第2節「狸と狐(4)」
「どうしたんだ、二人とも」
まだ少し夕食には早い時間だというのに、どこかそそくさと夕食の準備だと言って出ていったステイシーとカリサに、エドマンドは少し違和感を覚える。
「なにか変だった?」
そういうニルダは、特に何も感じていないらしい。
エドマンドが考えすぎなだけだろうか?
「いや、なんでもない」
言われてみれば何がそんなに気になったのかもわからなくなり、エドマンドも気にしないことにした。
「そう? まあいいや、それよりコリンズさん、その婚約者についてもうちょっと詳しく教えてくれる?」
エドマンドからコリンズに視線を移したニルダは、件の迷い人の紙とピラピラと振る。
「わかった。まず、私たちの部族、ヴォルペ族と、私の婚約者の部族、マルダーフント族が長い間対立しているのは知っているか?」
「うん、私は知ってる。お父さんから聞いたしね」
流石はエルフ族長の長女。
他の亜人種の事情にもある程度知識があるようだ。
一方のエドマンドは、
「すまん、さっぱりわからん。そもそもマルダーフント族ってのは何なんだ?」
という発言からもわかる通り、ほとんど何も知らない。
もっと言えば、獣人などコリンズくらいしか知らない。
「やはりか……。そうだな、まず、私が狐の獣人だというのは大丈夫か?」
「流石にそれくらいはな。見たらわかるし」
コリンズの、金色の毛並みの狐耳と狐尻尾を見ながら、エドマンドは答える。
流石にこれで、コリンズが狐の獣人だとわからない者はいないだろう。
コリンズも、これは確認のつもりだったのだろう。
小さく頷いてから、説明を続ける。
「では次だ。私の様な狐の獣人はヴォルペ族というんだ。そして私たちヴォルペ族の他にも、様々な動物の耳や尻尾を持った部族が存在する。その総称が獣人、というわけだ」
「ってことは、狐以外にも、犬とか猫とかの獣人がいるってことか?」
コリンズの言っている通りなら、多種多様な獣人がいることになる。
その中に当然、犬や猫の獣人もいるだろう、とエドマンドは思ったのだが……。
「そうだな……まあ大雑把に言えばそんな感じだ」
コリンズが苦笑しているところを見ると、どうやら厳密には違うらしい。
話が逸れそうなので、とりあえず今は気にしないことにした。
「じゃあ、マルダーフント族ってのは、狸の獣人なのか?」
そう言ってエドマンドは、迷い人の紙の下の方、マルダーフント族族長と書かれた横の狸の意匠を指差す。
「そうだな、マルダーフントは狸の獣人だ」
つまり狐と狸の仲が悪い、ということか。
異世界だというのに、妙に日本的な対立関係だな、とエドマンドは思った。
「そういえば、どうしてヴォルペ族とマルダーフント族は仲が悪いの? それはお父さんも教えてくれなかったんだけど」
エドマンドとコリンズの話に、ニルダが入ってくる。
ニルダも当事者ではないためか、ヴォルペ族とマルダーフント族の対立関係は知っていても、その原因までは知らないらしい。
「それが……恥ずかしいことに、よくわかってないんだ」
ニルダのもっともな問いに、コリンズは少し呆れた様子でそう答えた。
その表情には、自分の部族に対する諦めの色が見える。
「よくわかってないって、それはまた難儀ね」
ニルダたちエルフとダークエルフの対立の原因は、明確だ。
それは、人間に対する接し方の違い。
過去のエルフに対する一方的虐殺に目を瞑り、人間と共存することを選んだのがエルフ。
過去のエルフ対する一方的虐殺を決して許さず、人間を殲滅することを選んだのがダークエルフ。
こうした考え方の違いが、エルフとダークエルフの対立軸となっている。
だからこそ、ダークエルフの出方もわかるし、両者が気をつけていれば不意の衝突も防げるのだ。
まあ、カリサの誘拐に始まる前回の件のように、例外がないわけではないが……。
「だろう? だからこそ私の父は、結ばれようとしている和平を完全なものにするため、私をマルダーフントの族長の息子に嫁がせようとしているんだろうがな」
コリンズから始めて聞いたときにも思ったが、これほどわかりやすい政略結婚もないだろう。
つまり、対立するマルダーフントとこ和平の道具に、コリンズが利用された、ということだ。
なぜだろう?
エドマンドは今まで感じたのはことのないほどの怒りを感じた。
そして同時に、自分がコリンズを守らなくては、という決意が生まれる。
いや、改めて決意する?
そんな微妙な違和感に気をとめる前に、エドマンドは自分の気持ちを口にしていた。
「まあ、安心しろって。コリンズは俺が守るからさ」
そう言ってコリンズの頭に手を置くと、エドマンドの心は自然と安らいだ。
「おっ、エドマンド君も言うようになったじゃない〜」
ニルダが楽しそうにニヤニヤしながら、エドマンドのことをからかう。
これまでなら否定していたはずのエドマンドだが、恥ずかしさもあるものの、嬉しさの方が大きかった。
「そ、そりゃそうだろ? コリンズは俺のものだからな」
少し顔を真っ赤にしていうエドマンドの隣で、コリンズはそれ以上に顔を真っ赤にしてうつむいている。
「はいはい、ごちそうさま〜」
その様子に、ニルダはやや呆れたように笑いながら、ヒラヒラと手を振る。
そこで、どこからか「きゅうぅぅ」という可愛らしい音が聞こえてくる。
その音の方に目を向けると、恥ずかしそうにもじもじするニルダの姿があった。
「ニルダ、おなか空いたのか?」
エドマンドのその言葉に、ニルダは耳まで真っ赤にしてうつむいたと思ったら、すぐに顔を上げる、
「だって、今日まだ何も食べてないんだもん!」
と自棄になって叫ぶ。
「だもん、ってお前な……」
ニルダの意外に子どもっぽい一面に、エドマンドはやや呆れながらも、少し親近感を覚えた。
「いいじゃん、別に……私だってまだまだ成長期なんだから!」
カリサの手前、お姉さんとして振る舞うことの多いニルダだが、人間に直した年齢は十六、七なのだ。
まだまだ子供、ということなのだろう。
「エド、君のさっきの発言はデリカシーに欠ける。謝るべきだ」
コリンズまでニルダに味方する。
どこか釈然としない思いだったが、エドマンドは謝ることにした。
「ニルダ、その、ごめんな?」
謝るエドマンドから、ニルダは顔を逸らす。
「ふんっ、別に怒ってないし!」
怒ってるじゃないか、と思ったエドマンドだが、さっき思ったことをそのまま口にしてこうなっているので、ここはぐっとこらえることにした。
「もうちょっとでステイシーたちが夕食を持ってきてくれるはずだか―――」
しかしエドマンドの言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら、
「見つけたぞ! コリンズー!」
という、どこからか聞こえたその声とともに、ダンジョン「幼子の遊び場」に響いた轟音によって、遮られたからだ。
ダンジョン「幼子の遊び場」の外壁が破壊されたことによる土煙の向こうから、丸い耳に先の丸まった尻尾の恰幅の良い影が、ゆっくりとこちらに歩いて来ていた。
読んでいただきありがとうございます。
やっとコリンズの婚約者が(影だけですが)登場しましたね。
次回は戦闘シーンになると思うんですが、もしかしたら、今回登場した婚約者視点で「幼子の遊び場」に来るまでの話になるかもしれません。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




