意外な来客
意外な来客
ナギサがいつものように[トレハンツ獣王国]の門前で荷を下ろしていると、門番の熊獣人モンドールが話しかけてきた。
「またエドワルド・グレンドレース伯爵が[烏衣の魔女]様と会うために、弟君と数日前までいらしていましたよ」
「・・・うん。タイミングが合えばね」
今までも何度かそんな話は聞いていたが、ナギサの訪いは不定期だ。「次はいつ来るのか」と聞かれるその度、同じセリフで明確な答えをはぐらかしていた。
すっかり馴染みになった熊獣人のモンドールは、そんなナギサに眉を下げて言い縋る。
「今回はいよいよ[森]に入ってしまう勢いでした」
「《魔領域》は危ないと、大人はちゃんと諭さないと」
「ですが、彼らはすでにその実力を持った正しく伯爵であられます。私どもの“小言”など、いつまで聞いてくださるのか」
苦笑いで返される言葉に、少しだけ誇らしい気持ちと、やっぱり心配。ダメ。絶対。と言う気持ちが入り混じり、いつものように曖昧な笑みを返してしまう。
「《魔領域》の魔獣は、私の力でどうこうできるモノでもありませんので」
「それは重々。だからこそこうやって貴方様を待っていたのだと、心にお留めください」
「・・・いつもすみません」
ナギサの煮え切らない返事に、小さくため息をついて熊獣人は門に戻って行った。
熊獣人モンドールは、そのフォルムに似合わぬ丁寧な対応で、こうやって辛抱強くエドとの再会を説得してくる。
エドとアルはきっと私を心配して気にかけてくれているのだろう。でもそれに甘えるわけにはいかない。せっかく群れに戻った彼らを邪魔したくない。
ナギサは、せめて[道]を来る小さな子供は襲わないようにあの犬型の魔獣に話してみよう。と、早々に[魔女の家]に戻った。
〈威圧〉を放ちながら自分が作った石畳の道を歩けば、その大小に関わらず、一切の獣が姿を現すことはない。
残念なことに、ナギサにはすでにこの森の脅威が感じられなくなっている。
[獣王国]の街道から外れ、[クワイエット・フォレスト]の[魔女の家]までの[道]は、『無数の犬型魔獣のテリトリーになっている』と狐獣人の商会員たちから聞いた。
しかしナギサの前に現れるのは、門前の常連巨大な白い犬型魔獣だけである。
道から外れ、今晩の分の[フォレストブル]を狩る。
今日の夕飯のメニューは、薬味をたっぷり入れたステーキ丼にしよう。
「ねぇ『小さい子供は食べない』とかできない?」
夕方、いつものように門前で廃棄した可食部以外の残骸を貪り食う白い魔獣に話しかけた。
巨大な白い犬型魔獣は、聞いているのかいないのか、ボリボリと音をたてて骨ごと大量の残骸を貪っている。
「小さい子供なんか食べても腹の足しにはならないでしょ?」
血抜きを完璧に済ませているので、その真っ白い毛並みが赤く染まることはない。
巨大な白い犬型魔獣は、チラリとこちらを見ると、その髄をべろりと舐めすすりながら満足げに最後の骨を食べ切り、その口端をニヤリと引き上げると森の奥に去って行った。
「残飯処理は、素直にスライムを探したほうが良かったかしら」
この世界は魔物が暮らす《魔領域》と、ヒトが暮らす《聖領域》にはっきりと分かれている。
長い月日をかけて、お互いその領域を侵す時は命をかける不文律が成立している。
魔獣は魔力に満たされた森から出る必要がないが、ヒトは貪欲だ。待っていればエサが自ら自分のテリトリーに入ってくると学んだ魔獣は、正しくその不文律を守っているに過ぎない。今更“コチラ側”の願いなど聞く必要も義理もないのだ。クワイエット・フォレストの魔獣たちは賢い。
欺瞞は重々承知。だが野生動物に命令できるような立場にないし、したくないけど、エドとアルが森に入る懸念を無視できない。
「う〜ん・・・お腹いっぱいにしとけば襲わないかなぁ。でもアイツ森の中でも見かけないんだよなぁ。ここにいない時どこで何してんだろ?」
[石畳の道]に結界を張るか。でもそこで生活する生き物が横切れないのは不便だろう。
ナギサはどうしたものか。と悩みながら家の中に入った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日のお昼前、ナギサが裏庭でマイブームの薪割りに勤しんでいると、表側から甲高い遠吠えが響いた。
