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夜遊びに行きたい




「こ、こんなに?」

「慎ましく生活するなら一生働かずに暮らせますね」


ベリメールは、ナギサに魔力を注入されたランタンの灯が照らすテーブルの上、積み上げられたキラキラと光を反射する金貨を前に、[内訳書]と書かれた書類と、先の討伐で採取した[キラービーの前翅]を1枚差し出した。


「凄く、硬い・・・」

「平面以外に加工できませんが、燃え難く光を透すので、ガラスの代用で使われるのです。これ1枚が銀貨1枚」

「え?」


[キラービー]1匹の討伐で採取できる素材は、割れ欠けのない[羽]前翅2枚に、[毒袋]付きの[針]が532匹分。それに[魔石]240個。

さらに[クイーンキラービー]の分は別記になっていた。価値が大きく違うらしい。


「今回は数が多かったので『完璧な状態でのみ』とことづけたのですが。いやはやむしろ選別に苦労したようで。ほぼ全ての死骸が内臓の一部がわずかに損傷していただけと聞きましたよ」

「え? 頭部破損じゃなくて? 心停止、いや背脈管か・・・気門?」

「ハイミャクカン?」

「蜂の心臓のような、酸欠ですかね・・・」

「ほう。キラービーにも心臓があるのですね。それではいつかの[心肺蘇生]とやらで生き返すことも?」

「いえ、虫は[心肺蘇生]できません・・・あれ? わかんないな。私はできません」

「それは残念。[毒袋]を鮮度の良いまま、と、思ったのですがね」

「・・・・・」


ナギサは、それなら[冷凍]すれば。と、口から出かかり飲み込んだ。

冷凍して品質が保てるか知らないし、考えるのも面倒になった。[毒袋]なんて何に使うのやら。それよりも、今問題なのはこの目の前にこんもりと重ねられた金貨だ。と頭を振った。


「大商人は普段からこんなに持ち歩いているのですか?」

「まさか。金貨は商業ギルドに預けているのですよ。今のナギサ殿には手持ちも必要かと思ったのでご用意しただけです」


ベリメールは、笑顔を崩さず「普段はこちらを使うのですがね」と、A4用紙ほどの書類を差し出した。

なるほど。やはり大量の金貨のやり取りは現実的では無い。

普段は[証文]、商人ギルドに持ち込めば現金化できる、手形や小切手を利用しているようだ。

金額もさることながら、そのシステムに驚きを隠せないナギサに、ニコニコ顔のベリメールが目を細める。


「意外ですか?」

「まさか信用取引とは・・・あ、いいえ」

「もちろん貴族相手だけですよ」

「・・・ありがとうございます・・・すみません」


そんなつもりはなかったが、顔に出ていたようで、ナギサは頭を下げつつ、テーブルの上の金貨を鑑定解析(よくみ)た。


「金貨、635枚?」


ナギサは[内訳書]をもう一度見る。

金額こそ[J35,000,000]三千五百万ジェンだが、金貨にしたら[35枚]なはずだ。


「600枚多くないですか!?」

「おや、数えるのがお早い」


ベリメールは、ティーカップを置いて両手を組むと「魔法の付与代ですよ」と優雅な笑みを向けた。


「コチラは書類に残しませんが、なんらかの証文が必要ですか?」

「あ〜・・・大丈夫です」

「ではコチラにサインを」


そして差し出された書類は[素材買取][金貨35枚]の[受取証書]だった。

ナギサは、このただのサインにもなんらかの[魔法的効力]があるのだろう。と黙ってサインする。


「ナギサ殿は、商業ギルドへのお預けは不要ですよね?」

「そう、ですね・・・」


ナギサは、リュックのジッパーを開け、丁寧に金貨を掴み入れた。

後で他の硬貨と同じように[収納]に移し替えよう。と、金貨を掴んではリュックへ。掴んではリュックへ。と繰り返していると、それまで黙っていたランベルトが、呆れたようにため息をつく。

仕方ないじゃん。と、ナギサが睨み返すと、ベリメールが割って入った。


「それで、お話というのは?」

「あ〜、えぇっと・・・これからちょっと出かけますので、カイル達の事、お願いします」


「は?」

「あ?」


ナギサの申し出に、ベリメールは表情を変えずそのままの笑顔だったが、ブランドンとランベルトはあからさまに怪訝を呈した。

ナギサは「では、そうゆうことで」と、そそくさと席を立つ。

が、扉の前に起立していたブランドンがそっと分入り、少しだけ身体を傾けて、ナギサの向こう側、残されたベリメールとランベルトを見た。その眉尻は見事に八の字に下がっている。


