第3節「暗躍する影(2)」
「で、その婚姻契約の魔法っていうのは、どういう魔法なの?」
エドマンド必死の説得の末、どうにかステイシーたち三人の誤解が解けた後。
久々に自分が知らない魔法と出合い、気になって仕方がないらしいステイシーは、少し食い気味でコリンズにそう尋ねた。
「そうだな、まず私たち獣人にはどういう原理かはわからない、という前提で聞いてくれると助かる」
獣人は本来魔法は使えない。
しかし、例外として婚姻契約の魔法は使える。
そのことについて、そもそも魔法の基礎の知識もあやふやな獣人たちは、とにかく使える、ということと、使うとどうなるか、ということしかわからないのだ。
「わかった、それで婚姻契約の魔法を使うと何が起こるの?」
「私たち獣人が最も重要だと考えている効果が、能力の共有だ」
能力の共有、というからには、魔力や筋力などを共有する、ということだろうか?
ただ、筋力は筋肉量に依存するものであり、共有しようにも無理だろう。
おそらく、魔力に関する能力を共有する、ということではないだろうか。
「もしかして、さっきエドがジョサイアとかいう獣人と戦った時とか、私を攻撃した時とかに、突然強くなってたのって……」
エドマンドが突然強くなっていたのも、コリンズとの能力の共有によって、身体強化魔法を扱う能力が向上した結果だとすれば説明がつく。
「ああ、その通りだ。私の能力を共有したことで、エドの力が増したんだろう」
「どういう原理なんだろう……って、コリンズちゃんはわからないんだったね」
能力の共有、という効果の実態が、魔力とそれを使用する能力の共有だということはわかったが、それがどのようにしてなされているかは、未だわからない。
「すまない……」
申し訳なさそうに謝るコリンズ。
「いいっていいって、気にしないで。それで、他に何が起こるの?」
「そうだな、後は大したことじゃないが、知識の共有とかだな」
知識の共有、というと、正確には記憶の共有、ということだろうか?
「それは大したことじゃないと思うけど……だからさっき獣人の婚姻契約の魔法についてエドが説明できたってことか」
それが本当なら、先ほどエドマンドが婚姻契約の魔法の手順について説明できたことにも納得がいく。
しかし、エドマンドはジョサイアを知らなかったように見えた。
記憶の共有ではなく、知識の共有、と言われている理由がそこらへんにあるのかもしれない。
つまり、相手には教えてもよい、あるいは、相手に教えよう、としたこと以外は相手と共有されない、など何らかの条件があるということなのだろう。
「そういうことだ。後は、そうだな、互いの位置がわかるとか、相手のお願いを聞きたくなるとかそんな効果もある」
お互いの位置がわかる、という効果はエドマンドとコリンズの間ではまだ使われていないが、相手のお願いを聞きたくなる、という効果は、先ほどコリンズの呼びかけでエドマンドがステイシーを攻撃したのがそれだろう。
「ふーん、なるほど。ずいぶんいろいろな効果があるんだね」
興味深そうに、うなずくステイシー。
魔法を極めたつもりでいた彼女だったが、世界にはまだまだ知らない魔法があることを知り、悔しくもあり、楽しみでもある、そんな気持ちだった。
「コリンズちゃん、それって解除できるんですか?」
解除する、しないの話を、すっかり忘れ、婚姻契約の魔法について考察し始めてしまったステイシーは、カリサの言葉で本来の目的を思い出した。
「もちろん可能だ、と言いたいところだが、実は私は解除の仕方は知らないんだ」
解除の方法が存在することはコリンズも知っていたが、その方法までは知らなかった。
しかし、それも仕方のないことだった。
なぜなら、ヴォルペ族の掟では原則離婚してはならないからだ。
婚姻契約の魔法を解除する、ということは、すなわち離婚する、ということ。
そして、ヴォルペ族では離婚が禁止されていること。
以上二つの要素の結果、ヴォルペ族の中で育ったコリンズは、「離婚=婚姻契約の魔法の解除」を見たことがないのだ。
「え? じゃあどうするのよ?」
魔法を使う時は、その解除法まで知っておくこと、というエルフ流の魔法教育を受けてきたニルダは、てっきりコリンズが解除法まで知ってると思っていた。
「そうだな、どうしようか、エド?」
どうするのか、と言われても、知らないものは知らないのだから仕方がない。
困ったコリンズはエドマンドに話を振った。
「いや、俺に聞かれても……」
コリンズと知識の共有をしているに過ぎないエドマンドは、当然のようにコリンズが知らないことは知る由もない。
そしてエドマンド自身の知識にしたって、魔法に明るいニルダが知らないことを、知っているはずもなかった。
「君と私の問題だろう?」
普段なら、いやコリンズのせいだろう、と返すところだが、今のエドマンドは、婚姻契約の魔法の効果でその発言をすんなり受け入れてしまう。
「うーん、そう言われてもなあ……そもそも解除しないとだめなのか?」
そもそも、今のエドマンドには、この婚姻契約の魔法を解除しなければならない理由がよくわからなかった。
強くなれたのだし、特にこれといって問題も出ていないし、このままでもいいのではないだろうか?
「エド君がいいならそれでもいいですけど……でもエド君、今コリンズちゃんの事好きなんじゃないですか?」
気のせいかもしれないが、少し不機嫌そうに、カリサはそんなことを聞いてきた。
「そうだな、好きだ。愛してる、と思う」
その問いに、エドマンドは即答する。
それと同時に、なぜコリンズが好きなのか、いつからコリンズが好きなのか、なぜ愛しているとさえ思っているのか、その全てが曖昧であることの気がついた。
「その感情は、コリンズちゃんの話は本当なら、魔法によって作られたものなんですよ?」
カリサの言葉を聞き、エドマンドはようやく違和感の原因に思い至った。
なるほど、確かに魔法の作用で作られたものならば、いつから好きなのかも、なぜ好きなのかもわからなくて当然だ。
「……そうか、そういうことになるのか……」
ゆっくりとそう言ったエドマンドを見て、カリサは少しホッとした様子だ。
実は、そんなことはどうでもいい、俺は俺としてコリンズが好きなんだ、などど言われてしまったらどうしよう、とカリサは内心心配していた。
なぜそう思っているのか、カリサは今ひとつわかっていないようだが……。
「そうです。それでもいいんですか?」
それでもいいか、と聞かれると、どう答えたものかエドマンドにはわからなかった。
今の気持ちが作られたものだとしても、今のエドマンドは今のエドマンドで間違いなくコリンズのことが好きなのだ。
客観的に作られた感情だと言われても、エドマンドの主観では、自分の気持ちであることには変わりない。
「それは……」
結局、エドマンドはすぐに答えることはできなかった。
幸い、ステイシーが話を変えてくれたので、エドマンドがカリサからそれ以上なにか言われることはなかった。
しかし、エドマンドはしばらくそのことに悩まされていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
婚姻契約の魔法について、その内容はやっと明らかになりまして、なぜエドマンドが突然強くなったのかもわかりましたね。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




