024 帳面にない通行印
偉そうな荷は、本当に翌朝やって来た。
南道から現れたのは、荷車というより買い付け用の箱車だった。
車体は泥で汚れているのに、幌だけ妙に新しい。馬具も南式で、白霧港ではあまり見ない金具が光っている。
御者台に座っていた痩せた男は、門前で止まるなり、こちらを一度も見ずに紙束だけを差し出した。
「南回りの買い付け役だ。通行印も納付印もある」
言い方からして、紙があれば全部通ると思っている声だった。
わたしは積み替え庭の確認机へ紙を広げる。
路線印。納付印。購入予定品目。
一見すると整っている。
「見せて」
カイル様が隣へ立つ。
「はい」
まず変だったのは、購入予定品目だった。
『燻製魚 二十束』
『乾果 二十袋』
『熱さまし草 十束』
数だけ見れば大きくはない。
けれど単位が、白霧港で昨日から揃えた標準束と違っていた。
南式の細束だ。一本あたりの量が少ない。
つまりこの紙どおりだと、二十束買ったことになっても、こちらの感覚では十数束分しかない。
「この単位では受けません」
わたしが言うと、男はようやくわたしを見た。
「中央側の買い付け帳面はこの束だ」
「ここは白霧港です。昨日から標準束を出しています」
「辺境の勝手な札を、いちいち追えるか」
辺境の勝手。
その言い方だけで、だいぶ分かることがある。
「では、通行印の路線を確認します」
わたしは紙の端を指で押さえた。
「この印、南第二道のものになっています。でも一昨日まで第二道は半分埋まっていました」
男の眉がぴくりと動く。
「昨日、開いた」
「見張りの報告では、開いたのは支道です。第二道は荷車を通すにはまだ狭い」
紙の上の印は本物に見える。でも経路が合わない。
たぶん印そのものではなく、使い方がずれている。
前世でもよくあった。書類自体は正しいのに、現場の実情と組み合わせると通らないやつだ。
「それに、薬草十束も受けられません」
ニナが横から口を挟んだ。
「診療所優先後で三日ぶんまでって、見本棚に出してる」
「そんなもん、買い付けの都合とは関係ない」
「あります。ここで人を寝込ませたら、次の荷も回せなくなるから」
男は露骨に舌打ちした。
その仕草を見た瞬間、昨日まで荷見板と見本棚を一緒に見ていた人たちの顔が浮かぶ。
欲しい物と出せる物を合わせるために来る人の顔ではない。
最初から、安く多く抜くつもりで来た顔だ。
「なら割引をつけろ」
男は購入予定品目の下を指で叩いた。
「冬病み上がりの港には、南側で減損率を見てやる。二割落としで引き取る」
減損率。
聞き慣れたようでいて、ここでは帳面に載っていない言葉だった。
「その規定は、どこにありますか」
「中央買い付けの慣例だ」
「この紙には書かれていません」
「書かなくても通る」
「通しません」
自分でも、思ったよりはっきりした声が出た。
積み替え庭の空気が、そこで一度止まる。
男が笑った。馬鹿にした笑い方だった。
「嬢ちゃん、商いを知らんな」
「知っています」
わたしは購入帳面を裏返し、荷見板の写しを横へ置いた。
「白霧港は、出せる量と条件を先に出しています。昨日、その条件で受けた荷があります。そこへ帳面にない割引をあとから差し込むなら、次から誰も値札を信じません」
それは港を削るだけじゃない。
仕組みそのものを壊す。
隣でカイル様が一歩前へ出た。
「この港の荷は、この港の条件で受ける。納得できないなら空で帰れ」
短く、低い声だった。
男は一瞬だけ言い返しかけたが、積み替え庭の周りに集まっていた人たちの目を見て、口をつぐんだ。
台所番も、ヨナスさんも、ニコも、皆止まってこちらを見ている。
ここで通せば、自分たちが昨日から揃えた値札が笑いものになると、たぶんもう分かっている。
「覚えておけ」
男は紙束を乱暴にまとめた。
「南の荷は、そう何度も寄り道せん」
「それは、こちらが決めることではありません」
わたしが答えると、男は鼻で笑い、箱車を返して去った。
けれど、一枚だけ紙が確認机に残っていた。
納付印の控えだ。
急いでしまったのか、わざとなのかは分からない。
ただ、その紙には妙な番号が振られていた。
「二十七」
わたしは小さく読む。
「何かあるか」
カイル様が覗き込む。
「昨日の先触れ男が見せた南道の控えは二十四でした。今日の買い付け役が二十七」
「二十五と二十六が抜けてる」
紙の端には、別の港の略号らしきものが二つ走り書きされていた。
白霧港の記号ではない。
「素通りさせるつもりの荷が、最初から他にもあった」
わたしが言うと、カイル様の目が少しだけ細くなる。
「しかも、白霧港は値を叩けばいいと前提にしている」
積み替え庭の端で、ニコがぼそりと呟いた。
「帳面にないこと、いっぱい乗ってるな」
本当にそうだ。
今日来た箱車は荷を持ってきたのではなく、古いやり方を持ち込んできた。
飢えた辺境なら、曖昧なままでも安く吐くだろうと決めつけるやり方。
夕方、わたしはその控え紙を詰所へ持ち帰り、新しい帳面を一冊開いた。
『春交易 不一致』
題をそう書くと、妙にしっくりきた。
荷そのものより、流れのほうが先に歪められている。
なら次は、その歪み方を数えないといけない。
けれど同時に、明日は最初のまとまった商隊が来る日でもある。
歪みを見つけたからといって、港を止めるわけにはいかない。
白霧港は、もう動き始めている。
だからこそ、止めようとする手が出てきたのだ。
わたしは控え紙を帳面へ挟み込みながら、明日の受け入れ順をもう一度、最初から書き直した。




