シャーデンフロイデ
「賭博に魔法を使って良いわけないだろ!?」
だからあの破滅した愚か者は[偽造コイン]なんて物理的なイカサマをしてたのか。とナギサは腑に落ちた。
[偽造コイン]と言っても2枚の金貨を半分に割って、同じ面の組み合わせで貼り付けただけの簡単な作りだ。
両手を開いて結果を見せる時だけ使っていただけで、流通させたわけでもない。
それでも『バレたら死ぬまで奴隷の刑』。
偽造コインが使われていると疑われないほどのリスクってことか。と思うとイカれてる。
ナギサは、男から巻き上げた[偽造コイン]を、【スキル】の[加工]で鋳潰し、つるりとした表面を撫でた。
タネは、床に落ちたコインを拾い上げようとした時[鑑定解析]ですぐにわかった。
銀貨と大銀貨の[両面偽造コイン]の他に、大金である[金貨の両面偽造コイン]まで持っているとは思わなかったけど。ここは剣と魔法の世界だ。
ナギサが、なぜあんなゲームが賭けとして成立するの? と疑問を口にすると、ランベルトは力説した。
「魔法を使うとその痕跡が残るが!?」
「ハハッ! マジか。あっぶね。加熱に〈火属性〉魔法を使わなくて良かったわ」
ナギサは、笑い飛ばしただけでランベルトの心配をいなしたが、新たなこの世界のルールをまたひとつ知った。と肩をすくませる。
相手の偽造コインを看破した[鑑定解析]も、[加工]で熱したユニークスキルの【魔素干渉】による状態変化も、手元のコインを入れ替えた[収納]も【スキル】だったから、魔法残滓が残らなかった。と。なるほどなるほど。【スキル】の使用は痕跡が残らないのだな。
「【スキル】か!? なにか、特殊な・・・【ユニークスキル】持ちかっ!?」
「だから教えないってば。それともなんですか? また求婚ですか? 責任取る気もないくせに? ヤダ〜!」
「んなっ!?」
この世界でのステータスの提示は[求婚]を意味すると言っていたじゃ無いか。逆手にとって軽口を叩いて返したが、なぜか耳まで真っ赤にして否定するランベルトに、「なんでだよ。このノンデリ中年マジでめんどくさいな」とナギサがげんなりとしていると、やおら天井の照明がビカビカと瞬きを繰り返し、周囲の人間が一斉にフロア中心に向かって移動を始めた。
すると、いるいる。
斜向かいの柵の向こうに、この場にそぐわぬほど身なりの良い商人風の男達や、対面にいかにもな衣装を纏った、いかにもな貴族達が豪華なソファーに座っている。
それなのに、握っているのが平民と同じボロボロの木札なのが笑える。綺麗なのは衣装だけで、顔だけ見たら周囲の酔っ払い達と変わらない表情で笑い、同じ木製のジョッキでおそらく同じ安酒を飲み下しているのだろう。
ランベルトも、斜向かいをチラリとみただけで、直ぐにナギサに視線を戻す。
その視線が「だから言ったろ。気をつけろよ」と念を押しているようでウザい。
フロアの中央は胸辺りまでの高さの頑丈な柵に囲まれ床底が抜けていて、柵に手をつき足元を覗き込むと、正に漫画や映画で見るような[闘技場]の様相がバレーボールコートひとつ分の広さはあるだろうか、石壁で囲まれた砂場が設られていた。
「今夜最初の殺戮ショーは[フォレストウルフ]3体による、巨大な[フォレストボア]狩りの一方的な蹂躙だ!!」
高らかに告げられる“殺戮ショー”とやらの始まりに、なんだその口上は。賭けにならないじゃん。とナギサは眉を顰めた。
屈強な男たちにロープで引かれて運ばれた檻が2つ中央に置かれると、観衆の声は一層高くなる。
「なにを、賭けるの?」
「どっちが勝つか賭ける」
「狼が猪を狩るんでしょ?」
「・・・そうだ」
観衆は、それぞれ近くにいる[カーサのスタッフ]達に群がり何やら木札を買っている。
素直な疑問を口にしたナギサだったが、ランベルトも想像通りの答えをそのまま当たり前のように答えるので訳がわからない。
「最初は勝てる試合を観せるんだよ」
「・・・面白いの? それ」
射倖心を煽って最終的に高レートでぼったくる。わかるけど、みんなそれでも賭けるのかとついつい胡乱な視線を、ランベルトに向けてしまう。
これはアレか。娯楽の少ない田舎で老人を集めて、最初はスポンジや日用品を安く売ったりプレゼントしたりして、いつのまにかクソみたいなスペックのラップトップや、高級羽毛布団や喪服留袖を競り合わせて買わせる詐欺まがいのアレ。
