第2節「狸と狐(1)」
「そうか……」
ニルダが持ってきた紙を見せられたコリンズは、しばらく黙り込んだあと、神妙な面持ちでそう言った。
「驚かないんだね?」
コリンズが何か隠していることに気がついていたステイシーは、コリンズの反応を見てやっぱりね、と一人納得する。
そもそも、彼女がヴォルペの族長の娘なら、何故奴隷などになってしまっていたのか、というところからステイシーには疑問だったのだ。
ステイシーは初め、コリンズが嘘をついていて、本当はなんでもないただのヴォルペ族の少女である、という可能性も考えた。
しかし後にコリンズと交戦したシュパンというダークエルフの口ぶりから、コリンズがヴォルペの族長の娘だということは、嘘ではないとわかった。
となれば、コリンズが話そうとしない、コリンズ自身が奴隷になってしまった経緯に、何か隠していることがあるのだろう、とステイシーは予想していた。
同じくシュパンというダークエルフの言うことを信じるなら、だが、コリンズはヴォルペの族長の末娘らしいので、それがなにか関係しているのかもしれない。
「まあ、な」
そしてコリンズは苦笑すると、
「頃合いか……みんな、私の話を聞いてくれるか?」
と自分が奴隷になるまでのことを話し始めた。
*
「ぐはっ」
月明かりの下を駆けるコリンズは、追手のヴォルペ達を、愛刀の刃ではない方で叩きのめす。
「安心しろ、ミネウチだ」
ミネウチ、は先祖から伝わる言葉で、どういう語源かコリンズには全くわからないし、今となってはヴォルペの誰も知らないのだが、ヴォルペに伝わる特徴的な片刃の剣、ニホントウの刃ではない方で相手を攻撃することを意味する。
先ほどの者で、この追手の部隊は最後の一人だったのだろう。
見える範囲に自分以外立っている者がいないことを確認し、ひとまず落ち着いたコリンズ、やっと一息つくことができた。
(和平交渉のためと言え、実の娘を人質に出すなど考えられん)
落ちついたところで数日前の父の言葉を思い出し、コリンズは苛立ちで頭をかきむしる。
「お前をマルダーフントの族長の息子に嫁がせる」それが父の言葉だった。
この言葉に反撥したコリンズは、聞く耳を持たない父を怒鳴りつけ、そのまま家を出てきたのだ。
こんなことをしたのは初めてだった。
コリンズは自分で言うことでもないとは思うが、父にとっても兄達にとっても、理想の娘で理想の妹だったと思う。
父や兄の願いはできる限り叶えるようにしてきたし、反撥したことだってなかった。
それに父にしたって、今までは今回ほど理不尽なことは言ってこなかった。
確かに昔から頑固なところや、誰にも相談しないで物事を決めるところがあったし、コリンズ達ベタニア家の家族のことよりも、ヴォルペ族全体のことを優先に考える傾向が強かったのも事実だ。
しかしそれは一部族を預かる族長としては仕方がないことだと思っていたし、父の決定も、コリンズ達家族が本当に嫌なことはしないようにしてくれていた。
そう思っていた。
でも今回ばかりは許容できなかった。
コリンズに誰か決まった相手がいるわけではない。
誰にか告白したこともされたこともない。
しかしだからといって、恋愛に興味がないわけではないのだ。
勝手に、しかもあったことのない他部族の、しかもついこの間まで殺し合いの抗争を繰り広げていた敵対部族の男と結婚しろなど、受け入れられるはずもない。
改めてそんなことを考えていたコリンズは、そのまま思考の海へと沈んでいく。
なんで、だとか、どうして、だとか、今この場にいない父への行き場のない怒りが収まらない。
そもそも、相手のマルダーフントの族長の息子といえば、同族のマルダーフントの娘を次々娶り、抱え込んでいる好色男だと聞いている。
ただでさえ、知りもない男と結婚させられるというのに、加えてその相手が下衆の類となれば、自分も反応も当たり前なのではないだろうか?
