023 荷馬車の列をほどく庭
先触れの荷車が着く朝、桟橋脇の空き地はもう薪置き場ではなくなっていた。
地面へ杭を打ち、縄で四角を切る。
入口側に『待機』、中央に『確認』、奥に『積み替え』、その横へ『乾かし』。
木札を刺し終えた時点で、そこはただの空き地ではなくなる。
『積み替え庭』
「庭って、きれいなもんでもないけどな」
ヨナスさんが縄を引きながら笑う。
「荒れた荷は、荒れた名前の場所へ集まりやすいので」
「なるほどねえ」
実際、呼び名は大事だ。
捌く場所なのか、放り込む場所なのかで、人の手つきは変わる。
ニコには、色の違う紐を持たせた。
赤はすぐ降ろす荷。青は診療所確認。白は見本棚へ回す荷。黄は一晩寝かせる荷。
札より先に、今日は遠くからでも分かる印が欲しい。
「走る前に呼ばれたら止まる。勝手に色を増やさない」
「分かってる」
「分かってない顔です」
「ちょっとだけ分かってる」
その返事とほとんど同時に、広場の見張り鐘が一度鳴った。
荷車だ。
先に来たのは、南からの様子見ではなかった。
北森集落の二台立ての荷車で、薪束と獣皮、それから春先に採れた細い根菜を積んでいる。
その後ろには、崖向こうから来た橇と、港内の手押し車まで続いた。
「もう列になってる」
ニナが呆れたように言う。
「なので庭が要るんです」
最初の荷車を待機へ入れ、標準束と見本札を照らし合わせる。
根菜は白札、獣皮は見本確認後。薪はそのまま旧塩倉脇へ。
ニコが紐を結んで走り、ヨナスさんが秤へ案内し、わたしは帳面へ数を書き込む。
たったそれだけなのに、荷車は想像よりすんなり前へ進んだ。
「止まらないな」
荷車の男が感心したように言う。
「止まる場所を先に決めていますから」
「いつもは港へ着いた時点で、どこに叫べばいいか分からん」
その「どこに叫べばいいか分からない」が、一番現場を散らす。
叫ばなくても進むようにしたいだけだ。
昼前、南道から本命の先触れ荷車が現れた。
馬は一頭、荷は軽い。布反と粗塩、それに細い鉄具をいくつか。
乗っていたのは髭の薄い中年男で、荷見板と見本棚を見るなり、口笛を吹いた。
「聞いてたよりずっと整ってるな」
「どんなふうに聞いていましたか」
「冬病みで、荷を持ち込んでも寝かせる場所も値の基準もない港だと」
胸の奥で、何かが小さく引っかかった。
でも今はその引っかかりを追わない。
目の前の荷を止めないほうが先だ。
「今はあります」
わたしは積み替え庭を示した。
「確認はここ、見本合わせはあちら。濡れた布なら乾かし場を使えます」
「助かる。昨日まで別の港で半日足止めされた」
男の荷車には、粗塩、灯芯、釘、鍋把手。
荷見板へ書いたものが、きちんと入っている。
わたしは見本棚の札と照らし合わせ、受け入れる量を書きつけた。
布反は崖向こうへ回したい分がある。釘は港内優先。灯芯は診療所と各集落へ小分けが効く。
「この荷、全部ここで捌けるのか」
男が半信半疑で訊く。
「捌き切れない分は一晩寝かせます。そのための黄紐です」
わたしが言った途端、ニコがちょうど黄紐をひとつ結んで見せた。
得意げで少し腹立たしいくらい、分かりやすい。
午後には、積み替え庭の動きが町の人にも見えはじめた。
荷車が入って、待機し、確認され、必要な先へ流れる。
台所番は乾果と塩を引き替え、診療所は灯芯と喉葉の交換を決め、バルトさんは鍋把手を見つけて「これで燻製小屋の割れ鍋が減る」と珍しく声を弾ませた。
「リーゼさん、これ楽しいな」
ニコが駆け戻ってくる。
「遊びではありません」
「でも、列がほどけてくの見える」
その言い方は、少しだけ正しかった。
列がほどける。滞りが前へ流れる。
倉庫仕事の快感は、たぶんそこにある。
夕方、最後の荷車が積み替え庭を出る頃には、広場の見本棚の札がいくつか裏返っていた。
受け入れ上限に達した印だ。
代わりに、荷見板の『港から出せるもの』には新しく線が増えている。
『北森向け 保存油 小瓶六』
『崖向こう向け 針と灯芯 明朝渡し』
白霧港の中だけで回っていた帳面が、港の外の行き先を持ち始める。
それは思った以上に、町の顔つきを変えた。
片づけの終わり際、カイル様が積み替え庭の縄を見渡して言った。
「冬の配分場が、そのまま春の交易場になったな」
「同じです。詰まるものを、詰まらせないだけなので」
「言い方は地味だが、効き目は派手だ」
その評価は少しだけ嬉しい。
けれど、昼に聞いた「聞いていたより整っている」という言葉がまだ残っていた。
白霧港の今を古いままで広めている誰かがいる。
しかも、外から来る人がそれを当然のように受け取る程度には。
日暮れ前、南道の先触れ男が帰り際に、ぽつりと言った。
「明日か明後日には、別口の買い付けも来るだろうさ。通行印つきの、もっと偉そうなのが」
偉そうな荷は、たいてい面倒だ。
わたしは積み替え庭の札を見上げながら、その面倒が物だけではなく帳面の側から来る予感を、うっすらと覚えていた。