「どちらに?」

「社会科見学に、行きたいのです」


「シャカ、なんだと?」

「夜の街の様子も知りたいのですが、どうせ『女は夜出歩くな』って言うでしょ?」


「ナギサ様・・・」

「ブランドンさん。私、どうしても行きたいの。通していただけないのなら窓から出ます」


相変わらず考えの読めないベリメールと、否定しかしないランベルトは無視して、とりあえず、目の前の困り顔の男の耳元で囁いてみると、予想外に手首をがっしりと掴まれた。


「どうしました? ブランドン!」

「引かねば『窓から出る』とっ!」

「わかったわかった。俺が同行する」


驚いて名を呼ぶベリメールに答えたブランドンの剣幕に、やれやれと立ち上がったランベルトを制するようにナギサはため息をついて真顔で質問した。


「はぁ。酒場に行きたいだけなんだけど?」

「なんだ? 酒が飲みたいのか?」

「それならこの下でも良いじゃないですか」


呆れたようなランベルトの問いに、ブランドンが心配そうに引き止める。

そんなに危険なことをしようとしてるんだろうか? と、ナギサはブランドンに視線を戻して質問した。


「あの、そんなに心配されるのって、具体的に何がそんなに危険なんですか?」


そんな意味もなく殺されるのだろうか? 強盗? 酒場のような人目のある場所でも? 店までの経路か? 確かに夜の食堂には、なんと各テーブルに[オイルランプ]があったのだ。[ランプ]といっても、石製のお猪口に飲み口をつけたような器に入った獣脂に芯が浸してあるだけの[ランプ]とも呼べないような簡素な作りだ。

これじゃあ取り扱いが危険な上、その周りしか照らせていない。

ナギサは、だからあの照明器具(ランプ)は、蓋つきのグレービーボートの形をしていたのだな。と感嘆と共に膝を打ったが。


そんなものすら無い夜道はもっと暗いのだろう。でも、少なくとも男性なら何の心配も無く飲み歩いているのだろう? 貞操か? ガッとより暗がりに引きづり込まれて、痴漢とか性暴力が危険で危ないのか?


答え難そうにそろって同じ表情を作るオッサン達に、ナギサはハッキリと言い放った。


「相手が人間なら大丈夫です」

「はあ!? 何が大丈夫だって言うんだ!?」

「殺します」

「え!?」

「は!?」

「襲われそうになったら躊躇しないで殺しますので」


「・・・なるほどっ」


驚くブランドンとランベルトとは別に、ベリメールの口から妙に高い声が漏れたが、彼だけは納得したようだ。


「いい、俺も行くよ。それで良いだろ」

「大丈夫なのに」


ランベルトがポンとブランドンの肩を叩くと、やっと掴まれていた手が離された。

ナギサがチラリと窓に視線を向けると、ギュ とブランドンの眉間に皺がよる。


「冗談です」

「シャレにならん。行くぞ」


ナギサは ペコリ とブランドンに向かって会釈すると、ランベルトと一緒に扉から部屋を出た。


「ブランドンさんは真面目ですねぇ」

「あまり揶揄ってやるな」

「ランベルトさんはホントめんどくさそう」


ナギサの軽口に、ランベルトは大きくため息をついた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「で、どうすんだ?」

