041 北へ帰る種子札
白霧港の鐘が、わたしたちの馬車を港口で迎えた。
王都へ向かった時と違って、今日は鐘のあとにすぐ荷呼びの声が続く。
桟橋脇の板には、青札荷の置き場、海側支庫行きの黒札荷、診療所向けの受け取り時刻まで、きちんと書かれていた。
わたしがいない間に書き直された字だ。
「止まってませんよ」
迎えに出てきたニナが笑う。
「昨日は崖向こう便まで出せました」
「海側支庫の鐘も、ニコがもう一人前に鳴らしてたぜ」
ヨナスさんが顎をしゃくると、少し離れたところでニコが胸を張った。
「二回鳴らしは黒札荷、三回鳴らしは氷橋側の戻りだよ。間違えなかった」
「えらい」
そう返すと、ニコは耳まで赤くなった。
白霧港は、わたしが戻らなければ動けない港ではなくなっていた。
そのことが、王都で勝ったことより少しだけ嬉しい。
夕方、霜守りの大倉の前で皆に箱を開いて見せた。
押収した保管図の写し。真鍮の鍵番控え。王都の旧温度庫から出た金属札。
『北方種子庫 第三層』
『春待ち種 低温保存』
薄い灯りの下で文字を読んだヨナスさんが、低く息を吐く。
「やっぱり種か」
「心当たりがあるんですか」
「昔、じいさまが言ってた。大倉は腹を満たす箱で、さらに下は畑を戻す箱だってな。ただの昔話だと思ってたが」
カイル様が保管図を机代わりの板へ広げた。
白霧港の地下筋と、海側支庫、湾内氷橋、そのさらに内陸側へ薄く伸びる線がある。
「第三層へ降りる口が、この記録補助棚の裏か」
「ええ。でも鍵番控えって言葉が気になります」
わたしは真鍮札の縁をなぞる。
「鍵そのものじゃなく、鍵番の控えです。誰が、どこへ、何を持ち出すかまで揃わないと開かないのかもしれません」
ニナが保管図の余白を覗き込んだ。
「種って、そんなに厳重にしまうものなんですか」
「食べ物より先に蒔いてしまえるからだろう」
カイル様が言う。
「飢えた年ほど、春を食いつぶす人間は出る」
その一言で、箱の重みが少し変わった気がした。
保存するだけなら、閉じておけばいい。
でも春の種は、守るだけでは足りない。どの土地へ戻すかまで決めなければ、ただ消える。
「明日、大倉の記録補助棚を見ます」
わたしは皆を見回した。
「王都から持ち帰ったのは、証拠だけじゃありません。白霧港の次の仕事です」
外では、港の夜番交代の声がしていた。
わたしが王都から運んできたのは小さな札だけれど、その札の先には、港の外の土が待っている。




