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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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028 冷やした印は嘘を言わない

 税札が二枚に増えた日の夕方、わたしは紙を持って霜守りの大倉へ降りた。


「倉庫で帳面を守るのかい」

 後ろからついてきたヨナスさんが、不思議そうに訊く。

「荷だけじゃ足りません。今回は紙のほうが先に傷みそうなので」

「傷むって、破れるって意味か?」

「消えたり、差し替わったり、書き足されたりです」


 そう言うと、ヨナスさんは渋い顔で頷いた。

 現場の古参は、物が黙って減ることにも、後から数字が増えることにも詳しい。


 大倉の北棚、その一番手前へ浅い木箱を三つ並べる。

 昔は塩魚の見本を置いていた箱だ。今は中身を空にし、底へ布を敷いた。


『原紙』

『写し』

『控え紙』


 ニコが札を書いて貼っていく。

「紙にも棚番号つけるの?」

「つけます。見失わないように」

「なんか、大事な魚みたいだな」

「今は魚より大事かもしれません」


 わたしは最初の赤札を原紙箱へ置き、保存魔法を薄くかけた。

 封蝋の欠け方。筆圧で沈んだ筋。端に残る泥の粉。

 それから二枚目の再査定札。こちらは紙の繊維がまだ立っていて、乾きも浅い。

 午前に持ってきたふりをしていたけれど、書いたのはもっと直前だ。


 さらに、封蝋の端へ混じる黒い灰。

 王都の穀倉札でよく使う、割れ防止の混ぜ物だ。

 白霧港の倉で使う蝋には入っていない。

 紙の匂いまで全部が証拠になるわけじゃないけれど、揃っていると無視しにくい。


 ニナが横から覗き込む。

「そこまで残せるの?」

「少しなら。変わる前の形を、短く留める感じです」

「便利って言っていいのか分からない便利さ」


 便利で片づけるには、たぶん少し嫌な使い道だ。

 でも、必要な時に必要な形を残すのが保存だというなら、これも同じだと思う。


 詰所へ戻ってから、わたしは奥の鞄を開けた。

 白霧港へ追放される時、捨てずに持ってきた数少ない紙の束。

 任命状。持参金目録。穀倉の引き継ぎ控え。

 そして、わたしを王都から外す時に使われた、あの薄い命令書。


 そこまで広げたところで、手が少しだけ止まる。

 あまり見たい紙ではない。

 でも、今は気分より仕事が先だ。


「リーゼさん?」

 ニナが声を潜める。

「昔の紙です」

「王都の?」

「はい」


 命令書の端には、赤い小さな訂正印がいくつか押されている。

 今回の税札にも、同じ位置に同じ角度の丸い印があった。

 それから、道番号の書き方。

 数字の前へごく小さく入る斜線。

 欄外へ書き足す時だけ使う、三角の送り印。


 もっと細かく言えば、訂正のあとに一拍だけ空ける癖まで似ている。

 急いで直した人の字ではない。

 直すことに慣れている机の字だ。


 わたしは何度も、それを書かされた。

 ハルフェン家の穀倉帳面で、王都側の控えへ合わせるために。


「同じ書き方です」

 自分の声が思ったより平らだった。

「税吏個人じゃありません。王都の穀物と査定の帳面を触る側の癖です」


 カイル様が紙を見比べて、短く問う。

「確かか」

「ええ。数字そのものじゃなく、直し方の癖が」

「つまり、白霧港を古い港のまま書いて回しているのは」

「偶然の南商人じゃないです」


「王都の穀物側と税の帳面が繋がってる可能性が高い」

 カイル様が言う。

「はい。少なくとも、同じところで直した紙が混じっています」

「面倒の質が変わったな」

「でも、質が分かれば仕事にできます」


 胸の奥で、昔の冷たい部屋の匂いが少しだけ蘇る。

 都合の悪い数字を、欄の外で丸める手つき。

 誰かの机の上で決まったことが、下の現場へだけ重く落ちてくる感じ。


 でも、今はあの頃と違う。

 紙を持って震えるだけでは終わらない。

 比べられる。残せる。返せる。


「なら、紙の戦いになりますね」

 ニナが言う。

「上等です」

 わたしは命令書を畳み直した。

「わたし、あれは少し詳しいので」


 それは自慢じゃない。

 あの家で身につけたくなかった手際だ。

 でも、身についたものが今の白霧港を守るなら、無駄ではなかったことにしたい。


 大倉の北棚へ戻り、原紙箱の札へもう一語だけ足す。


『原紙 差し替え禁止』


 冷えた箱の中で、赤い印はさっきと同じ形のまま残っている。

 冷やした印は、少なくともこちらが手を離さない限り、勝手に嘘へ変わらない。


 なら次にやることは決まっていた。

 白霧港じゅうが、同じ数字を持つこと。

 相手の帳面が変わっても、こちらの数字が変わらない形を作ることだ。


 ひとりの机で守る証拠には限界がある。

 でも、港じゅうが同じ数字を覚えていれば、嘘はずっと通しにくくなる。

 明日から守るのは紙そのものじゃない。

 紙から逃げないための手順だ。

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