042 鍵番控の合う棚
翌朝、霜守りの大倉の記録補助棚は、いつもより静かに冷えていた。
魚や薬草を置く棚ではない。薄い金属板と記録札が並ぶ、古い管理用の区画だ。
王都から戻ってすぐ、わたしは何度もここへ来ている。けれど今日は、棚の一角が最初から待っていたみたいに冷たかった。
「ここだな」
ヨナスさんが板の裏を叩く。
低い、空洞の音が返った。
真鍮の鍵番控えを差し込む溝は、普段なら見落とすほど細い線だった。
わたしが札を合わせると、記録補助棚の端に霜の線が走る。
それだけでは開かない。
次の瞬間、薄板へ古代文字が淡く浮かんだ。
『播種先未記入』
「……やっぱり」
思わず笑いそうになる。
「ただ鍵を持っているだけじゃ駄目なんですね」
白霧港では、荷の行き先が決まらない物は詰まりのもとだ。
古代王国の種子庫も同じだったのだろう。
誰が管理し、どの土地へ戻すか。その控えがなければ春は開かない。
「ニコ、紙板」
「はいっ」
用意していた現況板を広げる。
港近くの塩を噛んだ畑。崖上の風裂け地。診療所裏の小さな試験畝。崖向こう集落から届いた、今年なら起こせそうな土地の戻り札。
王都の地図だけでは足りないから、昨夜のうちに皆で集めた。
「播種先候補、白霧港南斜面二枚、崖上旧段畑一枚、崖向こう集落共同畝一枚」
わたしが読み上げると、ニナが診療所裏の欄へ書き足す。
「薬草用の試し床も入れてください。食べる種だけじゃなくて、薬の苗床も要るから」
「入れよう」
カイル様は辺境伯家の管理札を板の横へ置いた。
「播種後の保護と警備はノルトフェルト家が引き受ける」
そこまで揃えた瞬間、古代文字が一行消え、別の文が浮いた。
『鍵番確認』
わたしは自分の保存魔法を、そっと棚へ通した。
冷えた記録板の状態を崩さないよう、文字の上だけ薄く留める。
すると棚の奥から、澄んだ鈴みたいな音がした。
横へずれるように棚が開く。
奥に現れたのは、狭い石段だった。下から、土ではなく、乾いた冬の匂いが上がってくる。
「第三層……」
ニナが呟く。
「ほんとうにあった」
「しかも、生きてる」
わたしは石段の縁を見た。
誰も通っていないはずなのに、霜だけが薄く均一についている。保存機構がまだ死んでいない証拠だ。
ヨナスさんが灯りを上げる。
「嬢ちゃん。昔話の続き、ひとつだけ思い出した」
「何ですか」
「飢えた年に開ける倉じゃない。飢えたあとに開ける倉だ」
その言葉を合図みたいにして、わたしたちは地下へ降りた。
冬を越えるための大倉の、さらに下へ。




