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ブラック・スワン




「マジでクソみたいな世界だな」


煌々と炊かれた篝火。魔道具のランタン。なにをどうしているのかわからない発光物。

不健全で、不当な金儲けをしている場所ほど明るいことが一目瞭然ではないか。クソだな。


ランベルトに渋々連れてこられたここは[秘密のファイトクラブ]でも[異種格闘技の地下闘技場]でもなんでもなくて、何某かの貴族が経営する公共の[カーサ]と呼ばれるギャンブル施設だそうで、小さな物では[虫の捕食]から[魔獣同士の殺し合い]まである、いうなればなんらかの勝負事を見せ物にした[コロッセオ小屋]のような場所らしい。

バレーボールコートが4面はありそうなフロアが、なにせ明るい。馬鹿みたいに照明がついてる。今まで明かりについての説明を散々受けてきたのに、その全てを覆すほど明るくてドン引きする。


「で、vsイベは、どっちが勝つか賭けていると」

「そうだな」

「で、エルリック君はそれの“出場者”の方だと」

「まぁ賭けてもいるんじゃないか?」

「・・・なんでそんなこ・・・」


ナギサはその先の言葉を飲んだ。

『金が欲しい』からだ。他になにがある。


「・・・修行のつもり。とか。あったりする?」

「無くは無いだろうが、実戦とは全く違う。ここでは、ただ強いだけのやつは稼げない」

「・・・不潔」

「んあ?」


ここも〈浄化〉が必要か? 物理的にも精神衛生上にも。


見回すと、無数のテーブルを囲んで何かしらの大小様々なテーブルゲームが行われているらしく、アルコールの入ったジョッキ片手に、木札やコインを握って「勝った!」「負けた!」「もっと金を出せっ!」と、酔っ払い達がバカみたいに熱狂していやがる。


半目になったナギサがキュと唇を真一文字に引き締めると、ランベルトは慌てて「待って。やめて」とその先を見越して拝み倒した。


ただの賭け試合では無い。観衆を楽しませるような“魅せる”試合をしろ。と。単なる力試しでは無い。と。つまりは八百長をしろ。と。こんな場所で、16、7歳の少年になにをさせているんだ。


酷い目にあっているんじゃ無いか。と、ナギサは、それぞれに集うテーブルを囲む人々の隙間を縫うようにキョロキョロと辺りを見回しながらエルリックを探し歩いた。


チャリーン♪


何かの拍子にぶつかってきた背中の足元に、銀色のコインが落ちて転がり、ナギサのブーツに当たって倒れる。


「銀貨?」


感じた違和感に首を傾げながらも、日本人気質の悪い反射で拾ってあげようとかがむが、サッと横から手が伸びて、コインを掴んだ男と目が合った。

肩をすくめてウインクした男は、さっさと起き上がって声を高くして宣言する。


「キャッチに失敗したな。コッチの勝ちだ」

「なんだと! そいつがぶつかってきたんだ! 無効だろ!」


何か邪魔をしてしまったか? と、身体を起こして対峙する2人の男性を見上げると、間にランベルトが分け入った。


「悪い。邪魔をした」


謝って銀貨を指で弾く。

叫んだ方の若い男が掴み取りポケットに銀貨をしまうと、コチラへの興味をなくして「もう一回だ!」とコインを拾った男に声を荒げた。


イヤイヤ、そちらがぶつかってきたんだろうが。大体こんな人混みでなにしてんだ。


納得いかないナギサが眉間にシワを寄せて、銀貨を返してもらおうとランベルの背から一歩踏み出すと、さっきコインを拾い上げた男がそのままコインを弾きあげ、手の甲でキャッチして「どっちだ?」と不適な笑みを向け、バチンッと音がしそうなほどのウインクをした。


「表!」

「裏だ」


ウインク男がゆっくりと手を開くと、宣言通り『星の意匠』銀貨の裏面が現れた。


「またいただきだなっ」

「クソッ! もう一回だっ!」


ずいぶんシンプルなゲームをしている。

負けた方の若い男は、随分と負けが込んでいるようで、イライラしながらポケットからもう1枚銀貨を出し、バチン! とテーブルの上に叩き置く。


それ、さっきランベルトさんが渡した銀貨じゃない? 銀貨1枚で宿屋に1泊できるんだよね? 銀貨って大金だよね? 


