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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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17/40

017 診療所の青札

 次の日の朝、診療所の棚は、いつもの薬草の匂いに炭筆の匂いが混じっていた。


 わたしは入口近くの長机へ、青札を並べていく。

 熱。喉。咳。傷。衰弱。

 その横に、小さな木板を立てた。


『朝のぶん』

『昼のぶん』

『持ち帰り』

『外集落』


「薬草屋じゃなくて、完全に倉庫になってきたね」

 ニナが苦笑する。

「診療所です」

「言い直す気はないんだ」


 でも彼女の目は、少しだけ楽そうだった。

 昨日のうちに青札をつけてみたおかげで、何が足りないかはもう見えている。

 熱さまし草が最優先。喉葉は次。傷薬用の樹脂はまだ持つ。

 そして、意外に減りが早いのが衰弱向けの乾果と柔らか粥の組み合わせだった。


「病気そのものだけじゃなくて、熱が出たあとの食べ直しが足りない」

 ニナが帳面を指で叩く。

「熱が下がっても、そこで戻せないとまた崩れる」

「青札は薬草だけじゃなく、療養食にもつけましょう」

「それ、助かる」


 診療所の奥では、年配の先生が咳をした患者の背をさすっている。

 ここまで回してきたのは、ずっと人の勘と経験だ。

 それを否定したいわけじゃない。ただ、勘が効く人が疲れても回る形にしたい。


 午前のうちに、その必要性はすぐ証明された。

 診る側の帳面では「熱 二人 持ち帰り一」と書かれているのに、渡す側の帳面には「熱 一人 持ち帰り二」になっていたのだ。


「あれ」

 ニナが二冊の帳面を並べて眉をひそめる。

「片方、祖母と孫をまとめて一件で書いた?」

「あ、たぶん先生のほうです」


 結局、どちらも間違いではなかった。

 でも、この違いをそのままにすると、次に必要な量が半端にずれていく。

 その場で言い合わせて直せたことで、診療所の空気が少しだけ軽くなった。


 昼前、ニコが両腕いっぱいに木札を抱えて現れた。


「リーゼさん、青札はここ?」

「診療所の棚は左。持ち帰り用の箱は右です」

「外集落は?」

「一番奥。勝手に動かさない」

「重要そうだから分かった」


 重要そう、というのはわりと大事だ。

 人は重要そうな場所を、少し丁寧に扱う。


 わたしは壁へもう一枚、薄い板を掛けた。


『診療帳』


 日付、症状、渡したもの、戻りの予定。

 それだけの表だ。

 でも、これがないと「渡したはず」が積もっていく。前世でも、そういう曖昧さが一番現場を腐らせた。


「診療所にも帳面を二冊置きます」

 わたしが言うと、ニナは眉を上げた。

「二冊?」

「ひとつは診る側。もうひとつは渡す側です。違ったら、その日のうちに分かります」

「うわ、厳しい」

「優しい仕組みです。あとから喧嘩しなくて済みます」


 ニナは少し考えてから、笑った。

「それは確かに優しい」


 さらに、その横へ小さな棚板を足した。

 診療所で今すぐ使うもの、夕方に持ち帰りで出るもの、外集落へ回すもの。

 同じ熱さまし草でも居場所を分けるだけで、探す手が減る。

 前世でいうなら、出荷前、保留、翌日便の三段棚だ。

 言葉にすると味気ないけれど、現場ではこういう差が体感の忙しさを変える。


 午後には、共同炊事場とも青札を繋いだ。

 緑札の中から、衰弱向けの柔らか粥にだけ青い印を重ねる。

 台所番の女たちは最初きょとんとしていたが、意味が分かるとすぐ頷いた。


「この青いのは、診療所の人から先?」

「はい。あと、崖向こうへ持っていくぶんは必ず別鍋で」

「分かった。薄味の鍋ね」


 その横で、別の女が鍋蓋を押さえたまま言う。

「じゃあ干し果を少し戻して添える日は、先に青札を聞きに来たほうがいい?」

「お願いします。熱のあとに食べられる人が増えます」

「そういうことなら、火加減も変えるよ」


 台所が診療所の事情を聞く。

 ほんの数日前までなかった流れだ。

 町の中で、鍋と薬がようやく同じ冬を見始めている。


 やっぱり、名前がつくと強い。

 療養食、持ち帰り、外集落。

 言葉になると、役割が人の中へ落ちる。


 夕方、診療帳の最初の頁が埋まった。


『熱 五』

『喉 七』

『衰弱 四』


 数字として見ると、胸が少し冷える。

 多い。

 でも昨日よりましだ。多いことが、はっきり見えている。


 そして、その数字の横へ、ニナは小さく印をつけた。

 煎じ薬で下がった熱。粥まで食べられた熱。まだ戻りが必要な熱。

 そこまで書き分けると、ただ患者が多いのではなく、どこで踏みとどまれているかが見えてくる。

 見えると、明日の鍋も明日の採取も、少しだけ無駄なく決められる。


 詰所へ戻る途中、カイル様が診療所の板を見上げていた。


「台所の次はここか」

「はい。今の白霧港で、いちばん詰まりやすい場所です」

「外集落まで見ているのも、お前らしい」

「港の中だけ助かっても、結局ここへ戻ってきますから」


 北辺の人は、ひとつの場所だけで冬を越えるわけじゃない。

 漁村も、崖向こうの小集落も、森側の集落も、少しずつ物を持ち寄って冬を薄くしている。

 なら支える側も、そこまで見ていないと片手落ちだ。


「明日、北崖へ行きます」

 わたしが言うと、カイル様はすぐ頷いた。

「護衛を出す」

「大げさでは?」

「崖道は雪が緩む。薬草摘みで落ちたら話にならん」


 その通りなので、反論は飲み込んだ。


 診療所の戸が閉まる頃、青札の束はもう半分近く減っていた。

 それでも今日は、昨日より焦っていない。

 足りないことが分かったからだ。

 分かったなら、次にやることも決まる。


 北崖に残っている冬の薬草を、今のうちに拾い切る。

 そして効き目が落ちる前に、診療所の棚へ戻す。

 わたしは青札の残り枚数を数えながら、明日の採り時を頭の中で繰り返した。

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