055 宴の帰りは北を向く
宴が崩れたあとの広間は、妙に静かだった。
音楽は続いているのに、人の流れだけが変わっている。
さっきまで見本卓を遠巻きに眺めていた者たちが、今度は産地札つきの小瓶や控え紙のほうを見に来た。
「正式な視察なら、受けてもらえるのですか」
年配の女商人が訊く。
「ええ。白霧港の板書きと持出控ごと見ていただく形なら」
「そのほうが話が早そうだ」
別の若い貴族も口を挟んだ。
「北辺の白夜は、夏前でしたか」
「日が長くなる頃です」
カイル様が答える。
「港を見に来るなら、その時期がいい」
白夜。
その言葉で、頭の中に主桟橋の灯りと試し床の緑が並んだ。
王都の皿に少しだけ載せられるより、白霧港の流れごと見せたほうが早い。
「祭りにしましょうか」
気づくと、声に出ていた。
カイル様がこちらを見る。
「何をだ」
「白夜の頃に、白霧港で」
わたしは広間ではなく、もう北を見ていた。
「見本卓じゃなくて、積み替え庭と台所と芽床をそのまま開くんです。正規の視察、取引、食卓、灯り。白霧港のやり方のままで」
ニナなら、診療所の薬草茶を出すだろう。
バルトさんは燻製を並べるはずだ。
ニコはきっと、見本より先に産地札を書きたがる。
「白夜祭か」
カイル様が短く言って、少しだけ口元を緩めた。
「悪くない。北辺の値は、北辺で付けるべきだ」
帰りの玄関で、一度だけ振り返る。
父は広間の奥に立ったままだった。
でもそのそばに、もう人は多くない。
セシリアは少し離れた位置で、こちらではなく出口のほうを見ていた。
王都で全部を終わらせる必要はない。
今夜やったのは、港の価値を勝手な皿から下ろしただけだ。
次は、こちらの卓をひらく番になる。
馬車へ乗ると、証拠箱の横へ新しい控え紙を挟んだ。
『白夜祭 準備』
王都の夜より、北の長い夕方のほうが似合う話だと思った。




