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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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044 凍土へ返す芽床

 試し床に選んだのは、港南斜面の小さな畑跡だった。


 三年前の高潮で塩を噛み、そのまま誰も起こさなくなった場所だ。

 今は痩せた灰色の土が風に削られているだけで、畑と呼ぶには心細い。

 でも種子庫の札には、はっきりこの斜面の棚番号が書いてあった。


「まず土を戻す。種はそのあと」

 わたしが札を読み上げると、ニコがすぐ板へ写す。

「白粉を薄く、海藻灰を混ぜて、溶かし水は夜の冷えを残したまま」

「夜の冷えを残したまま、が種子庫らしいですね」

 ニナが笑う。


 診療所裏では、小さな芽出し箱も並べた。

 耐寒麦、豆種、薬草の苗床用に三つ。

 底へ魚かすの堆肥を薄く入れ、上から種子庫の白粉を混ぜた土を載せる。

 保存魔法で湿りだけを逃がさず、熱は閉じすぎないよう緩く留める。

 止めすぎれば芽は動けない。守るだけでは、春になれない。


 その加減が、少し難しかった。


「リーゼさん、こっちは冷えすぎ」

「こっちは逆に蒸れます」

 ニナとふたりで箱の蓋を何度も開け閉めする。

 白霧港で物資を守るのと、芽を起こすのでは、同じ保存でも呼吸が違う。


 三日目の朝だった。

 まだ海霧の残る診療所裏で、ニコが箱を覗き込んだまま固まっている。


「……リーゼさん」

「どうしたの」

「これ」


 しゃがみ込んで見る。

 黒い土の裂け目から、ほんの針ほどの緑が一本、顔を出していた。

 次の箱にも、さらにもう一本。


 小さい。

 頼りない。

 でも、白霧港の冬をずっと見てきた目には、それがやけに眩しかった。


「出た……」

 ニナが、ほとんど息みたいに言う。


 港南斜面の試し床でも、同じ日の夕方、土の色が少しだけ変わった。

 塩の浮きが引き、表面の乾き方が均一になる。

 まだ畑が戻ったわけじゃない。けれど死んだ土ではなくなり始めている。


 集まっていた港の人たちが、誰からともなく声を潜めた。

 冬の間、食べ物や薬を前にした時とは違う沈黙だ。

 これは明日の食卓ではない。その先の季節を見ている顔だった。


「畑って、戻るんだな」

 年嵩の荷役係がぽつりと言う。

「戻します」

 わたしは芽出し箱を見たまま答えた。

「全部いきなりは無理でも、順番に」


 その順番を残すために、古代王国は種子庫を作った。

 白霧港が今やるべきなのも、きっと同じだ。


 芽床の横で、カイル様が静かに言った。

「春は待つものじゃないのかもしれないな」

「ええ」

 わたしは頷く。

「残して、渡すものです」

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