ナギサは思わずテーブルの上の銀貨に バンッ と手を重ねた。

ギョッとした男2人がコチラを見る。


「そんなにイライラしてたらもう勝てないよ。一回落ち着きなよ」

「んなっ!? 余計なお世話だ!」


「スマン。ほんと余計なお世話だ。行こう」


ランベルトはナギサの肩に手をかけるが、ナギサはテーブルから手をどかすと「これで何か飲んできなよ」と、増えている銀貨を若い男に見せた。

若い男は「ッチッ」と舌打ちをして、テーブルの上の銀貨2枚を掴み取ると「エールを飲んだらまた戻ってくるからな」と、ウインク男に捨て台詞を残してやっと離れていった。

背を向けられる前によく見たら15、6歳、エルリック君よりも、高校生の弟よりも幼く見える。


「あんな子供を騙してカモにするなんて・・・」

「オイオイ、勝負の妨害をしておいてイカサマ扱いとは穏やかじゃねぇな」


ウインク男は両手を広げて、大袈裟な抗議の体で挑発してくる。クソだな。

ナギサは「証明してやろうか?」と挑発に乗った。


「やめとけ」

「余計なお世話。なんでしょ?」


ナギサが「黙ってみてろ」と、ランベルトの制止をいなすと、銀貨を取り出しパタパタとテーブルの上で裏表を返してみせる。

ウインク男がニヤケ顔のままコインを摘むと、キン と音を立ててコインをトスして手の甲でキャッチした。


「裏よ」

「表だ」


ナギサの宣言の後、直ぐに手を開いてコインを見せる。

銀貨の向きはウインク男の宣言通り『偉人の横顔の意匠』、『表』が上を向いていた。

ニヤリ、とウインク男が口端をあげ「次を出せ」とばかりに指を擦った。

ナギサは、新たな銀貨を出してテーブルの上をスライドさせる。


客がコインを払い、親がそのコインをトスする。

客は親が手の甲でで受けたコインの裏表を言い当てるだけ。

客が宣言を間違えば出したコインを取られる。当たれば親が同額を払い戻す。なんてシンプルなゲーム。何が面白いのかさっぱりわからない。


ナギサは、注意深く親の手元と投げられた銀貨を見ながら、何度も同じく『裏面』を宣言した。


「裏」

「また表だ」


「裏」

「残念。表だ」


「今度こそ裏」

「表。いただき」


ナギサは、銀貨を10枚巻き上げられると「面倒ね」と銀貨10枚分の価値がある大銀貨を1枚取り出しテーブルの上をスライドさせる。

周りの他のテーブルから ざわざわ と囁きと共に、物見高い観衆が集まってきた。

ウインク男は、受け取った大銀貨を摘み上げ、確認もそこそこにそのままトスすると、キャッチした手を「どうだ」とばかりにさしだした。


おかしなところはない。


「表」

「裏だ」


ウインク男が重ねた手を開くと、大銀貨は宣言通り『星の意匠』の裏面が上向きに。

ランベルトが、背後でため息をつきつつナギサに言った。


「もうやめとけ」

「だとよ。どうする?」

「もう一回」


ナギサが、向かいのウインク男に向かってテーブルの上、大銀貨を滑らせると、男は前回と同じくそのまま大銀貨を摘み上げ大きくトスして パシン! と音を立てて手の甲で受けた。


