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憂さ晴らし




観音開きの扉を開けると、ブワリと酒と煙草の臭いがナギサの顔を直撃した。

日本でもそうゆう場所には縁がなかったとはいえ、想像とは違い、歯医者の待合室のような陰鬱とした気配は一切なく、楽しそうな笑い声とガヤガヤとした喧騒に包まれる。

一見、宿屋の食堂とそう変わらないが、照明に魔道具が使われているのか宿屋よりは明るい。

なるほどわかりやすい。儲かっているってことか。と、ナギサはゲンナリとした。


フロアに一歩足を踏み入れたランベルトに、さっそく見知った顔から声がかかった。なんだかとても嬉しそう。


「ランベルトさんも今晩はこちらに?」

「女達が喜びますよ!」

「最近ずっとあのお嬢さんにつきっきりでしたからね!」

「やっと解放されましたか!」


無言のまま片手で顔を覆って天井を見上げたランベルトの背後から、フードを目深に被ったナギサがひょっこりと顔を出すと、何人かが「「「ヒッ!」」」と悲鳴のような声をあげ、何事か!?とフロアが静まり返った。

なるほど自分の存在はよほど異質だったらしい。とナギサは一瞬肩をすくめると、フロアの中央に歩み出て跪き床に両手をついた。


「〈広範囲治療〉と・・・〈広範囲浄化〉・・・〈浄化〉〈浄化〉・・・〈浄化〉っ!」


ナギサを中心に、ブツブツと独り言を呟きながら建物ごと〈浄化〉をかけまくる。


「除菌だ除菌! 汚物は消毒! 滅菌!!」


小声で呪文を唱えながら、いつものような ポワッ とした光では無く、カッ! カカッ! とフラッシュ撮影のように閃光が迸ると「なんだ!?」「なにごとだ!?」と、シーツや毛布を手繰った半裸姿の男女が2階の各個室の扉を半開きに顔を覗かせた。

上手いこと広範囲で発動できたらしい。


無言のまま立ち上がった半眼のナギサは、パンパンッと音を立てて手と膝を払い、ランベルトに視線を向けた。


「とりあえず今晩はこれで大丈夫」

「・・・スマン」


ジト目のまま扉に向かうと、屈強な男2人を伴う杖をついた魅惑的な女性が階段の踊り場に現れ声をあげた。


「私の(しろ)でなにを?」

「あ〜・・・スマン! 何でも無いんだ」

「こんな場所でも()の中。勝手な魔法の行使は禁じられていますわよね?」

「暴発だ。問題ない。何も起きなかった」


ランベルトが「だろ?」とナギサを隠すように両手を広げてみせると、魅惑的な女性はゆっくりねっとりと階段を降りて近づいてくる。その歩みに足が不自由な感じは無い。

なんのための杖だろう。とナギサが見つめる中、魅惑的な女性はナギサを一瞥することなくランベルトの前に立った。


「まぁ、ランベルト様、ご無沙汰しておりました。今晩はいらっしゃらないとお伺いしておりましたわ。せっかくいらしたのに、このままおかえりになるつもり?」


握り直した杖ごと差し出されたその指には真っ赤なマニキュアが光っている。

ランベルトはその手を取って「騒がせてすまない。失礼した」と手の甲にエアキスすると、さっと身を引いて踵を返し「では」とナギサの身体ごと押した。

ナギサはそのままトトッと前進すると、ドアノブに手をかけ勢いのまま扉を押し開いた。が、屈強な男はそれを押し戻し立ちはだかった。

ナギサがフードの奥から目線だけでランベルトを見ると、その目はギュッと閉じられている。反対に口があいた。


「あ〜・・・」


ランベルトが何事か言い淀んだ声を合図に、仲間の傭兵達がバタバタと駆け寄ってきた。

2階の個室の扉がバタンッバタンッと音を立てて閉まり、同時にフロアにいた他の客や従業員達も立ち上がる。


「待て。抜くな。すまないマダム・ウイロウ。言い訳させてくれ」

「ええ。もちろん。お聞きしますわ」


「ここは汚染されている。友人達を守るために勝手に〈浄化〉した。必要な者は治療もする。体調に問題のある者は名乗りでろ」

「なっ!?」


ナギサはランベルトの言葉を遮って、フードを脱いで前に出た。


「まぁ。ここはお嬢さんのような小娘が来るような場所ではございませんよ」

「アナタの病気も治す」

「なんですって!? 私が病気!? 一体何のっ」


ナギサは、顔色を変えたマダム・ウイロウと呼ばれた女主人に勢いよく抱きつくと、わかりやすく カカッ! と発光してみせた。


屈強な男2人それぞれが、得物を抜いて振りかぶる。


ガキン!


