004 霜守りの倉庫
三時間だけ横になるつもりが、二時間で目が覚めた。
寒さのせいもあるけれど、それ以上に、地下倉庫という単語が頭から離れなかったからだ。
結局、昼すぎにはヨナスとニコを連れて、港のはずれにある崖下へ向かっていた。
カイルも来ると言い出した時は少し意外だったが、よく考えれば、素性の怪しい王都の女を単独で歩かせるほうが危ない。
白霧港の海は、近くで見ると鉛みたいな色をしていた。
波しぶきが岩に当たり、細かな氷になって砕ける。
その奥、半ば雪に埋もれた石造りの建物が崖肌に食い込むように残っていた。
「あれが昔の荷揚げ蔵だ」
ヨナスが杖で示す。
「入口は?」
「雪の下だろうな」
わたしたちはしばらく、スコップで雪をかいた。
最初はただの石壁にしか見えなかったが、やがて半円形の扉の上に刻まれた紋章が現れる。
麦穂と鍵、それから雪花。
「これ……」
指先で触れた瞬間、胸の奥がちり、と鳴った。
魔力の感触だ。しかも、わたしの保存魔法と妙に相性がいい。
「何かあるのか」
カイルが問う。
「封印の残滓です。古いけれど、生きています」
扉の中央には、手のひら大の窪みがあった。
鍵穴ではない。たぶん、魔法の認証口。
「リーゼさん、それ開くの?」
ニコが目を輝かせる。
「分かりません。でも、試す価値はあります」
両手袋を外し、窪みに掌を当てる。
冷たい石の感触の奥に、長く眠っていた静寂がある。
「保存」
青白い光が窪みから扉全体へ走った。
刻印の雪花が淡く灯り、石扉の縁に霜が広がる。
ごご、と鈍い音がして、扉が内側へ少しだけ下がった。
「開いた……!」
ニコが歓声を上げる。
ヨナスは目を見開いたまま、しばらく口をぱくぱくさせていた。
「お、おいおい。本当に開いちまったぞ……」
隙間から流れてきた空気は、外より冷たいのに、腐臭がしなかった。
密閉された倉庫の空気だ。
わたしたちはランタンを掲げ、慎重に中へ入った。
地下へ続く石階段の先には、想像以上に広い空間が広がっていた。
整然と並ぶ棚。崩れていない木箱。壁一面に刻まれた魔法陣。中央には青い石を埋め込んだ台座があり、そこから細い光が天井へ伸びている。
「すご……」
ニコの声が反響する。
わたしは棚のひとつに歩み寄った。
恐る恐る木箱を開ける。
中には布袋に包まれた種子が入っていた。乾きすぎても湿りすぎてもいない、保管に最適な状態で。
「信じられない……」
「何が入っていた」
「種です。しかも、まだ生きている気配がある」
別の棚には乾燥薬草、塩、保存油、簡素な帳面。
どれも古いのに、死んでいない。
この倉庫は、わたしの魔法よりずっと大きな規模で、保存を維持していたのだ。
中央の台座のそばに寄ると、石板が置かれていた。
古い文字が刻まれている。
全部は読めない。でも一部だけ、いまの王国語と共通していた。
「霜守りの大倉……北系統、第三保管庫」
思わず読み上げると、カイルの目つきが変わった。
「大倉?」
「古代王国の保管網の名前かもしれません。王都の古文書で見たことがあります。伝承扱いでしたけど」
まさか辺境の崖下に、本当に残っていたなんて。
「リーゼ、見ろ」
カイルに呼ばれて振り向くと、台座の背面に細い引き出しがあった。
引くと、中には薄い金属板が何枚も収められている。
帳票の類だ。表面に、運び込まれた物資と季節印が刻まれている。
「在庫板だ……」
前世の棚卸表みたいなものだった。
ただしこちらは、紙ではなく金属板に保存印を刻み込んでいる。
つまりこの施設は、単なる倉庫じゃない。
保管と記録が一体化した、大規模な物流拠点だ。
息が、上ずる。
興奮しているのが自分でも分かる。
「リーゼ?」
「これ、使えます」
「いきなりだな」
「いえ、使えるとかいうレベルじゃない。白霧港が冬を越せるどころじゃありません。ここを再起動できれば、港の運用が根本から変わる」
言い切った瞬間、自分の中で何かが定まった。
王都に戻って無実を訴えるだけが勝ちじゃない。
この倉庫を生かしたほうが、よほど大きくひっくり返せる。
その時、台座の青石がふっと明るくなった。
同時に、足元を白い影が駆け抜ける。
「うわっ」
ニコが飛び退いた。
影の正体は、小さな雪鼬みたいな獣だった。
真っ白な毛並み、青い目、額に雪花の紋。
生き物、というより、魔力の塊が獣の形を取っている感じに近い。
その雪鼬は台座の上に飛び乗り、わたしを見て首を傾げた。
「……管理精霊?」
ヨナスが震える声で言う。
雪鼬は、まるで肯定するみたいに、きゅ、と鳴いた。
そして次の瞬間、台座の周囲に新しい文字が浮かぶ。
『保管官権限、仮承認』
わたしとカイルは、同時に息を呑んだ。




