている板にはありません」


 もう一枚、さらに古い紙が出てきた。

 そこには現行の地名ではなく、古代保管路の名残みたいな呼び方が並んでいる。

 海側支庫、北崖薬棚、そして聞いたことのない『零番坂』。


 しかも紙の脇には、簡単な印が何列も付いていた。

 丸は「不足確定前」、三角は「相談流入後」、二重丸は「配分開始後」。

 白霧港が昨日から板へ掛け始めた順番と、奇妙に噛み合う。


「……見てから動いてる」

 思わず声が漏れた。

「広域備え板を出した、その日のうちに」


 空箱は、中身を奪うためだけに来たわけじゃない。

 配分の流れそのものを先回りするために来ていた。

 しかも、こちらがまだ全部掘り起こせていない古い路線まで知っている。


 カイル様が書付を受け取る。

「王都筋の買い占め屋にしては、古い路線を知りすぎている」


「誰かが、昔の配分路を調べているんでしょうか」

 ニナが低く言う。

「不足の多いところへ、先に箱を差し込めば、高く売れます」


「それだけじゃないかもしれません」

 わたしは二重底から出た最後の木片を拾う。

 そこには削れかけた印があった。北方種子庫の棚札に使われていたものと、よく似ている。

「もし本当に古代の配分起点があるなら、向こうはそこまで押さえたいはずです」


 御者の顔色が変わった。

 それを見て、確信に近いものが胸に落ちる。


「誰の指示です」

 わたしがもう一度問う。


 御者は口を閉ざしたままだったけれど、ほんの一瞬だけ視線が南を向いた。

 それだけで十分だった。

 王都だけじゃない。帯の途中にいる誰かが、配分の起点を押さえれば儲かると知っている。


 荷車は押収。御者は兵へ引き渡された。

 けれど、わたしの視線は空箱より、そのかすれた一行へ吸い寄せられたままだった。


 零番。

 配分盤の始点みたいな名前だった。

 白霧港が今ようやく作り始めた順番の、その前段に当たるものが、どこかに眠っているのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