第2節「狸と狐(3)」
「獣人が普通の魔法を使えるか、ですか?」
あまりにも当たり前のことを聞いてきたため、カリサは思わずオウム返しに聞き返してしまう。
「うん、どう思う?」
そんなカリサにステイシーは苦笑する。
確かに、こんな魔法を習い始めて最初に教わるようなことを聞かれれば、なにか裏があると疑ってしまうのも無理はないだろう。
「できない、と思いますけど……」
疑ったところで、カリサの知る限り、獣人は普通の、正確には身体強化魔法以外の魔法を、使えない。
身体強化魔法以外の魔法を使える獣人など聞いたことがなかった。
なので結局、カリサは当たり前の答えを返すことしかできなかった。
「だよねー……カリサちゃんなら、もしかして知ってるかもしれない、と思ったんだけどなー……」
ステイシーは再び苦笑する。
そしてしばらくの間、なにかを考えるように目を瞑ってから、ゆっくりと話し始めた。
「結論から言っちゃうと、さっきあそこにいたみんなに対して精神干渉系魔法を行使してたのはコリンズちゃんみたいなんだよね」
その語り口は先ほどまでの半信半疑といった雰囲気ではなく、はっきりとしたものだった。
おそらく、先ほど目を閉じていたのは、もう一度、魔法探査を行使して確認していたのだろう。
「え?」
ステイシーは、確信を持って発言しているのだろう。
そのことはカリサにもよくわかった。そうは言っても、カリサはそう簡単に納得することはできない。
「本当にコリンズちゃんが、ですか?」
そう尋ねずにはいられなかったカリサに、ステイシーはしっかりと頷いて返す。
「本当だよ。私もまだ信じられないけどね」
何度も確認し、事実としてコリンズが精神干渉系魔法を行使している事を認めざるを得ない状況になってなお、ステイシーは完全に信じることができないでいた。
「ですよね。ステイシーちゃんが嘘をつく理由もないですし、私も信じたいとは思いますけど……でも、獣人のコリンズちゃんが、精神干渉系魔法を使ったっていうのは……」
それはあまりにも突拍子もない、というか、常識外れ、というか、とにかくありえないことなのだ。
獣人は「筋肉の魔力効率が高い」、と以前コリンズがエドマンドに説明していたが、それは正確ではない。
魔法に明るくない獣人たちの理解なので、仕方がない面もあるが、正確には「筋肉の魔力効率が高い」ではなく、「身体の魔力反応速度及び筋肉の魔力効率が高い」だ。
まず前提として、人の体には魔力が存在する。
それは亜人種である獣人やエルフであっても例外ではない。
そして、人の体内の魔力というのは、不活性状態で全身に均等に存在する。
これを活性状態にして移動させ、一箇所に集めて外部に干渉する行為が、一般に魔法と呼ばれるものの正体だ。
しかし、身体強化魔法は少し違う。
身体強化魔法は、自身の身体能力を強化する魔法なので、外部に干渉しない。
結果として、魔力を一箇所に集める必要がない。
これらのことが、獣人が身体強化魔法しか使えないことと深く関わっている。
つまり
「普通に考えれば無理だよね。獣人の体じゃ、魔法を発動できるだけの魔力を、集める前に、身体強化魔法に変わっちゃうはずだし」
ということだ。
今ステイシーが言った通り、獣人は魔法を行使するために魔力を一箇所に、例えば補助としてワンドを使う場合はワンドとそれを持つ手の間に、魔力を集める前に、身体強化魔法に変わってしまうのだ。
例えば、獣人の体で、脚にある魔力を魔法行使のために手まで移動させる場合を考えてみよう。
獣人の体は、極めて魔力に対する反応速度が早い。
そのため、体内の魔力を集中するために、魔力を不活性状態から活性状態に変化させた時点で、脚にその魔力は反応してしまう。
そして獣人の筋肉は魔力効率が高いため、ごく少量の魔力でも、活性化したその時点で、身体強化の効果を発揮する。
結果、魔力は手に集まることなく、脚を強化することになるのだ。
このような理由から、獣人は身体強化魔法は以外を使うことはできない。
ついでに言うと、魔力を暴走させる強制魔力暴走も、獣人には効果がない。
「じゃあどうやってコリンズちゃんは魔法を使ってるんですか?」
「私も詳しくはよくわからないんだけど、どうもエドを一緒に使ってる? みたいなんだよね」
「エドくんと、ですか?」
エドマンドと一緒に魔法を行使しているとは、いったいどういうことだろう。
その方がより難しい気がするのだが……。
「うん、私もよくわからないけど、エドとコリンズちゃんの間が魔法の発生源みたい」
「どういうことなんでしょうか?」
「さあ? 私にもさっぱりだよ。なにか獣人だけしか使えない魔法とかがあるのかもしれないね」
ステイシーもカリサも知らない、獣人だけの魔法とはどんなものなのだろうか?
最近のコリンズに何か特別な、それこそ魔法を使うための準備になりそうな何があっただろうか? と考えている内に、カリサはある事を思い出した。
直接魔法と関係しているとは思えないが、コリンズがエドマンドと一緒に魔法を行使しているのであれば、無関係ではないだろう。
「もしかして、それがコリンズちゃんとエドくんが最近特に仲良くなったのと関係しているんでしょうか?」
カリサが気がついた最近変わった事、というよりは、エドマンドから相談されて知った事なのだが、どうにも最近のコリンズはエドマンドに対してやたらとスキンシップが多かったらしい。
それを不思議に思ったエドマンドが、少し前にカリサに相談してきたわけだが、どういう理屈か、先ほどのエドマンドは、コリンズからのスキンシップを自然に受け入れ、それどころかエドマンドの方からコリンズの頭を撫でたりもしていた。
エドマンドとコリンズの間に、というより、エドマンドに何かあったのは明白だろう。
「うーん、どうなんだろう? 確かにさっきのエドとコリンズちゃんは距離が近かった気がするけど……」
エドマンドとコリンズの様子がおかしいことには気がついていたステイシーだが、だからといってそれが魔法の行使につながるだろうか?
少なくとも、ステイシーはそのような魔法は聞いたことがない。
「とにかく、夜ごはんの時に二人にそれとなく聞いてみよう」
そう言ってステイシーは、いつの間にか完成させていた料理をお盆にのせる。
「そうですね、そうするしかないでしょう。それにしても、相変わらずの手際の良さですね……」
話しながらも手を止めず、いつの間にか夕食を完成させていたステイシーの手際に感心しながら、カリサもステイシーが作った夕食をお盆にのせ、運ぶのを手伝う。
料理を持った二人が、エドマンドたちのいる隣の空間に向かおうとしたその時、ダンジョン「幼子の遊び場」に轟音が響き渡った。
読んでいただきありがとうございます。
魔力の活性については、ダークエルフがカリサの体内に魔法を仕込んでいたことの説明のときにも少し触れましたが、本格的に説明するのは今回が始めてでした。
私は割と設定厨なので、説明が多くなってしまいがちです。
気をつけたいとは思っているんですが……。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




