027 合わない束、合わない税
昼すぎに戻ると言っていた税吏は、本当に昼すぎに戻ってきた。
しかも今度は一人ではない。
南側の帳付らしい細身の男を連れ、細長い物差しと秤石まで持ち込んできた。
荷を運びに来た顔ではない。数え方そのものを変えに来た顔だ。
「査定を始める」
税吏は確認机へ紙束を置いた。
「中央帳付単位に従い、春交易分の仮税を算出する」
差し出された紙には、昨日なかった欄が増えていた。
『燻製魚 一束=南式二束』
『乾果 一袋=南式二袋』
『保存油 小瓶一本=欠損見込み一割加算』
思わず、紙から目を上げる。
「昨日は、単位表そのものがありませんでした」
「今、持ってきた」
「一晩で増えたんですね」
税吏の横に立つ帳付男が、薄く笑った。
「中央ではよくあることです。現場を見て補いますので」
「帳面を、現場に合わせて増やすんですか」
「曖昧な辺境なら、そのほうが親切でしょう」
親切。
その言葉で、胸の奥が少しだけ熱くなった。
曖昧にしておいて、あとから都合のいい欄を増やすのは、親切じゃない。ただの取り方だ。
「標準束を持ってきます」
わたしは言った。
「ニコ、見本棚から燻製魚と乾果。ヨナスさん、秤を」
「あいよ」
広場の中央へ簡易机を出す。
見本棚の前なら、誰が何を比べているか皆に見える。
こそこそしたところで勝てる話ではない。
ニコが標準束の木枠を持ってきて、ヨナスさんが古い秤へ新しい印つき分銅を並べる。
ニナも診療所から出てきて、薬草札の前へ腕を組んだ。
「薬草は勝手に数えないでね」
「課税対象品だ」
税吏が言う。
「診療所優先後、三日ぶんまでってもう出してる」
ニナは見本棚の札を指した。
「ここを越えたら、港の人が寝込む」
税吏は露骨に面倒そうな顔をしたが、広場に集まった人たちの目を見て、無視はしなかった。
まず燻製魚を秤へ乗せる。
帳付男が南式の細い縄尺を出して、「長さで言えば二束分だ」と言った。
でも白霧港は重さと太さを揃えている。長さだけで二つに割ると、中身が違う。
ヨナスさんが分銅をひとつ足して、針がきちんと中央へ戻るのを見せた。
「腹抜きして干しを揃えた魚は、長さだけじゃ測れんよ」
「中央では測る」
「中央はこの魚を干したのかい」
そのひと言で、周りにいた人たちの肩が少しだけ揺れた。
笑うほどではない。でも、どちらが現物を知っているかは伝わる。
「この魚は腹を抜いて干し具合を合わせています」
わたしは木枠を示した。
「南式の細束へ割るなら、乾き具合も脂も別になります」
「それでも中央では二束扱いだ」
「なら、税札へそう書いてください」
わたしは昨日の紙と今日の紙を並べた。
「昨日は中央帳付単位。今日は南式二束。中央と南式が同じだと書いていません」
ニコが、横から紙を覗き込む。
「一日で一束の意味、変わってる」
「そうです」
「それ、ずるいな」
子どもの言い方だけれど、ほとんど本質だった。
税吏は苛立ったように机を叩く。
「細部で止めるな。税は概算で足りる」
「概算でいいなら、どうして物納品だけきっちり指定しているんですか」
わたしが問うと、帳付男の目が少し細くなる。
帳付男はそこで、見本棚の燻製魚へ手を伸ばしかけた。
でも、その前へカイル様の腕が静かに入る。
「査定前の品に触るな」
「見本だろう」
「だからこそだ。ここで持ち上げた瞬間に『押さえた』と言い出す手もある」
帳付男の指先が止まる。
それだけで充分だった。
今の相手は、数え方だけじゃなく、触った順番まで利用してきそうだと皆に分かる。
狙いは銀貨じゃない。
白霧港の売り筋を、数字の上から少しずつ削ることだ。
「保存油の欠損見込み一割加算も変です」
わたしは続ける。
「どこで欠損する想定ですか。白霧港では小瓶で出して、その日のうちに渡しています」
「南道の揺れだ」
「ここは白霧港の査定です」
カイル様がそこで口を開く。
「揺れを理由に取るなら、道と荷車の指定も書け」
「そこまで要るか」
「品だけ抜きたいなら要らんだろうな」
広場の端で、小さく笑う声が上がった。
馬鹿にした笑いではない。昨日から皆が感じていた違和感に、ようやく言葉がついた時の笑いだ。
ニナはその横で、薬草札の前へ新しい線を一本引いた。
『再査定中も診療所優先』
「そこまで書くのか」
税吏が言う。
「後から消されたくないので」
ニナが即答する。
「こっちも細かいんです」
税吏は不快そうに咳払いをしたあと、新しい紙を一枚だけ残した。
『再査定予定』
その下には、今度は別の単位が書いてある。
燻製魚一束は南式二束半。保存油は欠損一割から二割へ増えていた。
「また増えましたね」
わたしが言うと、税吏は答えなかった。
帳付男だけが、薄く笑う。
「細かい港は後で困りますよ」
「曖昧なほうが、先に困ります」
彼らが去ったあと、広場には紙が二枚残った。
一日で違う単位。違う率。違う取り方。
税の顔をしているけれど、やっていることは徴税じゃない。
港の条件をぐずぐずにするための帳面だ。
見本棚の前では、さっきまで黙っていた台所番たちが小声で話しはじめていた。
昨日と違う束で今日の品を取られたら、明日の鍋が薄くなる。
誰もそこまでちゃんと口にしないけれど、顔を見れば分かる。
わたしは二枚目の紙も照合帳へ挟み込み、表紙の内側へひとこと書き足した。
『一日で変わる税は、税ではなく獲り方』
見本棚の札はまだまっすぐ立っている。
なら、まだ守れる。