そうやって考え事をしていたためか、それとも、家から逃げ出して数日間まともの休めていないことによる疲れのためか、はたまた、万全の状態でも気がつけなかったのか、今となってはわからないが、気がついた時には月明かりが消えていた。
(何事だ!?)
コリンズが言葉にできない恐怖を感じ、ニホントウに手をかけた時にはもう遅かった。
そこでコリンズは意識を失った。
そして次に気がついた時には、奴隷商人のところにいた。
*
「ということだ」
コリンズの話を聞き終えたステイシーは考える。
(コリンズちゃんは、確かに私よりはよっぽど弱いけど、だからといって、誰でも簡単に捕まえられるほど弱くはない。だとすると、コリンズちゃんを捕まえたのは、何者?)
一番に思い浮かぶのは、シュパンというダークエルフの男だ。
彼はコリンズを圧倒するだけの実力を持っていた。
しかし、コリンズと戦った時のシュパンの反応からするに、おそらく二人はあの時が初対面だろう。
では誰が、コリンズをさらったというのだろうか?
マルダーフント族の仕業なら、わざわざ奴隷商人売った上で、迷い人として探すなどと手のこんだことをする必要はない。
もちろん、そうすることでコリンズを救ったヒーローとしてコリンズの好意を得よう、というその婚約者とやらの戦略かもしれないが、流石にそれは考えづらいのではないだろうか?
そんなことをして、もしかしてヴォルペの側にバレた日には、再び抗争へと発展してしまうだろうことは想像に難くない。
そんなリスクは取らないだろう。
ヴォルペの仕業、というのも考えづらい。
仮に反族長勢力のようなものがヴォルペの中に存在していたとして、そしてその反族長勢力の誰かがコリンズを攫ったのだとしても、シュパンの言葉を信じるならば、「刹断」の異名で恐れられているらしいベタニア家のコリンズに、同じくヴォルペの中で適うものがいるとは思えない。
それに、それなら攫わずに殺す方が確実で簡単だ。
(もしかして、お姉ちゃん? いやいや、まさかね……)
ステイシーは自分の考えを即座に否定する。
「コリンズはこの話は放置でいい、って言ってるんだけど、ステイシーはどうするべきだと思う?」
確かに彼女ならコリンズを攫うぐらい造作もないだろうが、それをする理由もないはずだ。
完全に愉快犯、という可能性は否定できないが……。
「おい……おーい……おいって! 聞いてんのかステイシー?」
そこまで考えて、ステイシーの思考はエドマンドの呼びかけによって中断させられた。
「え? ごめん聞いてなかった……」
コリンズが話し終わってからずっと一人で考え事をしていたステイシーは、エドマンドに素直に謝る。
「やっぱりな。じゃあもう一回言うぞ? コリンズはこの話は放置でいい、って言ってるんだけど、ステイシーはどうするべきだと思う?」
やや呆れた様子のエドマンだったが、ステイシーのために同じ内容をもう一度繰り返してくれる。
「うーん、まあ、コリンズちゃんがそうしたいならそれでいいんじゃない?」
コリンズが攫った者の正体には多少興味があるが、それ以外について、ステイシーはあまり興味がなかった。
コリンズがしたいようにすればいい、というのが正直なところだ。
もちろんステイシーだって、コリンズと仲が悪いわけでもないし、コリンズのこともある程度大切だと思ってはいるが、それはそれ、これはこれ、である。
必要以上にコリンズに干渉するつもりはなかった。
そして、ステイシーは、エドマンドもステイシー同様、コリンズに対してはそういう態度だと思っていた
しかし、エドマンドの意見は、ステイシーの予想していたものとは、少し違っていた。
読んでいただきありがとうございます。
少しずつコリンズの置かれている状況がわかっていっていますね。
まだ色々伏せたままではあるんですが、それは今後のお楽しみ、ということで。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




