054 家名より先に残る控え
第二鐘のあと、広間の中央へ運ばれてきたのは、銀皿ではなく羊皮紙だった。
『北辺再生後援覚書』
朗読役の男は、いかにも穏やかな声で読み上げる。
「王都貴顕による視察補助、見本確認、播種計画への助言、必要に応じた保管品閲覧」
婚約状の別紙と、ほとんど同じ言い回しだった。
包み紙が変わっただけだ。
「ハルフェン伯爵家としても、北辺再生が正しく評価されることを望んでおります」
父が一歩進み、もっともらしく頭を下げる。
「娘もようやく、家の名の重みを理解したでしょう」
その瞬間、わたしは証拠箱を机へ置いた。
ひとつ、またひとつと紙を並べる。
婚約状の別紙。
公開返書。
海側支庫で押さえた先送り書付。
そして、監察局の押収記録写し。
「よく似ていますね」
わたしは覚書を指した。
「婚約。見本荷。今夜の後援覚書。どれも、白霧港へ触る権利を別の包みで回しているだけです」
広間がざわつく。
父が低く唸った。
「証拠を宴へ持ち込む気か」
「宴へ見本を持ち込んだのは、そちらでしょう」
カイル様が押収記録写しの端を押さえる。
「ハルフェン伯爵家の穀倉管理権限は停止中だ。現時点で北辺再生を後援名目で差配する権能はない」
世話役が慌てて笑いを作る。
「これは善意の覚書」
「なら、なぜ青紙を使うんですか」
わたしが言うより先に、セシリアが口を開いた。
広間の端からでも分かるくらい、指先が震えていた。
「その紙……伯爵家の応接間で、先に用意していました」
父が振り返る。
「セシリア」
「婚約状のときと同じ箱から出しました。お父さまが、宴で使うからと」
それで十分だった。
家の綻びは、怒鳴り声より先に、誰がどの紙箱を知っているかで見える。
覚書へ伸びかけていた何本もの手が止まる。
王弟派の世話役は、朗読を続けられなかった。
「白霧港の品も人も、署名のついでに触らせません」
わたしは紙を重ね直す。
「必要なら、正式な視察を港へどうぞ。条件と産地札つきでお迎えします」
父は何か言い返そうとして、結局ひとことも残せなかった。
家名より先に、控えのほうが場に残ったからだ。




