表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/40

021 春待ちの荷見板

 往診箱の戻り札が少しずつ机の端へ積もり、診療所のまとめ板の数字が山を越えはじめた頃、白霧港の空気はようやく息をつける薄さになっていた。


 でも、だからこそ次に詰まる場所が見える。


 朝の広場で、わたしは大きめの板を壁へ立てかけた。

 昨日、診療所に書いた『春の受け入れ』を、そのまま町の板へ引っ張り出した形だ。


『春待ちの荷見板』


 上から順に四つ。


『港へ入れたいもの』

『港から出せるもの』

『急ぎのもの』

『寝かせる場所』


「荷見板?」

 ニコが背伸びしながら文字を読む。

「春になったら荷が増えます。人も来ます。増えてから決めたら遅いので、先に見えるようにします」

「まだ来てないのに?」

「来る前だからです」


 白霧港は冬のあいだ、足りない物を埋めることで回ってきた。

 けれど春は逆だ。止まっていたものが、いっせいに動き出す。

 薬草を欲しい集落。塩や釘を持ってくる行商。道路の様子を見に来る兵。南から様子見で寄る商隊。

 その全部が同じ場所へ流れ込んだら、冬を越えた港は今度こそ人の多さで詰まる。


「受けたいものは、布、灯油、釘、車輪の鉄輪、粗塩」

 わたしは炭筆で書き込んでいく。

「出せるものは?」

 背後からカイル様の声がした。


 振り向くと、雪解けの泥がついた長靴のまま、彼が板を見上げている。

 朝の見回り帰りらしい。


「燻製魚、干し魚、薄粥用の粉、乾果、熱さまし草の束。薬草は出しすぎないよう量も書きます」

「数も出すか」

「はい。出せるように見えて、実際は出せない物がいちばん信用を削ります」


 わたしは『熱さまし草 三日ぶんまで』『喉葉 二日ぶんまで』と小さく追記した。

 出せると書くことは、断る線を先に引くことでもある。

 前世でも、在庫表は約束の紙だった。


 ヨナスさんが板の端へ寄ってきて、鼻を鳴らす。

「寝かせる場所まで書くのかい」

「港の外から来る人にとっては、どこへ荷を置けるかも同じくらい大事です」

「確かに、春一番の頃は皆あわてて同じ倉へ突っ込むからな」


 そこでわたしは四段目へ、さらに場所名を並べた。


『魚と加工前 大倉北棚』

『薬草 診療所裏棚』

『乾物 旧塩倉』

『濡れた荷 積み替え庭予定地』


「予定地?」

 カイル様がそこだけ拾う。

「今から作ります。倉へ入れる前に荷をほどく場所が要ります」

「お前、もう場所まで決めているのか」

「昨夜、詰まりそうな場所を思い出していました」


 桟橋脇の空き地だ。

 冬のあいだは薪置きにしていたが、春は人と荷を一度受け止める庭にしたい。

 すぐ倉へ入れない荷、値をつける前の荷、濡れて乾かしたい荷。

 そういう半端なものの置き場がないと、現場は一瞬で荒れる。


 午前のうちに、崖向こうの小集落から人が来た。

 診療所へ戻り札を持ってきた少年の母親だ。布袋の中には、春先の根菜と乾いた薬草、それから小さな木片が入っている。


「これ、向こうの皆で相談して書いたんだよ」

 木片には、ぎこちない字で欲しいものが並んでいた。


『粗塩』『針』『鍋の把手』『灯芯』


「ちょうど欲しいものばかりです」

 わたしが言うと、女はほっとした顔をした。

「そっちも出せるもんが分かれば、南から来た行商に頼みやすいからね」


 その一言で、板の意味がもうひとつ増えた。

 白霧港が欲しい物を知ってもらうだけじゃない。

 外の集落が、自分たちの交渉にもこの板を使える。

 それなら、ここは港の掲示板であり、北辺じゅうの注文票にもなる。


 昼からは広場の板の前に人が溜まりはじめた。

 台所番の女たちが、乾果はどこまで出してよいかを覗き込み、バルトさんは燻製魚の出す量を指で数える。

 ニナは板の端へ『薬草交換 応相談』と細く書き足した。


「それ、便利ですね」

「候補って言ってたら誰も声かけないからね。少し前へ出しとく」

「押しが強い」

「春はそういう季節でしょ」


 その通りかもしれない。


 夕方、詰所へ戻ると、見張りの兵が南道からの知らせを持ってきた。

 雪崩で閉じていた細道のひとつが、半日だけ通れたらしい。

 その間に、南から軽い荷車が一台こちらへ向かったとある。


「様子見の先触れだな」

 カイル様が紙片を読みながら言う。

「三日以内に着くそうです」

「三日で、迎える港を形にする」


 無茶な期限に聞こえる。

 でも、嫌ではなかった。

 締切があると、準備は仕事になる。


「やります」

 わたしが答えると、カイル様は短く頷いた。

「なら、明日から広場の板を基準に動く。町の連中にもそう伝える」


 白霧港は、もう助けを待つだけの港ではない。

 何を受け、何を返し、どこへ置き、どこまで約束するか。

 その形を先に示せる港だ。


 日が落ちる前、広場の荷見板へもう一行だけ書き足した。


『先触れ荷車 三日以内』


 文字にした瞬間、春は季節ではなく、到着予定になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