058 白夜の卓は港にある
白夜祭の当日、白霧港は朝から人の声で明るかった。
主桟橋へ着いた客はまず、青札を受け取る。
積み替え庭で荷札の読み方を見て、共同炊事場で湯気の立つ鍋をのぞき、診療所前で温茶を飲み、それから芽床と大倉へ進む。
王都の宴みたいに、最初から銀皿の前へ連れていく流れにはしなかった。
「遠回りに見えて、一番早いですね」
宴の夜に会った若い子爵が、積み替え庭の板書きを見ながら言った。
「白霧港では、そうなんです」
わたしは荷役の邪魔にならない位置で立ち止まる。
「見本だけだと、『珍しい品』で終わります。でも、どこへ入って、どう残して、どう配るかまで見れば、次に欲しくなるのは品そのものではなく運用でしょう」
子爵は感心したように頷き、控え板へ視線を移した。
「だから持出控まで公開しているのか」
「はい。ここでは、見たい人ほど先に記入してもらいます」
共同炊事場では、ニナたちが鍋の札を読み上げていた。
「こちらは北崖の乾燥薬草を使った温茶。こっちは今朝の魚つみれ汁。若菜の塩粥は診療所向けの配分と同じ手順で出しています」
ただ美味しいだけじゃない。
誰に、どの棚から、どんな順番で届くかまで一緒に飲み込ませる。
昼過ぎ、港は最初の山を越えた。
見学客は増えているのに、荷役は止まらず、鍋も足りている。
ニコが返却札の束を抱えて走ってくる。
「青札、三枚まだ戻ってない。でも人は足りてる。たぶん大倉で足止まってる」
「ありがとう。ヨナスさんのところへ一声かける?」
「もうかけた」
早い。頼もしい。
夕方と呼ぶには明るすぎる時間、芽床の前で小さな人だかりができた。
ガラス箱の下で、若い緑が静かに揺れている。
宴では小皿の上だったものが、ここでは土と札と一緒に息をしていた。
「これが、王都の見本卓にあった種の続きですか」
年配の女商人が訊く。
「ええ」
わたしは芽床の横へ並べた播種札を指した。
「でも種だけ持っていっても意味がありません。土壌回復材、風除け布、蒔く時期、戻り札。全部揃って、初めて春になります」
そのとき、カイル様が大倉の入口側から歩いてきた。
「ノルトフェルト家として、今期の正規視察を三件受ける。条件は白霧港側の台帳に従う」
周囲が少しざわつく。
でも、そのざわめきは王都の宴のときと違った。
面白がるざわめきじゃない。値を測るざわめきだ。
「さらに、港内加工品の試験取引も始める」
カイル様は燻製小屋のほうを見やる。
「見本ではなく定期便の相談として受ける。必要量と配送先を書いて出せ」
白夜の空の下で、何人もの手が同時に控え板へ伸びた。
王都では、わたしは皿から価値を取り返した。
でも今は違う。
白霧港の卓そのもので、次の仕事を生んでいる。
「リーゼさん」
ニナが小声で呼ぶ。
「見てください」
共同炊事場の前に並ぶ人たちの顔は、もう『辺境見物』の顔じゃなかった。
食べ、見て、計り、自分の町へ何を持ち帰れるか考える顔だ。
それを見た瞬間、胸の奥で何かが静かにほどけた。
白霧港は、もう守られるだけの場所じゃない。
人を呼び、その人に仕事を持ち帰らせる場所になり始めている。
長い夕方の光が港じゅうを淡く照らす中、わたしは控え板へ新しい一行を書き足した。
『白夜祭 本日分視察受付 残り二枠』
書いたそばから、その枠は埋まった。




