第2節「狸と狐(6)」
「で、何をしたか説明してくれるかな、コリンズちゃん」
ジョサイアが姿を消した後、隣の空間から現れたステイシーの第一声がそれだった。
声音やそこから醸し出される雰囲気は、いつものステイシーと変わらず、明るく気さくなものだ。
しかし、不思議とステイシーのその問いかけには拒絶を許さない圧力があった。
実際、問いかけられたコリンズは、その瞬間背中に嫌な汗をかいていた。
「……な、なんのことだ、ステイシー」
しばしの沈黙の末、コリンズは絞り出すようにそう返す。
その言葉に、ステイシー静かに、そしてゆっくりとコリンズとエドマンドの方に歩いてくる。
そしてコリンズの顔を覗き込み、ニッコリと笑った。
「嘘はつかないほうがいいよ?」
可憐な笑顔と可愛らしい声に、相手の背筋を凍らせる迫力込めて、ステイシーはコリンズに迫る。
「……っっっ、エドっ!」
堪らずエドマンドに助けを求めるコリンズの声に、エドマンドは考える前に体が動いていた。
次の瞬間、エドマンドの基礎術式剣・五がステイシーに振り下ろされる。
理由は不明だが、強くなっている今のエドマンドの一撃は、巨岩を破砕しうるほどの威力だ。
いかなステイシーといえど、ただでは済まないだろう。
そう思いながらも躊躇うことなく打ち込んだエドマンドは、自分の見立てがいかに甘いものだったか、ということを思い知らされた。
「はあ……コリンズちゃんねえ? 流石にこれは気がつくでしょう?」
呆れた様子のステイシーのすぐ上には、不可視の障壁に阻まれ静止した、エドマンドの基礎術式剣・五があった。
エドマンドがステイシーを殺してしまうかもしれないとさえ考えた一撃は、ステイシーが定期的に発動し、基本的には常時発動するようにしている白属性の防御魔法、物理障壁によって、難なく防がれていたのだ。
「……」
その事実に、エドマンドは悔しいと感じるとともに、どこか安心していた。
そもそもなぜ、自分はコリンズに言われるまま、ステイシーを攻撃したりしたのだろうか?
さらに不自然なのは、なぜコリンズが自分の名前を読んだだけで、コリンズがステイシーを攻撃することを望んでいるとわかったのだろうか?
「エドはこんなに強くないし、普通に考えて、いきなりここまで強くなることなんてありえない。それに加えて、なんだか最近コリンズちゃんと仲がいいと思ってたら、エドまで変なこと言い出すしさ? これでコリンズちゃんを疑わないようがおかしいでしょ?」
ステイシーの声は、相変わらずどこか底冷えする迫力があった。
そのプレッシャーを間近で受け、とうとう耐えかねたコリンズは白旗を揚げる。
「…………仕方ない、か。わかった、全て話そう」
ここで死ぬのはごめんだと、コリンズはステイシーの要求を受け入れる。
「うん、そうしてくれると助かるよ」
そう言うとステイシーは、その危ないオーラを消す。
コリンズからぴょんと跳んで離れたステイシーは、
「もうちょっとコリンズちゃんが粘るようなら、エドを一度殺してでも、コリンズちゃんがかけた何かの魔法をエドから取り除かないといけなかったからねー」
などと物騒なことを言う。
コリンズの返答次第で殺された上には蘇生させられるところだったと知り、エドマンドの頬を冷や汗が流れた。
実はそんなことをしなくても、カリサの拘束具を破壊する前に使用した魔法、全魔法消去をエドマンドにかければ済むことを知っているカリサは、苦笑する。
(エドくんとコリンズちゃんが急に仲良くなったのが面白くなかったのかもしれませんね)
そういうところは子供っぽくて可愛らしい、と本人に言ったら怒られそうなことをカリサは考えていた。
「じゃあ、早速話を、と行きたいところだけど、ニルダちゃんのお腹の虫がうるさいみたいだし? 先に夕食にしようか」
あまりの不意打ちに、隣の空間にいたはずのステイシーにまで聞こえていたのか、とニルダは顔を真っ赤にする。
「ス、ステイシー!」
恥ずかしさのあまりそう叫んだニルダが、後に、ステイシーがダンジョン「幼子の遊び場」の管理者であり、内部で起きたことは殆ど全て把握できるだけというで、別に岩の壁を超えて隣の空間までお腹の音が聞こえていたわけではないことを知り、もう一度恥ずかしい思いをすることのなるのだが、それはまた別のお話。
*
「さて、じゃあ話を聞く前に、いくつか確認するよ?」
夕食後、エドマンド、ステイシー、コリンズ、カリサ、ニルダの五人は、地面からせり出した大きな円卓を囲んでいた。
皆の視線は、コリンズとその隣のステイシーに向けられている。
「それは、魔法なんだよね?」
ステイシーは、ステイシーから見てコリンズの反対側に座るエドマンドとの間を指差す。
一見して何もないその空間だが、見る者が見れば、魔力の流れがあることの気がつくだろう。
「ああ、魔法で間違いないらしい」
コリンズの口調は、自分で行使した者にしては確信がない様子だ。
「らしいって……、まあいいや、じゃあどうしてそれ、つまり魔法を獣人であるコリンズちゃんが使えるの?」
とりあえずコリンズの言い方については放置することにしたステイシーは、最も気になっていたことの一つを尋ねる。
「それは、すまない、私もよくわかっていないんだ。ただ―――」
そこで、コリンズは言葉を一度切り、恥ずかしそうにうつむく。
「ただ?」
先を促すステイシーの言葉に、コリンズは大きく頭を振ると、意を決して続ける。
「獣人族では、男性の求愛に女性が応じることで、この魔法が発動する、とされている」
顔を真っ赤にして言い切ったコリンズから、一同の視線は一気にエドマンドへと移る。
「いやいやいや、そんないかがわしいことはしてないぞ!」
ジト目でこちらを見る女性陣に、エドマンドは慌てて否定する。
「「「ほんとに〜?」」ですか?」
三人が三人異口同音にエドマンドを問い詰める。
自分のあまりの信用のなさに、エドマンドは少し悲しくなった。
「本当だって、なあコリンズ?」
「…………」
同意を求められたコリンズは、恥ずかしそうに目をそらすだけで、何も言わなかった。
その行動が、三人の疑いをより深める。
「エド、君って結構最低な奴だったんだね」
冷たくそう言うステイシー。
「ええ、全くです。もう少し甲斐性のある男の子だと思ってたんですが」
失望した様子でそう言うカリサ。
「こんな男のところに、私の可愛いカリサはおいておけないわ」
エドマンドに非難の目を向けながらそう言って、カリサの肩を抱くニルダ。
と、ステイシーたちは三者三様にエドマンドを非難する。
彼女たちに、獣人において男性の求愛とは女性の頭を撫でる事であること。
その男性の求愛に対して女性側が了承を示す行為が、男性に頼んで女性自身の頭を撫でてもらう事であること。
なので、エドマンドはコリンズに対して何もいかがわしいことはしていないこと。
これらを説明し、三人の誤解が解けるまでには、かなりの時間を要したのだった。
読んでいただきありがとうございますございます。
やっと伏線が回収できました。
今回の部分の伏線は、第25部分にありますのでよろしければ。
ちなみに、獣人の文化に詳しくなかったはずのエドマンドが、どうして説明できたかの、については次回以降で明らかになります。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