「他の傭兵さん達がいる宿に行きたいのです」

「・・・それは、無理だ」


宿屋を出て早速行く先を否定されたナギサは「だからひとりで行きたいのに」と言う言葉を飲み込んだ。


「娼館、ですか?」

「・・・・・」

「女性は利用できないんですか?」

「・・・できるわけないだろ」

「お風呂無いかなぁって思っただけなのに・・・」


月明かりの下、意外と明るい夜の道を、目的もなく歩き出したナギサについてくる形で、項垂れたランベルトは、自分の眉間のシワを指で揉みほぐしながら歩いている。


「風呂に入りたいのか?」

「入りたいっていうか、見たい? どんなんなってるのかなぁって」

「風呂は無い」

「ウッソだぁ」

「無い」

「・・・じゃあどうやって・・・無いのかぁ不衛生だなぁ大丈夫なのそれ?」


バーサの家にお泊まりした時も家にお風呂のような設備は無く、濡れた布で体を拭くだけだと教えられた。

それが“お商売”する場所でもそうなのかと愕然とする。

衣類が貴重な世界で、微力かもしれないが、清潔な流水にはそれだけで浄化の効力がある。お湯に浸かる習慣が無いのだとしても、あんまりじゃ無いか。


「湯浴み、せめて水浴びしたりしないんですか?」

「平民の暮らす場所にそんなもんは無い」

「貴族は?」

「城や豪邸でも無い限り風呂が家屋内にある家など無い」

「ランベルトさんちにはあった?」

「・・・・・」

「んでコトが済んだあとでも、メイドさんとかに頭とか身体洗ってもらうの?」

「・・・・・」


「・・・無理やりついてきておいて無視はないんじゃない?」

「お嬢さんが答え難いことを聞くからだろ!?」


そんなに答え難いことを聞いているかな? ナギサは足を止めてランベルトに視線を合わせて言った。


「私、成人してるって言ったよね?」

「それが何だ?」

「・・・処女だと思ってる?」

「なっ!?」

「一通り経験済みですのでお構いなく」

「まさかっ!? 結婚しているのか!?」

「・・・そうきたか」


ナギサは両手の指先を額に当てて項垂れると、少しだけ考えてから顔を上げ真っ直ぐに見つめ返して口を開いた。


「ランベルトさんだって、結婚してないのにそうゆう事はしてるでしょ?」

「男と女は違うだろ!?」

「へぇ違うんだ?」

「な、な、何を言っているんだ!?」


「お相手は男性?」

「そんなわけっ・・・」

「ね。どっちがおかしなこと言ってんだ? って話よね」


二の句の告げられぬランベルトに、責めるつもりはない。と小首を傾げたナギサは、ハッとした表情で質問した。


「・・・って、ねぇ、エルリック君もそんなとこに泊まってんの?」

「・・・・・」


「マジか。お風呂が無いなんて不潔極まりないし病気の感染とかどうなってんだろ」

「病気の、カンセン・・・」

「そうゆう行為でうつる病気があるんですよ。不特定多数の、愛のない相手との性行為には必ずリスクがあるんです。知らないの?」


ナギサが、あからさまに嫌悪の表情を向け「周知されてないとか最悪だな」と悪態をついた。


「どんな、病気があるんだ?」

「多くはウイルスや細菌感染。体液や諸々が粘膜や傷口を通してうつる。これは避けられない。死に至る病だよ。でも、相手が愛してる人なら違うでしょーよ。心情が」


「サイキン?」

「人体に有害な目に見えない小さな微生物や菌よ。ここでは毒や呪いと勘違いされてるんじゃない? ポーションで治るの?」

「解毒や解呪ポーションならある。だが、ポーションでは病は治らないと、されてる・・・」

「でしょうね」


ナギサは「原因不明だもんね。適切な処置がされているとは思えない」と、吐き捨てるように言った。

そして、避妊については考えたくもなかった。

チキン照り焼きサンドを頬張っているレンとリリーの姿が脳裏を掠める。


「運が良かったわね」

「・・・運、なのか・・・?」

「お相手もそうだと良いわね」

「・・・・・」


男と女は違うと言い放つ口のついた頭で、その相手に対する配慮が無いのが呆れて言葉も出ない。

はたしてその“お相手”は、死に至る病では無いにしても、貴族より栄養状態の良い相手だっただろうか。相応の免疫力や体力を維持できる財力や環境が整っている相手だろうか。

ナギサは、〈浄化〉をかけたバーサとマリーがいた村に思いを馳せる。


「女性には生きにくい世の中なのですね。本当に」


ナギサは「()()の私に対する配慮はどうでもいいからとりあえずその場所に連れて行け」とランベルトに言った。

睨み合った後、眉間にシワを寄せたまま無言で歩き出したランベルトについて行く。


30分ほど歩いただろうか。

宿屋とそう変わらない建物の前で「ここだ」と項垂れたランベルトは、ー数段のステップを上がって数秒立ち止まり息を大きく吸うと、意を決したようにドアノブに手をかけた。




[素材買取の内訳]

[キラービー]

 羽・前翅: 銀貨1枚 532枚×2

 針   : 銀貨1枚 532本

 毒 袋 :大銀貨1枚 532個

 魔 石 :大銀貨1枚 240個

 討 伐 :      532匹

         計:金貨10枚

[クイーンキラービー]

 羽セット:金貨5枚

 針   :金貨10枚

 毒 袋 :金貨10枚

         計:金貨25枚

        合計:金貨35枚


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