それにしたってあからさま過ぎる。
「みんなもう、酔ってるから・・・」
「バカじゃないの?」
「締め切りますっ! それではっ『アレー』ッ!!」
ボクシングやプロレスの試合前のように カンカンカンッ! とゴングの音が鳴り響く。
何かしらの魔道具で声を拡張しているのだろう。仕切りの号令と同時に2つの檻の対面が開くと、ゆらり とした魔素の揺れと共に、先に[フォレストウルフ]が檻から躍り出た。
既に臨戦体制なのがわかる。
首輪のついた3体は、身を低くして扇型のフォーメーションを作ると、空になった檻が石壁の開口部に引き込まれた。
[フォレストボア]はまだ檻から出てこない。
周りを取り囲む観衆の、けしかけるような怒声が響き渡る中、[フォレストボア]の檻が反対側の壁の開口部に引かれる。
強引に檻の外に引き出された[フォレストボア]は、ブオォォォッ! と雄叫びをあげてそのまま正面の狼に突進した。
相変わらずデカい。[フォレストウルフ]もデカいと思ったが、その3倍はある。
ヒラリ。[フォレストボア]の突進を難なく避けた中央の狼をすり抜け、ハイエースほどの[フォレストボア]は、勢いをそのままに壁に ドカン! と音をたてて激突した。
グラグラと足元の床上が揺れる。
[フォレストボア]は激突をものともせず、ドリフトするように足を動かし向きを変える。
左右の狼が距離を取り背後に回り込むと、それぞれが[フォレストボア]の後ろ足に噛み付いた。たまらず[フォレストボア]がそれらから逃れようと蹴り上げるが、両足が上がった[フォレストボア]に、正面の狼が低い姿勢で潜り込み、その喉元に噛みついて首を激しく振るった。
観衆の歓声が上がり[フォレストボア]の悲鳴のような雄叫びが響く。
[フォレストボア]の命懸けの蹴りを喰らって、後方の[フォレストウルフ]達も傷ついて血が流れている。必死の抵抗に首元に噛みついた狼も身体ごと振り回されながらその牙を喰らい付かせている。
[フォレストウルフ]達の唸り声と、ブチブチと肉が裂ける不快な音が、観衆の声に紛れて容赦なく聞こえてくる。
「なんて悪趣味な・・・」
自分だって[フォレストボア]を狩って美味しく食べたばかりだ。
でもこれは違う。と、ナギサは漏れ出た声を胸の内で反芻した。
しばらく硬直していた首元に噛みついていた狼が一際大きく身体を揺らし、とうとう[フォレストボア]の首肉を噛みちぎった。
「「「オオォーーーー!」」」
ボトボトと流れ出る血の赤さに、興奮を強めた観衆の声も大きくなる。
後方の[フォレストウルフ]が[フォレストボア]から離れると、ヨロヨロと数歩進んだその巨体はそのまま ドサリ と、地に倒れた。
「「「オオォーーーー!」」」
なぜか[フォレストウルフ]達はその倒れた巨体を喰むでも無く、身を寄せ合うと、ペロペロとその身についたどちらともわからぬ血を舐め合っている。
なんだこれ? なんなの一体? これの何がそんなに楽しいの? ナギサは訳がわからないこの一連のショーに不快感を示すが、観衆は木札を握った手をあげて熱狂の声を上げ続けている。
「意味が、わからない・・・」
「・・・・・」
以前日本の『恐怖刺激』の話をした際、ランベルトだって『ナニソレコワイ』と言っていたじゃないか。
これが、この世界での『恐怖刺激を求めている』と『同じ』だとて、目の前で現実に『生物の死』が見せ物、娯楽として消費されている。フィクションのホラーやスプラッタの比ではない。
嫌悪感しかない。
「あれ、食べるの?」
「[フォレストウルフ]達の餌になる、はずだ・・・」
「あの[フォレストウルフ]達はこの為に飼われているのね?」
「・・・あの首輪が[隷属の首輪]だ」
「・・・・・」
もはやただの大きなイヌと化した[フォレストウルフ]達は、屈強な男たちに首にワイヤーをかけられ壁の開口部に引きずられていく。
そのまま同じような殺戮ショーが、魔物を変え3度繰り返された。
鋭い爪を持つ[猿]がバカでかい[蟷螂]を、牙のはみ出た[虎]が2本角のある[馬]を、巻き角のある[熊]が火を吐く[蜥蜴]を。
どちらかが血を吹き出させて地に臥し動かなくなるたびに、観衆は熱狂の歓声を上げた。
「館ごと燃やしてしまいそう」
「・・・だから、来ないほうがいいって言っただろ」
やっと賭けのテイを要したのか、観衆の声に「勝った」「負けた」の声が混じりだす頃、とうとう[闘技場]に、檻ではなくヒトが降り立った。
