059 長い夕暮れの買い付け札
白夜祭の二日目、注文板の前に妙な列ができた。
燻製、乾燥魚、薬草茶。そこまでは分かる。
でも、その奥に置いた保存穀と芽出し用資材の札へ、同じ筆跡の申込紙が何枚も重なっていた。
「配送先が全部違うのに、差出人の癖が同じですね」
わたしが呟くと、ニコがすぐ紙束を差し出した。
「しかも、みんな『急ぎ』って書いてる。芽床資材なんて今すぐ使う季節でもないのに」
紙には南方の町名、内陸の宿場名、王都近郊の商会名が並んでいる。
量はどれも中途半端に多い。
一件ずつなら商談の範囲。でも並べると、嫌な形になった。
先に買って、抱える量だ。
「カイル様」
わたしが呼ぶと、すぐ横へ来てくれる。
「この申込、用途札がありません」
白霧港では、種子庫由来の物と保存穀の大口取引には、配送先だけでなく用途を書く決まりを付けている。
蒔くのか、食べるのか、備蓄に回すのか。
そこが空欄の注文は、流れを濁す。
カイル様は紙束を一度見ただけで眉を寄せた。
「同じ荷車筋かもしれないな」
「ええ。しかも、急ぎすぎています」
ちょうどそのとき、申込主の一人らしい男が進み出た。
「祭りの景気づけですよ。売れるうちに売ったほうがよろしいでしょう」
「売れれば何でもいいわけではありません」
わたしは注文板の横へ、新しい紙を張った。
『大口注文 用途札・配分表・到着期日必須』
「白霧港の保存穀と芽出し資材は、いまは現況確認つきです。誰がどの土地でどう使うのか、空欄のままでは受けられません」
男は肩をすくめる。
「細かいことで商機を逃しますよ」
「細かいから守れます」
わたしは申込紙を一枚ずつ並べた。
「それに、配送先の割に量が揃いすぎています。町は違うのに、欲しい品目も期日も同じ。足りなくなる前に押さえたい注文に見えます」
周囲が静かになった。
祭りの熱気が一瞬だけ遠のく。
年配の女商人が、横から低く言った。
「南では春蒔きが遅れてるって聞いたよ」
別の診療院の使いも、困った顔で頷く。
「王都近郊も、薬草畑が霜でやられた場所があるとか」
噂ではなくなりかけている。
だからこそ、この買い付けは早いのだ。
「なおさら、用途札なしでは受けられません」
わたしは男を見る。
「白霧港は、足りなくなりそうな土地へ順番をつけて渡すために種子庫を開いています。先回りで抱えるためには売りません」
男の顔から笑みが消えた。
「祭りの場で言うことですか」
「祭りの場だから言います」
わたしは注文板を指す。
「ここは値札だけの市じゃありません。流れごと見せるために開いています」
カイル様が一歩前へ出る。
「ノルトフェルト家としても同じ判断だ。用途札を出せない注文は却下する」
それで決まった。
男は舌打ちを飲み込み、紙束を引いた。
けれど残った申込紙までは消せない。
空欄の多さが、そのまま次の季節の不穏さを物語っていた。
夕方、わたしは新しい板を準備した。
『配分相談 土地・人数・在庫記入』
祭りは成功している。
でも、その成功の匂いに混じって、別の季節の匂いがもう流れ込み始めていた。