「表」

「ハッ裏だ!」


大きく笑ったウインク男は、ねっとりと手の甲を開いてみせる。

現れた大銀貨は、ウインク男の言った通り『星の意匠』の裏面だった。


いつの間にか集まっていた観衆から「「「おぉ〜!」」」と歓声が上がる。

得意顔のウインク男は、両手を何度も振り挙げて「ウェイッ! ウェイッ!」と観衆を煽り出しそれに合わせた観衆も「「「オッ! オッ!」」」と、声を上げ、足を ダンッ! ダンッ! と揃えて踏み鳴らして、テーブルの周りのボルテージは興奮の坩堝と化した。

すっかり紅潮した顔を向けて、わかりやすく調子に乗っているウインク男が顎を上げて言う。


「ついてねえなぁ。ここまでにしとくか?」

「まさか。アナタこそ、あまり熱くなっていると火傷するわよ?」


ナギサは、深く被っていたフードを下げて自分の顔を晒すと、周りのみんなに見えるようにゆっくりと出した金貨を見せつけながら言った。


一気に熱が冷め、レスポンスを止めた観衆から ゴクリ と、生唾を飲む音が響く。


「ハッハー! 言うねぇ! お嬢ちゃん! 俺達が大人の世界の厳しさを教えてやるよ!」


ウインク男は一瞬眉をピクリとさせたが、大きく両手を振りあげて観衆を煽る。

コールを受けた酔っ払いどもも、再び「「「うおー!!」」」とジョッキを持ち上げ雄叫びを上げた。


「表に賭けるわ」

「なんだと?」

「表。さぁ投げなさい」


バカげたコーレスに色めき立つ観衆を前に、ウインク男は差し出された金貨を初めて自ら摘み上げ裏表を確認すると、ニヤケ顔のまま再び音がしそうなほどのウインクをしてコインをトスした。


キンッ!


全員が息を呑んで注目する中、金貨は空中をクルクル回って舞い上がり、ウインク男がそれまでと同じく手の甲で受け、もう片方の手を重ねたその瞬間、ナギサはその手に自分の手を更に重ねて、男の両手ごと ドンッ! とテーブルに押し付けた。


「ぐっ!?」


とはいえ小さな女の手だ。なのに小さく鈍い声を上げたウインク男は、直ぐに手を開こうとしない。

ナギサが「やれやれ」と上に重ねられたウインク男の手を掴み上げる。

コインは握られたままだったが、テーブルの上に残された手の甲には、くっきりと赤く金貨の裏面の『星の意匠』の火傷痕が付いていた。


「私の勝ち」

「「「んぉ? おぉ〜!!」」」


一瞬おかしな間が空いたが、理解した観衆から上がる大歓声に応えながら、今度はナギサが指を擦って手の平を差し出した。

無言のウインク男は、コインを握ったままポケットに手を入れると、そこから出した金貨を2枚、ごねる事なくすんなりと投げてよこした。マジか。

そして、新たに3枚目を出してテーブルの上を滑らせる。


「次だっ!」

「やるわけないでしょ」


ナギサは肩をわずかに上げて、ウインク男の挑発を断った。


「勝ち逃げする気かっ!?」

「え? そうゆうもんじゃないの? なんでこっちが負けるまでやんなきゃいけないわけ?」


ナギサが、心底びっくりしたようにランベルトに視線を向けると、ランベルトは項垂れて頭を抱えていた。


え、どうゆうルール? 


不満に思いながらも、その場に合わせてウインク男と向き合う。


「で? 次は私が親なのね? 本当に私がトスして良いの?」

「あぁ! やってみろ!」


ナギサはテーブルの上の金貨を摘み上げ、軽くトスして手の甲で受けた。


「表だ!」

「裏よ?」


手を開くと、金貨はナギサの宣言通り『裏』を向いている。


「なっ!!?」

「? そんなに驚くこと??」

「次だ!!」

「・・・バカじゃないの?」


ウインク男がテーブルの上、4枚目の金貨を滑らせる。


ちょっと意味がわからない。

金貨1枚って大銀貨1枚の100倍だよね? 安宿屋1000泊分だよね? 日本でいうところの家賃2年9ヶ月分って事だよね?


