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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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18/40

018 凍土薬草の採り時

 北崖へ向かった朝の空は、白いのに妙に明るかった。

 雪が深く降る気配ではなく、半日だけ凍りついた地表が緩む日の光だと、ニナが教えてくれる。


「熱さまし草は、こういう朝しか根元を折らないの」

 歩きながら彼女は言った。

「寒すぎると固まる。緩みすぎると水を吸って効きが落ちる」

「在庫にも採取にも、締切がありますね」

「リーゼさん、たぶんそういう言い方すると何でも倉庫仕事になるよ」


 半分その通りかもしれない。


 先頭を行くのはカイル様、その後ろにわたしとニナ、最後に籠を背負ったニコ。

 ヨナスさんは港側で乾燥棚の準備をしてくれている。

 採って終わりではない。戻したあと、どこへどう並べるかまで今日の仕事だ。


 崖道を抜けた先の斜面には、雪の間から鈍い青緑が覗いていた。

 熱さまし草だ。

 花でも葉でもない、地面へ貼りつくような細い束。それが霜の縁に沿って群れている。


「本当に少ししか顔を出さないんですね」

「見落としやすいけど、だから雪の風をまともに食わないの」

 ニナはしゃがみ込み、葉先を指で撫でた。

「今。これが採り時」


 わたしたちは一斉に籠を下ろした。

 根を残して束の半分だけ摘む。泥を落としすぎない。日の当たりすぎる石には置かない。

 指示は細かい。でも細かいほうがいい。薬は雑に扱うと、あとで人の体に返ってくる。


 途中、一歩踏み出した雪面が音もなく沈み、思わず身体が傾いた。

 ひやりとした次の瞬間、腕を掴まれる。


「足元を見ろ」

 カイル様の声が近い。

「すみません」

「謝るより先に、どこが崩れたか覚えろ。帰りにも通る」


 もっともだ。

 助けられた恥ずかしさより先に、危ない場所を記憶へ入れる。

 現場では、そのほうが次に効く。


 わたしは摘んだ束を、持ってきた薄箱へ並べながら保存魔法をかけた。

 完全に止めるのではなく、今の湿り気と冷たさを少しだけ保つ。

 魚の時とは違う。薬草は冷たすぎても駄目だし、乾きすぎても香りが抜ける。

 対象の状態をよく見る必要があるぶん、気を遣った。


「顔が怖い」

 ニコが小声で言った。

「集中しています」

「魚の時より怖い」

「薬ですから」

「なるほど」


 なるほど、で納得するのか。


 斜面を移りながら、今度は喉葉を摘む。

 こちらは日陰の岩陰にだけ生えていて、葉脈が白く浮いているものが当たりだとニナは言う。

 わたし一人では絶対に見分けられない。

 現場の知識は、やっぱり現場の人がいちばん強い。


 ニコは最初こそ勢いよく摘み始めたものの、二束目でニナに止められた。


「それ、若すぎる」

「同じ葉に見える」

「白い筋が足りないでしょ」


 しゅんとした顔で籠へ戻すのを見て、少しだけ安心する。

 覚えるべき失敗は、今のうちに現場でやっておいたほうがいい。

 札係も配達係も、いずれは中身の違いを分かる側に育ってほしい。


「リーゼ」

 少し離れた場所から、カイル様が呼んだ。

 振り向くと、彼は雪を払った石窪を見下ろしている。

「こっちにも生えている」


 近寄ってみると、窪地の奥に、赤茶けた根が群れていた。

 熱のあとの冷え戻りに効く根だとニナが声を上げる。


「よく見つけましたね」

「兵の見張り道だ。昔、冬に薬草を摘みに来る者がいると聞いたことがある」

「それを覚えていたんですか」

「使わなくても、道は覚える」


 短い言い方なのに、少しだけ胸に残る。

 この人はいつもそうだ。必要なものを黙って覚えていて、要る時にだけ出してくる。


 昼を過ぎる頃には、籠がだいぶ埋まっていた。

 でもニナは満足していない顔をする。


「量は取れた。でもここからが勝負」

「乾燥棚ですね」

「うん。熱さまし草は風を当てすぎると駄目。喉葉は逆」


 港へ戻るなり、わたしたちは大倉脇の空き棚へ薬草用の段を組んだ。

 ヨナスさんが用意してくれていた細い網棚に、束を種類ごとに並べていく。

 青札もすぐに刺した。


『熱さまし草 採取日 本日』

『喉葉 乾燥一日』

『冷え戻りの根 刻み前』


 そこへさらに、薄い木片で風向きの印をつける。

 熱さまし草は棚の内側。喉葉は通り風の近く。根は布を敷いて土気を逃がす。

 並べるだけでは足りない。どこへ置くかで、明日の効きが変わる。


「魚の隣に薬草が並ぶ日が来るとはねえ」

 ヨナスさんが感心したように言う。

「並ぶ場所は離しました」

「そこは抜かりないな」


 抜かりない、のではなく、混ざったら困るだけだ。

 でも、その困るを先に潰していくのが仕事でもある。


 夜、診療所へ最初の束を届けると、ニナが箱を開けた瞬間に目を見開いた。


「香りが落ちてない」

「箱の中の冷たさを少しだけ留めました」

「これなら明日の煎じ薬が違う」


 その言葉で、ようやく肩の力が抜けた。

 採れた。運べた。効き目も守れた。

 保存魔法は、たしかに薬にも届く。


 そして届くなら、次は運べる。

 診療所の棚に戻った青札を見ながら、わたしはその先の箱の形を考え始めていた。

 港の中で使うだけでは足りない。

 崖向こうへ、春を少し運ぶ箱がいる。

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