「えっ!!? 何事!?」
斧を手にしたまま門に駆けつけると、そこには懐かしいふたりの小さな影。
「ナギサ!!」
「早く中に入りなさいっ!!」
目を見開いたナギサが鋳物の門を引き開けると、その向こう側のいつもの場所に、巨大な白い犬型魔獣は行儀良く座っていた。
「このディアハウンドなら大丈夫!」
「森の入り口からここまで送ってくれた! 怒らないで!」
エドとアルが、見上げる白い犬型魔獣を必死にガシガシとモフりながら安心安全をアピールする。
ふたりに揉まれながらディアハウンドと呼ばれる犬型魔獣は、はまんざらでもない顔をしながら顎を上げてた。いや届かないから。
ナギサは握っていた斧を蔵って、大きく息を吐いた。
「オマエ・・・ありがとう」
ナギサが[収納]から[フォレストブル]の大腿骨を初めて手渡しすると、ディアハウンドは上手にそのバカでかいマズルでそっと受け取り、長い尻尾をブルンと一振りして森の奥に去って行った。
ナギサは、深呼吸して振り返ると、鬼の形相で叫ぶ。
「森に入っちゃダメって言われてるでしょ!!」
「でも、でも、いつまで待ってもナギサが[カカポート]を使わないから!」
「僕らは大丈夫なんだ。犬型の魔獣のテリトリーだってちゃんと調べたんだ」
「デモもストもないっ!!・・・どうゆうこと?」
簡単に言うと犬獣人は犬型の魔獣に襲われないのだそうな。あくまでコチラから何もしなければ。だが。
「だから、虎獣人のカイルは来れなくってっ」
「僕らが代わりにっ『獣王国にポーションを卸してくれてありがとうございます』って言いに来たんだ」
しょんぼりとするアルとエドに、ナギサはやっと肩の力を抜いて地面に跪いた。
「・・・連絡をしないでごめんなさい。エド、アル。でもどうして子供だけで来たの? 大人に行けって言われた?」
「「違うよっ!」」
ナギサの問いを、ふたりは同時に否定した。
「[石畳の道]では子供は襲われないってわかったんだ」
「でも、絶対じゃない。多分さっきのアイツの眷属だけ」
「『獣人は子供を利用しない』けど、他の国は違う」
「帰ってこない子供が居るんだ。だからすぐに来れなかった!『獣人は子供を利用しない』んだ! 本当だよ! 僕たちは来たくて、ナギサに会いたくて来たんだよ!!」
代わる代わるに必死に説明するふたりに、ナギサが眉を下げて「わかった。2人が来ることは誰か大人がちゃんと知ってる?」と確認すると、ふたりは大きく頷いた。
「ちゃんと言ってきた」
「門番のモンドールさんにも『魔女様に怒られるぞ』って言われた」
ニコニコしながら嬉しげに告げるふたりに、すっかり毒気が抜かれる。
「怒鳴ってごめんなさい。でもみんなに、どんなに『獣人は子供を利用しない』って言われても、私は信用できないの。カイルのことがあるでしょう?」
カイルの実の父親は、カイルを利用して何やら画策していたのを目の当たりにした。偶々そうゆう状況になったのだとしても、結果を見れば一概に「仕方ないですね」なんて言えない。
「理由があったんだ」
「どんな理由があっても、私はそんな大人は嫌なの」
エドがなんとか庇おうとするが、絶対に許せない。だから、この話を切り上げて話題を変える。
「カイルは元気? エドとアルは? 元気だった?」
「元気だよ!」
「すごく悔しがってた」
ナギサがカイルの様子を思い出し「フフッ」と笑うと、アルが飛びついてきた。
「どうして会いにきてくれなかったのっ!? 嫌いになったのっ!?」
「僕ら[カカポート]渡したけど、ナギサは使い方が分からないんだって気づいて」
「嫌いになんてなるわけないでしょ。ありがとう会いにきてくれて、とても、とても嬉しいよ」
俯くエドごと2人を抱きしめる。
ナギサが小さく「会えなくて寂しかったよ」と素直な気持ちを告げると、ふたりはしっかりと両手に力を込めて抱き返してくれる。
──暖かい。
「さぁ、お腹空いてない? 一緒にお昼を食べよう」
「「やったー!」」
ナギサはふたりを家の中に招き入れた。