ナギサをかばい、初手を小手で受けたランベルトが叫ぶ。

コチラの傭兵達も獲物に手をかけた。


「待てっ! 待てって!! 動くなっ!」


ガシャーン!


ランベルトに抱き寄せられたまま、胸の隙間からナギサが〈威圧〉と共に金貨を床にばら撒いた。


その奇行に、動きを止められた面々の視線がナギサに向けらる。

集めた視線をそのままに、ナギサは容赦なく床に散らばった金貨から金糸を紡ぎ、派手に光らせながら空中に魔法陣を描き出す。


頭上にクルクルと美しく光る黄金の魔法陣。


初めて見る光景に、全員の視線を集めたナギサは、バカみたいに口を開けて呆気に取られているランベルトの腕を振り解き、そのまま悠々とカウンターまで歩くと、そばにあった陶器の水差しを手に取った。

傾け眺め見たそれに難なく魔法陣を付与させ、掌の上に出した〈水の球〉を注いで満たすと、水差しを掲げてマダム・ウイロウに言った。


「死にたくなければこの水差しに入れた〈魔力水〉を定期的に飲め」

「のっ、呪いをかけたのっ!?」

「ただの〈魔力水〉よ。店の女達には必ず飲ませろ」


ナギサは スゥ と大きく息を吸って()()〈威圧〉を飛ばし、フロアの魔素をビリビリと揺らすと悲鳴のような怒号をあげた。


「死にたい奴だけが勝手に死ねよっ」


ランベルトと顔なじみの傭兵以外、そばにいた屈強な男を含む()()()()ではない男達だけがバタバタと膝をつき、苦しそうにその身を捩る中、「なに!? どうして!」と、ひとり立つ()()()()のマダム・ウイロウが辺りを見回す。


「なにこれ?」

「〈威圧〉?」

「何でオレ達だけ動けるんだ?」

「どう、やったの?」


顔なじみの傭兵達が囁きをこぼす中、ナギサは頭を抱えるランベルトに向かって言った。


「エルリック君がいない」

「はぁ?」

「エルリック君がここにはいないじゃん。エルリック君はどこ?」


ランベルトが「なぜわかる?」と言いたげに眉間にシワを寄せると、そばにいた傭兵達が口を滑らせた。


「エルリックは王都以外で娼館には来ねえよ?」


「エルリックは賭博場か神殿だ」

「賭博場?」

「賭け試合だよ」

「試合ってなんの?」


「あ、あ〜・・・もう良いだろ。帰ろう」


会話を止められ、ナギサが胡乱な視線をランベルトに向ける。

ランベルトは「だってほら、かわいそうだろ」と右手を開いて、ナギサの視線を誘導する。

フロアにいたアチラ側の男性陣が、脂汗を流しなら膝と両手を床についてブルブルと震えていた。


ナギサは顎を上げ、女主人を一瞥すると「ここに子供はいないでしょうね」と凄んだ。

マダム・ウイロウは怯えながらも「はぁ!? こんなとこにいるわけないでしょっ!」と答えた。


「じゃあ良い」


ナギサは水差しをカウンターに置くと、難なく店の外に出た。

バツが悪そうにコチラ側のメンツがついてくる。


「オイ」


そのまま歩き出そうとするナギサに、扉が閉まるのを抑えているランベルトが声をかける。


「あれ?『冷静になればそのうち解ける』んじゃないの?」


ナギサから返されたいつかの自分で吐いた言葉に、ランベルトはしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。

