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勘違い



「えっと、それはどうゆう状況?」

「あ、いや、俺にもよくわからんのだが・・・」


再会を約束したエドとアルを、国境の街まで送り届けてから数日後、再びあの犬、ディアハウンドとやらの遠吠えで、すわ門扉まで駆けつけると、そのビシっとオスワリをキメる白い犬型魔獣の前に、デロデロの濡れネズミのようなランベルトがいた。なんでも、[魔女の家]までの森の道を歩いている間、定期的に現れべちょべちょに舐めまくっては離れ、現れては舐めまくって離れて。と繰り返されたのだとか。


「・・・味見?」


ナギサの言葉に、ギッと眉間にシワを寄せたランベルトだったが、ここまで安全にたどり着けた礼を述べるためにディアハウンドに手を伸ばすと、歯を剥き出しに嫌そうな顔をされて仰け反られてしまった。

空を掴むランベルトの手の先から、ポチョリと滴が落ちる。


またしても、その喉元を撫でられるに至らぬディアハウンドは、ナギサからフォレストブルのもも肉をもらうと、満足げに森の奥に帰って行った。


「・・・とりあえずお風呂入りなよ」

「あぁ、助かる。なんの匂いだろうこれ」

「硫化水素っていう毒ガs・・・考えないほうがいいよ」


クンクンと鼻を動かしながら袖のにおいを嗅いでいるランベルトに、魔獣が普段何を食べているのかは説明せずに、ナギサは家の扉を開いた。



「はあぁ〜こりゃ金取れるわ。納得だわ」


仰向けに寝そべり、ヘッドマッサージを受けるランベルトから、感嘆の言葉が漏れ出る。

ナギサは〈水属性〉魔法を使って湯も水も用意していたので、風呂場にお湯の出る魔道具を設置しなかったことを後悔したが、汚れを落としたその見事な白銀の髪の感触を堪能していた。

濡れているから定かではないけど、確かに白髪でもロマンスグレーでも無い。人間の造形でこんな見事な髪色が、なにがどう左右すると作り出されるものなのか。ぜひ乾かした後の姿も見てみたい。そこまで考えて、そもそもこの世界にはパステルカラーのピンク色やミント色の髪があったことを思い出した。


ゆっくりともみほぐしながら、トリートメント液をぬるま湯で洗い流す。

入浴剤で濁った湯にどっぷりと浸かり浴槽に寝そべるランベルトは、すっかり気を抜きヤニ下がった顔だ。照れも緊張もない様子に、お貴族様は真っ裸に抵抗ないのかよと少しムカつく。


