表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/45

032 海側支庫の古い杭

 翌朝の干潮に合わせて、わたしたちは海側の崖下へ回った。


 大倉の薄板を革筒へ入れ、先頭を歩くのはヨナスさんだ。冬場に使わなくなった細い足場道を、杖で雪を崩しながら確かめていく。

 その少し後ろをカイル様と兵士が続き、ニコは黒札の束と小鈴を抱えて跳ねるみたいに歩く。

 わたしは潮で濡れないよう裾を持ち上げながら、何度も薄板と崖の形を見比べた。


「本当に道があるんですね」

「昔はあったさ」

 ヨナスさんが振り返らずに言う。

「海が荒れる年だけ使う、逃がし道みたいなもんだ。ただ、わしが若い頃にはもう半分潰れてた」


 崖を回り込んだ先に、小さな入り江があった。

 主桟橋からは見えない陰だ。海は静かだけれど、岸には古い杭の頭がいくつも埋もれている。木ではなく、石に金具を打ち込んだ頑丈な杭だ。


「……これ」

 思わず足を止める。

「薄板の印と同じです」


 入り江の奥、崖へ食い込むように石小屋があった。

 入口は半分雪と砂利で埋もれているけれど、扉の上の金属板はまだ読める。


『海側支庫』


「支庫だった」

 ニコが目を丸くする。

「ほんとにあった」

「しかも、ただの避難小屋じゃありません」


 扉へ手を当て、保存魔法を薄く流す。

 錆びた金具が小さく鳴って、埋もれていた扉が内側へ開いた。

 中は思ったより広い。壁際に並んでいたのは、太い綱、鐘、灯籠の骨組み、板橋用の短い踏み板、それから鉄の爪がついた靴具だった。


「滑り止めか」

 カイル様が一つ拾い上げる。

「氷の上を渡る時のものみたいです」


 奥には、細長い金属板がもう一枚あった。

 砂を払って文字を追う。


『港口閉鎖時、湾内氷橋を開く』

『第一杭より第五杭まで、鐘一打ごとに渡る』


 思わず、息が止まる。


「氷橋」

 声に出すと、その言葉が小屋の中でやけにしっくり響いた。


 主桟橋の外海が荒れる時、この入り江の内側を渡る道があったのだ。

 海の上へ橋を架けるというより、湾内に張った目印と杭を使って、凍った水面の安全な筋を決める仕組みらしい。


 支庫の壁際には、古い炭筆の線も残っていた。

 入り江の形を簡単に描き、凍りやすい筋と薄く割れる場所を分けてある。

 昔の誰かが、冬ごとに確かめて書き足していたのだと思う。

 備えというより、確かめ続けた記録だ。


「ここから上の崖道へ抜けられれば」

 わたしは外へ出て、入り江の対岸を見る。

「船が危ない夜でも、人と小荷物は渡せます」

「北の集落へ繋がる裏道にも乗れる」

 カイル様が言った。

「主桟橋を噛まれても、補給が死なない」


 それが大きい。

 白霧港は港だ。でも、港だけで生きているわけじゃない。

 診療所、共同炊事場、崖向こうの集落、北森。誰かひとつ止まると、全部が薄くなる。


 ニコが支庫の奥で別の札束を見つけた。

 黒ずんだ木札だが、裏へ古代文字と今より少し古い共通語が両方刻まれている。


『鐘番』

『綱番』

『橋番』


「役割札まである」

「皆が迷わず立つためですね」

 わたしは頷く。

「昔の白霧港も、たぶん同じことをしていました」


「海が閉じた夜に、怒鳴るだけじゃ足りなかったんだろう」

 ヨナスさんが支庫の天井を見上げる。

「だから札と鐘を残した」


 支庫の外へ出ると、入り江の端に大きな波紋が広がった。

 灰色の背が一瞬だけ見えて、すぐに沈む。

 主桟橋へ来ていたものと同じだ。


「こっちにもいる」

 ニコが小声になる。

「いるなら、なお都合がいいです」

 わたしは言った。

「ここへ来る理由があるなら、それも使えます」


 海獣はこの入り江を通っている。

 なら、主桟橋から匂いを切って、こちらへまとめられる可能性がある。

 危険を消せなくても、通る場所をずらせるなら充分仕事になる。


 わたしは支庫の入口へ、新しい札をひとつ掛けた。


『海側支庫 調査開始』


 札ひとつで遺跡が仕事場になるわけではない。

 でも、名前を戻すと動かし方が見える。


「今日のうちに綱と鐘を持ち帰るか?」

 ヨナスさんが訊く。

「半分だけ」

 わたしは支庫の中を見回した。

「残りはここで使います。主桟橋へ置かない魚箱も、いずれここへ回します」

「海獣の鼻先に?」

「鼻先だからです」


 カイル様がそこで、わずかに口元を上げた。

「お前の『だからです』は、だいたい面倒の始まりだな」

「今回は面倒を主桟橋からどけるための面倒です」


 潮が満ち始める前に、わたしたちは支庫の古い鐘をひとつ持ち帰った。

 重い。けれど音は澄んでいる。

 その音なら、吹雪でも夜でも、人にだけちゃんと届きそうだった。


 白霧港の地下に倉庫が眠っていたように、海の脇にも備えが眠っていた。

 倉庫だけでは冬は越せない。

 道まで残しておくから、越せるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