仕方がないので、ナギサはそのままステップに座って煙草に火をつける。

気持ちを落ち着かせるように、大きく煙を吸い込んで、透明な息を吐き出した。


途端に館の中から大きく息を吐き出す男達の声が漏れ出る。


「プハッ」

「ブハッ」

「動くっ・・・動けるぞっ」

「ちびるかとぉ・・・・・」


パタリ。と扉は閉められ安堵の喧騒が聞こえなくなると、2人の傭兵がいつもの護衛の顔で扉の前に立ちはだかった。


親指と人差し指で煙草をつまみ持ち、なるべく急いで短くなるまで吸う。大変にガラが悪い。


「何を付与した」


イライラしながら大急ぎで喫煙するナギサに、項垂れたままのランベルトが質問する。


「水を飲めば〈浄化〉されて細菌感染病にはかかりにくくなる」

「そんなっ、ヤバい物っ」

「この店の中でしか効かない」

「な、どうやっ・・・」

「付与したのは水差しじゃなくて床。だから踏まれてるうちに効力消えるかもね。知らんけど」

「はぁ?」


ナギサは、みんなが空中の派手な魔法陣に気を取られている隙に床に魔法陣を付与しただけ。と、すっかり興味を失ったかのように説明した。


人間(バカ)って光ってるものあるとそっち見ちゃうよね」


急いで吸ったせいで頭が少しくらっとする。

フッと口端を上げ自嘲気味に言い捨てると、ジッ と水滴に浸して煙草の火を消し吸殻を携帯灰皿に入れ、ゆらりと立ち上がった。


「行くけど?」

「え〜次はどこよ」

「賭博場でしょ?」

「あ〜・・・そっちは貴族がいる。場合が。ある。んだが?」

「じゃあここまででいいよ」


別にランベルトさんが一緒じゃなくていいんだ。ナギサは、さっき口を滑らせた傭兵の肩に手を回し「これからちょっと付き合ってくんない?」と誤解されそうなスカウトをかけている。


そいつが今晩ナニをしようとしていたのか忘れたのか?


ランベルトは、「散れ」とばかりに手を払って仲間の傭兵達を()()()()


「引き続き俺が同行しますよ、お嬢さん。どうか大人しくしといてくれよ」

「・・・やっぱひとりで行く」

「頼む」


歩き出したナギサの背中に、ランベルトの声がとどいたのかとどいていないのか。


「あのね、私、ウサを晴らしたいの」

「・・・なんだと?」

「耳をつんざく爆音にあわせて頭を縦に振りながら大きな声で叫んだり、棍棒を振って殴った球を遠くまで飛ばしたりしたいの」

「なに、言ってる、んだ?」

「だよね? わかんないよね?」


この世界に、カラオケやバッティングセンターがあるとは思えない。

女性が泥酔するほど酒を飲んでも、良いことなんか何にもなさそうだ。

ナギサは、うんざりした気持ちを隠すことなく大きくため息をついた。


「この国では女性はどうやって憂さ晴らしをするの?」

「そんなもんはない!」

「・・・あっそ」


この世界が暴力的なのも少しわかる。

コチラで暮らす人々は、この世界の何もかもを破壊したい衝動と、どう折り合いをつけるのだろう。


「・・・・・」


ナギサは、顔を顰めて眉間のシワをつまみ揉んでいる隣の男を見上げた。


拳だこのある大きな手についた長い指、美しい筋肉のついた腕、さっき抱かれた硬くて厚い胸板。肩から腹にかけて逆三角形の完璧なフォルム。張りのある尻と腿から連なる膝から下が長い足。筋肉質なのに背が高くシュッとしていて美しい肢体。大臣クラスの政治家のSPみたい。


不精ヒゲがはえた彫の深い顔、幅広い厚い唇の上シュッと通った鼻筋、眉尻の上がった太い眉に垂れ気味の目元が甘い顔に印象付けている。なによりそのエメラルドのような瞳。凄い。メロンソーダ色。

この人、くたびれて見えるけどお風呂に入って磨いたら、相当美しい人間なんじゃ無いか?


足元から舐めるように観察すると、緑色の虹彩が光を反射する宝石のごとく美しい瞳と目が合った。

ナギサの利き手が、ランベルトに触れようと、吸い込まれるように伸びる。


「なんだ?」

「ランベルトさんのその髪、洗ったらプラチナブロンドってやつになるのでは?」

「なんだそりゃ?」

「本物の金髪なんて見たことも触ったことも・・・」


『そりゃ黄金色は特別さ。そんなのここじゃ王族だけだろうよ』


「ギャ!?」

「なんだっ!?」

「ナイわ」

「なんだよ」

「ムリだわ」

「だからなにが?」

「全然ムラムラしないわ」

「さっきからなに言ってんだ?」


ナギサは[熊の胆亭]の女店員の言葉を思い出し、湧き上がりかけた不埒な考えに蓋をした。


「ヨシっ! 萎えたー耐えたー」

「エ、ナニ、コワイコワイ。ナニを考えてる!?」


ナギサは、煙草に火をつけると、くわえ煙草のまま歩き出した。

ここは異世界だもの。歩きタバコぐらいなんだって言うんだ。


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