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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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022 見本棚に並ぶ港の値

 三日以内、と書いた次の日には、広場の空気が昨日より半歩だけせわしなかった。


 人は、荷が来ると分かると急に「見られる側」の顔になる。

 共同炊事場の鍋蓋はいつもより磨かれ、燻製小屋の前には割れた木箱が積まれ、台所番の女たちは「どれを出すの」「どこまで出すの」と同じことを何度も聞きに来た。


「だから、見本を出します」

 わたしはそう言って、広場の荷見板の隣へもう一つ、腰の高さの棚を据えた。


 上段に燻製魚。

 中段に干し魚と乾果。

 下段に薄粥用の粉と、小瓶へ分けた保存油。

 端には薬草をひと束ずつ、布で包んで並べる。


『見本棚』


 棚の前で、バルトさんが腕を組んだ。

「売り物を外へ出して大丈夫か?」

「全部見本です。本体は出しません」

「見本ってだけで値が決まるもんかね」

「決まるように、値札も出します」


 わたしは小さな木札を一本ずつ品の前へ立てた。


『燻製魚 一束 粗塩二袋ぶん』

『干し魚 一包み 灯芯五本ぶん』

『乾果 一袋 針三本ぶん』

『保存油 小瓶一本 釘十本ぶん』


 銀貨ではなく、まずは必要な物との引き替え目安で書く。

 北辺では、そのほうが話が早い。

 もちろん本当に銀貨で払いたい相手がいれば換算すればいいけれど、最初の話し合いが「それは何と同じ重さか」で止まらないようにしたい。


「分かりやすい」

 ニコが札を覗き込む。

「でも、針三本って安いのか高いのか分かんない」

「それを揃えるための棚です」

 わたしは別の札を取り出した。


『白霧港の標準束』


 干し魚一包み、乾果一袋、薬草一束。

 どれも木枠と紐で量を揃え、同じ形へ整えてある。

 前世でいう規格品だ。言葉より先に、形が揃っているほうが信用になる。


 ニナが薬草の前へしゃがみ込み、札を追加した。


『熱さまし草 診療所優先後 三日ぶんまで』

『喉葉 煎じ用 乾燥済み』


「薬草だけ曖昧にすると、絶対あとで揉めるから」

「ありがとうございます」

「礼は、診療所の在庫が減りすぎなかったらね」


 午前のうちに、北森側から薪と獣皮を載せた小さな荷車が来た。

 先触れより早いが、近場の人たちはもう荷見板を見に動き出しているらしい。

 荷車を降りた壮年の男が、見本棚の前で素直に感心したような声を上げた。


「値が先に見えるのは助かるな」

「欲しい物がはっきりしてると、こっちも積みやすいので」

「いつもは着いてから『それは今いらん』で半分戻る」


 それはお互い損だ。

 行き場のない荷が増えると、人は値切りか投げ売りで片づけようとする。

 安く出して疲れるより、先に欲しい物を合わせたい。


「この乾果、布でもいいのか?」

 男が訊く。

「量によります。布なら幅も見たいので、見本を一本持ってきてもらえると」

「じゃあ次は嫁に選ばせて持ってくる」


 会話の途中で、カイル様が広場へ出てきた。

 見本棚と荷見板を一度ずつ見て、男に向き直る。


「白霧港はこの札を基準に受ける。量が違うなら先に言え」

「分かった。こっちも無理はさせん」


 短いけれど、そのひと言で場が締まる。

 値札はあっても、最後に町の約束として立つ声は必要だ。


 昼になる頃には、見本棚の前へ人が入れ替わり立ち替わり集まっていた。

 台所番は乾果の札を見ながら「次は林檎が取れたらもっと出せる」と話し、バルトさんは燻製魚の札を無言で持ち上げて重さを確かめる。

 ヨナスさんは古い秤を引っ張り出し、標準束の重さを測り直しはじめた。


「古い秤でも役に立つもんだ」

「役に立つよう、印をつけ直します」

「また札かい」

「また札です」


 午後、南道の見張りから二通目の紙片が届いた。

 先触れの荷車は明日の昼には着く見込みで、荷は軽い布と塩、それから南の事情を知る者が乗っているらしい。

 噂だけでなく、実物が来る。

 そう思った途端、見本棚の札の字が急に重く見えた。


 ここに並べた値は、白霧港が自分で決めた最初の条件だ。

 飢えていた時なら、きっと半分でも売っていた。

 でも今は違う。鍋も診療所も往診箱も、安売りの先で止まるような作り方はしていない。


 夕方、見本棚の前で最後まで残っていたのはニコだった。

 札を順番に読み上げ、最後にわたしを見る。


「これ、港の顔ってやつか」

「たぶん」

「じゃあ、字が曲がってる札は直したほうがいい」


 見れば、乾果の札が少しだけ斜めだった。

 そんな小さなこと、と思う。

 でも小さいことほど、見られる場では残る。


「直します」

「うん。そのほうが強そう」


 札を差し直して一歩下がると、見本棚は昨日より少しだけ港らしく見えた。

 品物が並んでいるからではない。

 ここで何をどう交換するかを、白霧港が自分の言葉で言えるようになったからだ。


 明日は、実際に荷が来る。

 値札は飾りではなく、仕事になる。

 わたしは見本棚へ布をかけながら、明日の積み替え順を頭の中で組み直していた。

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