ふたりが家の中を自由に探検している間に、ナギサは[フォレストブル]で煮込んでいた[牛丼]をテーブルの上に並べる。
以前に教えた通り、ちゃんと流しで手を洗ってきたふたりがいそいそとイスに座ると、エドが「あっ!」と声を出して、開け放した窓に駆け寄り、ポケットの中から白い小鳥の形をした小石を取り出した。
「先に連絡しちゃうよ。ナギサ、見て、これ、モンドールさんの[カカポート]なの。『モンドールさん、無事に魔女様に会えたよ。帰りも心配ないよ。エドより』って伝えたい事を教えたら、魔力を込めるの」
エドが両手で挟んだ小石にごにょりと告げ、握り込んだ手を解放すると、白い小石は小さな青い鳥に姿を変えてパタパタと音を立てて飛び立った。
「わぁ、これはその人個人にしか使えないの?」
「いろんな種類があるんだ。俺がナギサにあげたのは色んな人に送れる。自分の名前と、相手の名前を言うんだ。顔を思い出しながら」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。次からはちゃんと使うよ」
ナギサが微笑んでお礼を言うと、エドは満足げに笑った。
使えなかった理由はそれだけじゃないけど、今はわからなくて良い。「さ、あったかいうちに食べよう」と促す。
アルが待ってましたとばかりにスプーンを握った。
「「「いただきます!」」」
スプーンをはさみ持ち3人そろって合掌する。
ふたりがどんぶりにがっつく様子を見て、ナギサは鼻の奥がツンと痛んだ。
「美味しい!」
「やっぱりナギサのごはんはすごく美味しい!!」
ナギサは、鼻を抑えて「ゆっくりよく噛んで食べてくださーい」と応えた。
久しぶりの団欒にナギサが感動していると、どんぶりをからにしたエドが思い出したように言う。
「あ、おじさんがきたよ。ランベルトさん。あのおじさんパイシス国の侯爵様のお家の人なんだね」
「エルリックと来た。あの嫌なやつ」
「え、あ、そうなの? ベリメールさんじゃなくて? 獣王国はあのおじさん達と仲良くしてるの?」
ナギサが「意外」と、驚いて話を聞くことには、[獣王国]では例の襲撃事件に[パイシス国]は一切の関与が無かったと認めて、逆に『攫われた獣人の子供に大変に良くしてくれた保護者』として待遇を見直したのだとか。それは良かった。
「カイルが、すごく頑張ったんだよ」
「褒めて」
「・・・カイルも、エドもアルも頑張ったね。エライ。カッコイイ!」
「イヒヒッ」
「フフッ」
あーっ無理ーぃ! 獣人の子供可愛い! ドヤ顔の子供超絶可愛いっ!!
ナギサは久しぶりにふたりの頭をワッシャワッシャと撫でさすると、その柔らかなケモ耳の感触を堪能した。存分に堪能した。これでもかとなでさすった。
「ムフフっ。あ、あと『会いたい』って言ってたよ」
「『僕たちに手紙を託すと怒られるから』って何も頼まなかったけど、ランベルトさん、会いたがってたよ」
「そっか〜」
ナギサのそっけない返事に、エドがすんと表情をなくす。
「ナギサ、会いたくない? 嫌なことされた?」
「されてないよ。ランベルトさんは優しかったよ」
アルの言葉にニコリと笑んで返す。
「ワーグナー侯爵家は自国の、[パイシス国]の現王に対してクーデターを起こすんだって。僕らグレンドレース伯爵家を含む[トレハンツ獣王国]全ての王侯貴族は、ワーグナー侯爵家を支持して力を貸すよ」
「んぁ? なんて?」
「王様を討伐するんだって」
「良いの? 会えなくなるよ」
子供2人から突然告げられた思いもしてなかった告白に、ナギサは怯んで後ずさる。
「俺、ちゃんと伯爵になったんだ」
「僕たち、カイルも、凄く強くなったんだよ。ナギサが教えてくれたおかげで、[獣王国]で一番の魔法使いになったんだよ!」
確かエドもアルの10歳にも満たないんじゃなかったか。
いくら獣人の寿命が短いとは言え[弱肉強食]の世界で「カイルが1番。僕が2番で、次がエドにいちゃん」「アルは3番目だよ」と張り合うふたりに、なんとも言えない気持ちが込み上げる。
自分がうだうだと足踏みしている間に、幼いながらに己の立場を理解して、貴族として正しく在ろうとしているふたりに、ナギサは眩しげに目を細めた。