対峙した2人の屈強な男。どちらの手にもロングソードが、抜き身の剣が握られている。金属の兜やアーマーなどはつけていない。手甲や脛当てはついているが上半身は裸だ。くっきりと見えるその傷だらけの身体に[首輪]がついている。
「え!?」
「・・・・・」
ナギサはどうゆうことかとランベルトを見る。
ランベルトは応えない。
「さぁそれでは今夜のメインイベント! 前科三犯の殺人犯[主人殺しのロド]とっ前回の三戦を勝ち抜いた[幼女誘拐のマギ]の殺し合いだぁ!!」
[カーサ]のイベンターが高らかに告げた口上に、ナギサは信じられないものを見るような目をランベルトに向けた。
「犯罪奴隷の、実質公開処刑だ・・・」
「は? 殺すの?」
「どちらも死刑囚だ」
絞り出すようなランベルトの答えの最中、目の端で[主人殺しのロド]が剣を振り上げ間合いを詰めたのが見えた。
[幼女誘拐のマギ]は[主人殺しのロド]から振り落とされた剣を、手にした剣で受ける。
見えるまま、ガキン! と金属がぶつかる音がする。
あの剣が真剣かどうかは問題ではない。あんなもんでも金属の棒だ。生身の身体に受けたらただでは済まない。ただでは済まないどころか、斬られて出血するよりタチが悪い。
[幼女誘拐のマギ]は受けた力をいなして横殴りに剣を返し[主人殺しのロド]の脇腹を薙いだ。
[主人殺しのロド]は、鈍い呻き声を上げながらも、距離をとって剣を構え直す。
いや、もう、今の一撃で色々無理だろう。金属の棒で殴られた生身の身体が赤黒く色を変えている。きっと骨が折れている。内臓も傷ついているはずだ。間違いなく致命傷だ。もう勝負あっただろ。
ゲームやフィクションではないのだ。あそこから逆転できるとは到底思えない。
案の定[幼女誘拐のマギ]は何度も[主人殺しのロド]に斬りかかる。[主人殺しのロド]も何度かその攻撃をいなすが、受ける剣に力が通っていないのが見て取れる。
それに合わせて[幼女誘拐のマギ]の剣も、初手の勢いが嘘のように、なぶるようにゆっくりと剣を振るっている。
何度も打ち付けられる力任せの金属の塊を、とうとう受けるだけになった[主人殺しのロド]の剣が弾け飛ぶと、だらりと両手が下がり苦悶の表情を浮かべた[主人殺しのロド]の膝が地についた。
ゴッ!
[幼女誘拐のマギ]の剣が、目の前の無抵抗な男の頭蓋骨を粉砕した。
上がる歓声。
[主人殺しのロド]の遺体が、ボロ布の様に引きずられて壁の開口部に消えた。
「・・・・・」
無言のナギサに、ランベルトは「もう帰ろう」と声をかける。
ナギサは、小さく顔を左右に振った。
そして、間髪入れずにフロアに響いた口上に、ナギサは耳を疑った。
「勝ち進んだ[幼女誘拐のマギ]の次の獲物はっこの国の市民権をかけた奴隷移民だぁ!!」
[闘技場]に現れたのは、戦い終えた狼のように身を寄せた若い人間が3人。いずれも痩せて薄汚れていはいるが、到底犯罪者には見えない。それぞれに握られた剣も下がって地面についている。どう見ても剣士じゃない。
「ヒャハハハ!」
上がる歓声に混じって、返り血を浴びた[幼女誘拐のマギ]の狂気じみた笑い声が響いた。
「まっ・・・」
柵から身を乗り出したナギサの動揺に、フロアの魔素が揺れた。
ランベルトは目を細めて後ろから手を回し、ナギサの口を塞ぐ。
観衆の熱狂に紛れて、ナギサの声は当然かき消された。
[幼女誘拐のマギ]は躍り出るように振り上げた剣を横に薙ぐと、嬉々として自分より身体の小さな奴隷達に斬りかかる。
「ヴ〜!?」
ナギサはこれでもかと身を捩るが、ランベルトの腕は微動だにしない。
こいつ〈身体強化〉をかけてやがる。
ナギサは[鑑定解析]で見たランベルトに、何故そこまでするのか意味がわからず抗議した。
「ゥヴ〜!? ヴ〜!?」
ナギサの抗議は言葉にならず、口を抑えられたまま、ランベルトはさらに力を込めてナギサを押さえつけるように抱き込む。
バカじゃないの!? バカじゃないの!!?
ナギサの必死の訴えを嘲笑うかのように観衆の歓声が大きくなる。
それまで口を抑え肩を抱きかかえていたランベルトの右手がナギサの目を覆った。
上がる歓声。
もはやフロアを揺らす魔素の振動が、ナギサによるものか観衆によるものかわからない。
ナギサは脱力した。この世界は狂っている。




