057 灯り札は桟橋から
白夜祭の三日前、白霧港は朝から木槌の音でいっぱいだった。
主桟橋には風除け布が渡され、杭から杭へ小さな灯り札が吊られていく。
夜になっても暗くなりきらない季節だけれど、白夜の薄明かりほど人の足元を迷わせるものはない。
「灯りは飾りじゃなくて導線です」
わたしが言うと、板を抱えたニコが元気よく返す。
「分かってる。青灯りは見学路、黄灯りは食卓、赤灯りは立入禁止」
その後ろで、カイル様が兵へ短く指示を飛ばしていた。
「桟橋の先端に見回りを一人追加。帰りの馬車が混む時間は南坂を一方通行にする」
祭りを開くと決めたときから、この人の頭の中ではもう人の流れが地図になっている。
積み替え庭では、ヨナスさんが見学用の足止め縄を張っていた。
「ここから先は荷役優先だ。祭りだからって、荷札の前を横切らせるなよ」
「見物のために荷を止めたら本末転倒ですものね」
「そういうこった」
ニナは共同炊事場で、湯気の立つ鍋を前に頬を赤くしていた。
「薬草茶、魚のつみれ汁、芽床の若菜を入れた塩粥。冷えた人向けと、見学帰り向けで分けます」
「食べただけで終わらず、『これが港の流れで出てくる』って分かるようにしたいの」
「なら、鍋の横に札を出しましょうか。どこの棚とどこの畑から来たか」
「それ、お願いします」
祭りの支度なのに、やっていることはいつもの延長だ。
だからこそ、無理がない。
昼過ぎ、最初の客馬車が見えた。
宴のあとで声をかけてきた年配の女商人が、予定より早く来たのだ。
「準備中から見てもいいかと思ってね」
「むしろ、そのほうが助かります」
わたしが頭を下げると、彼女は港の板書きを見て目を細めた。
「へえ。祭りの前から、もう仕事場なんだね」
王都なら、客が来るまで裏を隠す。
でも白霧港は違う。
裏側こそ見せるべき本体だ。
「見学順路はこちらです」
ニコが青札を差し出す。
「戻るときはこれ、返してください。返ってこないと、次の人の数が合わないから」
女商人は一瞬きょとんとして、それから声を立てて笑った。
「面白い坊やだね」
「坊やじゃなくて札係です」
その答えに、わたしまで少し笑ってしまった。
夕方になると、港のあちこちへ灯りがともり始めた。
薄い金色の光が、青い海霧の上へ筋になって伸びていく。
白霧港は冬の間、閉じないための灯りを守ってきた。
けれど今夜の灯りは、それだけじゃない。
外から来た人にも、この港の順番を読ませる灯りだ。
「綺麗だな」
隣でカイル様が低く言う。
「はい」
わたしは主桟橋から港を見渡した。
「でも、綺麗なだけで終わらせません」
「終わる気がしない」
その声は呆れ半分で、少しだけ笑っていた。
白夜の空は、夜なのに完全には沈まない。
その下で灯り札が一本ずつ増えていくのを見ながら、わたしは胸の中で静かに数を数えた。
人。
荷。
鍋。
芽床。
見学路。
全部が噛み合えば、祭りはそのまま白霧港の証明になる。
明日には、もっと多くの馬車が来る。
だからわたしは、最後の灯り札の向きを少しだけ直した。
港へ入る人の足が、迷わず積み替え庭へ向くように。