「まさかカラダも洗え。とか言い出さないよね?」

「金貨払ったらやってくれんだろ?」

「いらねぇ〜」


ぱかりと開かれたエメラルドの虹彩と目があう。この瞳の色も素晴らしく美しい。思わずジッとのぞきこんでしまう。


この人は、こんな顔のままこれから自分の国の王を殺すのか。

そしてそれには、この人の命もかかっているのだろうか。


真面目な顔で視線を返したランベルトが、濡れた手をナギサの後頭部に伸ばす。

滴り落ちる湯が、そのままナギサの襟足を濡らして引き寄せる。


「聞いたよ。王様殺すんだって?」

「・・・王ってより、王子だな。王はもう死んだ。王子が殺した」

「死、え? 王子って、あの、殿下が? カーサにいた」

「いや、第一王子が聖女と一緒に城を占拠している」

「占拠?」


ランベルトは「カーサにいたのは第二王子。俺の剣術の教え子」とつけくわえてから、王都の現状を説明した。


聖女召喚を成功させた第一王子らは、そのまま件の聖女と婚約、婚姻とことを勧めるかと思いきや、王と王妃がなんらかの理由でそれに待ったをかけた。

王は他国との戦争に備えて聖女を召喚したはずだが、当の王子の目的はそれでは無かったようでひと揉めし、しばらくすると王が死去して、王妃が幽閉された。と。


「対外的には王は病死、王妃は気を病んで病療隠居となっているが、隠居先が幽閉地だったので、新王を掲げる派閥と、そうで無い王侯貴族、第二王子派閥が揉めて今に至る」


いかにも継承争いドラマのドロドロらしい説明を続けながら、髪を弄んでいたランベルトの手は耳に流れ首筋を撫でる。

服が濡れる。やめて欲しい。


「その内、聖女の異変に王城の者達が気づいて、城は今ほぼもぬけの殻だ」

「え? 異変って?」

「聖女は散々国費を散財させた後、一切の事前活動を辞めた」

「慈善活動、って?」

「・・・欠損を生やす《神力》とも言える癒しの力で、回復や治療をしていたのだが、やがて貧富に関わらず治療に金を取るようになり、それも無くなった」

「無事なの?」

「心配か?」


回していた手に力が入り、顔をあげようとしたナギサの動きが止められた。

ランベルトの手首をナギサが掴むがびくともしない。


「あの女と知り合いか?」

「あの娘、まだ子供よ。私より10も下」

「いや、ただの子供では無い。聖女の称号を詐称した魔女だ」

「んなわけあるかっ! ただの女子高生、学生だよ! 16、7の子供だわ!」

「違うね。あの聖女様は、こともあろうに召喚直後に〈魅了〉、他者を洗脳する禁呪を使ってもう1人の聖女の存在を王子の記憶から抹消した」

「な、ん、どうゆう事?」


自身の違和感に気づいた第一王子は、聖女との契りを交わした翌朝、周囲の者からもう1人聖女が召喚されていた事実を知ったが、その翌日にはその者らもすでに城から消えたもう1人の聖女の存在を忘却していて、真実を知る者がいなくなった。

王城には、王に仇なす臣下の攻撃魔法が封じられる《防衛魔術》がかけられていて、異変に気づいた王子が王を殺して自ら王になったことにより聖女の〈魅了〉が解けたのだ。とランベルトは言った。


「真相を知った王子は狂った」

「狂っ、え、どゆうこと?」

「王を殺したのを〈魅了〉魔法のせいにして、聖女の〈回復〉魔法を都合よく使い、暴虐の限りを尽くす狂人に化した。気に入らぬ者を片っ端から断罪、処刑し始め、聖女を文字通り()()に変え君臨した」

「待って。意味わかんない」

「もうアレは何も信じることの出来きぬ人ならざるモノに成り変わった。だから第二王子を旗頭(はたがしら)に“討伐”することになった。俺はそれに加担する」


淡々と説明するランベルトは「すでに王城にいるのはただの魔獣。ヒトが討たねば死人が増える」と、口はしを上げて言い切った。


「待って『文字通り玉座に』って何よ? どうゆうこと? あの娘はどうなったの? ねえ全然わかんないんだけど?」

「・・・もはやナギサにはなんの関係もないことだ。気にするな」

「なに言ってんの?」


怒気を孕んだナギサの問いに、ランベルトは戻した手を胸の上に組むと満足そうに笑って言った。


「お嬢さんの憂いはすでに無い。もう忘れろ」

「はぁ!? じゃあ一体ランベルトさんは、なにしにここに来たの!?」

「これを伝えに来た。安心して好きなように生きて良い」


カッとしたナギサの顔に朱が走る。


「馬鹿にしないでよ! そんなことできるわけないでしょ! だったら私共々聖女も一緒に元の世界に帰してよ!」

「聖女が言っていた『召喚されたのは元いた世界に居場所がない人間だ』と」


激昂したナギサは立ち上がって叫んだ。


「それがなに!? 私達の元いたトコでの状況とアンタらが勝手に拉致ったことはなんの関係もないでしょ! はなからできもしないくせに、選択肢を与えてやったみたいな勝手なこと言わないでくれる!? なめんなよ!」

