046 婚約状の余白
婚約打診の返事を急がせる使者は、朝いちばんに来た。
厚手の青みがかった紙。王都らしい、香油の薄い匂い。文面はやけに丁寧で、北辺再建への敬意だの、白霧港の将来への後援だのと並んでいる。
けれど最後の一枚で、わたしの指は止まった。
「……条件書が別紙になっていますね」
読み上げると、詰所の空気が少しだけ冷えた。
『婚約成立後、北辺農地再生事業に関する見本物、播種計画、低温保存品の閲覧については、後援家による事前確認を認める』
言い回しは柔らかい。
でも中身は、種子庫とその先の運用へ手を入れる権利の話だった。
「婚約って、こういうものなんですか」
ニナが露骨に眉を寄せる。
「少なくとも、港の品目表と一緒に読むものではありません」
わたしは紙を伏せた。
「花嫁が欲しいんじゃない。白霧港へ早く触りたいんです」
カイル様が使者へ向き直る。
「返事は急がない。港の条件に関わる文面なら、辺境伯家でも確認する」
使者は愛想よく頭を下げたが、目は笑っていなかった。
「侯爵家は善意から申し出ております。北辺の価値を正しく理解してくださる家は、多くありません」
「理解と所有は別です」
わたしが言うと、使者は一瞬だけ言葉を失った。
そのやり取りの最中、外からニコが駆け込んできた。
「リーゼさん、これ変」
抱えていたのは、小さな木箱だった。海藻灰の戻り箱に見えるけれど、札の書き方が妙に固い。
行き先には『港外持出』。品目は『低温保存試料』。
「そんな品目、まだ港にありません」
「だよね。しかも紐が南式」
ニコが結び目を指さす。
わたしは箱より先に札を見た。
青みがかった紙。角の繊維が細かく、表に香油が少し移っている。
さっきの婚約状と、同じ紙質だった。
使者は何も言わない。
けれど沈黙が、かえってよく喋っていた。
「返事は文書でお返しします」
わたしは婚約状と偽装札を並べた。
「白霧港では、人の話も荷の話も、余白のまま通しません」
使者が帰ったあとも、机の上には青い紙が二枚残った。
片方は婚約状。片方は港外持出札。
どちらも形は違うのに、欲しいものだけはよく似ていた。