呆れつつも4枚目のコインをトスをすると、ウインク男はイっちゃってる目で「裏だ!!」と叫んだが、ナギサは肩をすくめて『表』面を出してみせた。


「つ、次、次はっ、次っ、次こそっ!!」

「えぇ〜、まだやるのぉ?」

「受けろ!」


ウインク男は、叫びながらフライング気味にコインをトスして寄越したが、ナギサは「これがさっきの手口か」と、冷静に飛ばされた金貨をキャッチした。


「裏だ!」


ウインク男の宣言を十分に待って、ナギサはゆっくりと重ねた手を開く。

手の甲では、金貨は『偉人の横顔の意匠』が上を向いている。


「表。だね」

「なっ!? どうして!?」


どうもこうもないわ。バカか。


「まだ、まだだ・・・どうなってる。いやそうか! 次はっ次こそ!」

「え、ヤダ。マジで熱くなってるだけ? もうイイ、もうイイ。やらないわ。キモい」


「なんでやめるんだ!」

「有り金全部巻き上げてやれ!」

「逃げるな!」

「続けろ!」


ナギサがドン引きしてテーブルから離れようとすると、ついさっきまでウインク男を調子づかせていた観衆がブーイングをしてくる。


なるほど、やっぱりそうか。この人達は勝敗なんかどうでも良いんだ。こうやって破滅していく人間が見たいのだな。バカじゃないの。クソが過ぎるだろ。


ナギサの唇が キュ と真一文字に引き締められた。

マズイと感じ取ったランベルトがたまらず割って入る。


「終わりだっ! 対戦試合が始まるぞ! 散れ!」


観衆のブーイングのなか、ナギサがチラリと視線を向けると、テーブルの上でひらかれた左手の甲と、右手の平に()()『星の意匠』の火傷痕をつけた男が、ブツブツと何やら呟きながら呆然とした表情でうなだれている。

この世界の通貨の価値を、未だよくわかっていないナギサだったが、さすがに金貨5枚は相当な大金(たいきん)のはずだ。


「これに懲りて真面目に働いてくれればイイのだけど」

「んなわけあるか。アイツはもう終わりだ」


ランベルトに身体ごとグイグイ押されながら、今度こそ熱狂する集団から離されたナギサは、改めて金貨1枚の価値を噛み締めた。




「どうやった?」

「え、なにが?」

「どんなイカサマをした!?」


大騒ぎする集団から少し離れるやいなや、ランベルトがナギサに詰問する。


「私?」

「なんかやったんだろ!?」

「私がしたことなんて、()()()()相手のコインを熱しただけよ? それと自分が親の時には正しい金貨を使っただけ」


ナギサは、ウインク男が最初と最後にトスした、まだじんわりと熱を持つ金貨をランベルトに渡す。

それは、両面が『裏』『星の意匠』の偽造コインだった。

そのトリック自体はわかっていたらしく、ランベルトはそのコインを確認しながらも、更に質問を繰り返す。


「だから、これをどうやって入れ替えたんだ?」

「えぇ〜・・・教えな〜い」

「なんだとっ!?」


なんのことはない。ナギサは自分がトスしてキャッチした後に[収納]して、重ねた手の中に本物の金貨を出しただけだ。

まあみんなにみせる前に裏表を操作していたので騙した形ではあったが、元よりここは魔法のある世界。目の前の鳥が白いも黒いも無いのに、なんでこんなゲームが賭けとして成立するのか意味がわからない。犯罪者をはなから信用しているイカれた賭博場だ。現に『両面が同じ意匠』の[偽造コイン]を使って先に詐欺を働いていたのは向こうなので痛む心も無い。


「通貨の偽造ってなんかの罪になるよね?」

「大罪だ! 良くて奴隷落ち、鉱山での強制労働行きだぞ!?」

「だよね? あ〜ぁ。マジでクソみたいな世界」


あっけらかんと「あ、じゃぁアイツ、コレを取り返したかっただけだった?」と言い放つナギサに、ランベルトは盛大なため息で応えた。


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