「あぁ、俺たちは取り返しがつかないことをした」


ランベルトは、湯船から出て片膝をつき頭を下げる。


「言葉にできることなどなに一つとしてない。どう罵ってくれてもいい」


そう言って立ち上がると、濡れた身体のまま俯くナギサを抱き寄せた。


「ただこの世の1人として討たねばならぬモノを討ちにゆく。ただ、卑しくも、()()にナギサに触れたかった」


ナギサは、ワナワナと震える両手でその背を掴む。


「できることならナギサの居場所になりたかったが、それすらも約束できぬ」


ランベルトが身体を離すと、濡れたナギサの服が張り付いて引っ張られる様子に薄く笑って「全く情けないことだ」と頬に手を添え顔を上げさせると、そっと口付けを落とす。

ナギサはその告白ごと、今度こそその劣情を受け入れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


鳥の声で目覚めた気怠さ満載の朝、身体のあちこちが痛いのは普段運動不足だからだろう。

ベットの上でごろりと寝返りをうつと、ランベルトが、服を着てズボンのベルトを締めていた。


「・・・あれ? 置いていくつもり?」

「は? 一緒に来てどうする?」


ナギサは、絵に描いたような朝チュンだ。泣いてる鳥は絶対スズメじゃないけど。などと呑気に考えながら、シーツを抱きこみ身を起こす。


「え、私が王、王子? 殺すんじゃないの?」

「えぁ? オマエが? なんで? どうやって?」


王城には『王に仇なす臣下の攻撃魔法が封じられる《防衛魔術》がかけられている』と言っていたじゃないか。おそらく『最後に会いに来た』というのはそうゆうことなのだろう。

もう1人の《神力》持ちのナギサの異世界チート(ちから)に頼るべくここまで来た。


「いいの。覚えてたんでしょ前に私が言った事」

「前に? なんのことだ?」

「私が前『ぶっちゃけ、両手で足りないなら、足でも、首でも、股の間にぶら下がってるもんでもなんでも使って国民を助けろよって思うわ』って言ったから、協力させるためにこんな事したんでしょ?」


ナギサが肩をすくめると、ランベルトは分かりやすく狼狽した。


「なっ!? いや、本当に、そうゆう、つもりじゃ、ないんだその、本当に、もう、会えなくなるかもな〜。て、一応、王殺しに、なるわけだし・・・」


しどろもどろと、なにやら言い訳じみた言葉を早口で述べ出したランベルトに、ナギサの眉間にシワがよる。


「それだって、うまくいけばだが・・・」


ベルトを閉め終えたランベルトは、頭をかきながらモニョモニョとなにやら言い募る。


「だから、最後に会っておきたかった」

「それって、昨日の夜ベットの中で言ってた事ってっ! どうゆうつもり!?」

「本当にちょっと、触れたかっただけで、何か頼むつもりは・・・いや、下心は十二分にあったのだけど」

「ほ、ほ、ほ、本気で言ってたって事っ!!?」


昨晩、ベットの中でなにを言ったかはさておき「それが有効ならば」と、ランベルトはその身を正すと、片膝を立てて床に拳をつき、会いている手をベットに座るナギサに伸ばして言った。


「あ〜・・・もし、この討伐が終わって、俺が生きてかえr」


「ストップ! それ以上は言っちゃダメ。それには恐ろしい強力な呪いがかかっています」

「は?」

「それは《死亡フラグ》って言う古の神々の呪い。ダメ! 絶対!」


とにかくこの世界の異物である自分が、王城では十分にお役に立てるかも。と、ナギサはようやく重い腰を上げ、伸ばされた手を掴んで膝をついていたランベルトを立ち上がらせた。


それにしても。と、目の前に現れた偉丈夫を仰ぎ見る。

なんで、せっかく綺麗にしたのに、汚れた服を着たのだこの美しい男は。


「なんでそれまた着るかな。まだ洗ってないのに。なんのために風呂に入ったのか」

「そりゃぁ・・・」

「あ、待って。間違った。答えなくていい」

「・・・ナギサって、俺の見た目好きだよね?」


顎を上げ、髪をかき上げたランベルトに、一瞬見惚れてしまったナギサはシーツを引きずって風呂場に向かった。


「馬鹿なこと言ってないで、風呂に入って身支度整えたら、朝ごはん食べるよ」

「お、やった。まだ食いたりないなって思ってたんだ」


朝日に照らされたランベルトの髪は、目にも眩しく美しいプラチナブロンドだった。



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