第1節「剣術指南と婚約者(6)」
「迷い人、ね」
ステイシーはこの紙に書かれた内容に違和感を感じているのか、どこか含みのある言い方だった。
「コリンズちゃんの名前には驚いたけど……これがどうかしたの、お姉ちゃん?」
ニルダもステイシーの言葉に頷いているところを見ると、どうやらこの紙に書いてあることはどこかおかしいらしい。
というか、ステイシーの反応からして、どうも、迷い人、という部分がおかしいらしい。
しかしながら、カリサにはどこがおかしいのかさっぱりわからなかった。
「そっか、そうだよね、カリサはまだ、よそのことまでは知らないもんね」
うんうんと頷きながら、ニルダはそう言ってカリサの頭を撫でる。
「いい、カリサ。ここにマルダーフント族族長って書いてるでしょ?」
そう言って、ニルダは紙の下の方を指差す。
そこには確かに、マルダーフント族族長、という言葉と、狸の意匠が描かれていた。
おそらく狸の意匠の方は、マルダーフント族の印かなにかなのだろう。
「このマルダーフント族っていうのは、コリンズちゃんのヴォルペ族ととっても仲が悪いの」
「じゃあこれは、ただ探してるんじゃないってこと?」
迷い人、といいながら、見つかったら殺す気なんだろうか?
そう考えたカリサだったが、そこでニルダとステイシーは揃って首を傾げる。
「そうだと思うんだけど、ねえ、ステイシー?」
どうもそこが疑問らしいことをカリサは理解した。
ニルダに話を振られたステイシーも同じく首を傾げているので、ステイシーにも、この記述の意味はよくわからないようだ。
「そうだよねえ……普通なら、生死問わず、みたいな感じで賞金をかけてるから、この、迷い人、って書き方は、おそらく殺そうとしてるってわけじゃないと思うんだけど……うーん……」
なぜわざわざこんな紙をキャラバンに頼んで配ってもらっているのか? 問疑問が出てくるわけだが、なぜなのかステイシーには見当もつかない。
ヴォルペ族がコリンズを探している、と言うならわかるのだが、どうして敵対しているマルダーフント族が殺そうとするのではなく、探しうとしてるのだろう。
「ちなみにニルダちゃん、そのキャラバンにコリンズちゃんのことは話したの?」
もしニルダがコリンズの居場所を教えていたとすると、マルダーフント達がこの「幼子の遊び場」にやってくるかもしれない。
もちろん、ステイシーが戦えば、獣人の一部族ごとき、何ということはないが、「幼子の遊び場」入口周辺の町では、ステイシーは普通の少女、ということになっているので、大ぴっらに戦うわけにもいかず、なにかと面倒なのだ。
そのため、できればマルダーフントたちには来てほしくはなかった。
それにそもそも、弱いとはいえ、数が多いと単純に戦うのが面倒くさい。
「いや、話してないよ。だってマルダーフントが探してるなんておかしいと思ったし」
ステイシーの心配は杞憂に終わったようだ。
まあ、カリサと違って、アルノーによってエルフの族長の長女として教育されていたらしいニルダなら、そんな不用意なことはしないだろうとは思っていたが。
「よかったー、もしマルダーフント達がここに向かって来るようだったら、今すぐこっちから蹴散らしに行かないといけないところだったー」
良かった良かった、とほっとした様子でさらっと恐ろしいことを言うステイシーに、カリサとニルダは思わず顔を見合わせ苦笑してしまう。
「ともかく、コリンズちゃんが戻ってきたら聞いてみよう」
床から直接出てきたような岩の椅子とテーブルに、お茶の用意を並べながら、ステイシーはニルダにも座るように促す。
「とりあえず、ニルダちゃんも座りなよ」
その言葉に合わせて、テーブルのニルダが立っている側に、床から岩の椅子がせり出してきた。
「美味しい……」
ステイシーが用意したお茶は、飲んだことのない味で、なんのお茶かわからなかったが、スッキリとした飲み口で美味しかった。
ニルダはそのままステイシーが用意したお茶を飲みながら、あたりを見回す。
「そうだ、そういえばコリンズさんはどこいるの?」
「コリンズちゃんはねー、エドの修行中なんだよー」
すっかりまったりした様子のステイシーは、のんびりと間延びした口調でそう言った。
「そうなんだ。エド君って言うには、確かにあの人間の少年だよね?」
「そうだよ、最近は結構強くなったんだから」
エドマンドの頑張りを近くで見てきたカリサは、まるで自分の事のように嬉しそうにそう言った。
その様子に、ニルダは久しぶりにカリサをからかいたくなる。
「へえ、カリサ、なんだか嬉しそうだね?」
「えっ? うん。だってエドくん頑張ってるし」
そんなに嬉しそうだっただろうか? と確認のために自分の顔に触れてみるカリサだったが、よくわからなかった。
「もしかしてカリサ、エド君の事好きなんじゃなーい?」
ニヤニヤとしながら、ニルダが楽しそうにそう言った。
「………っっ〜〜!」
カリサはあっという間に耳まで真っ赤にすると、慌てて否定しようとして、なぜだか言葉が出てこなかった。
好きなんじゃないか、と言われても、カリサにはまだ今ひとつしっくりこなかったのだ。
少なくとも、エドマンドのことは嫌いではないが、だからといって、好きか、と聞かれると、それはどうなんだろう、と思ってしまう。
なんと言えばいいかわからなくなり、結果として黙ってしまったカリサに、からかったつもりのニルダの方が慌ててしまう。
「えーっと、カリサ? 冗談だからね? ごめんね?」
ニルダは、誤りながらカリサの顔を覗き込む。
「えっ、うん、わかった……」
自分がエドマンドのことをどう思っているのか、実はよくわかっていないことに気がついたカリサは、その後しばらく、何をするにも上の空だった。
そんなカリサは、ステイシーとニルダが一緒にいる居間にあたる空間に、いつもと少し違う様子のエドマンドとコリンズが入って来たことで、意識を現実に向けざるを得なくなった。
「ただいまー」
そんないつもどおりの挨拶で現れたエドマンドの腕には、なぜだかコリンズが体を密着させて抱きつくように腕を組んでいたのだ。
「えっと、どうしたんですか、二人とも?」
カリサは少し不機嫌な声音になっている。
カリサ本人と、ステイシー、エドマンドはそれに気がついていないみたいだが、気がついたコリンズは、さっとエドマンドから体を離した。
「うん? どうしたって、どういうことだ?」
コリンズがエドマンドから体を離したことは気にも止めず、不思議そうにエドマンドはカリサにそう返してきた。
「いえ、何でもない、です」
カリサは胸に少しの痛みを覚えたが、その原因がなにかは、まだわからない。
(ほーう、なかなかややこしことになってるみたいだね……頑張れ、カリサ)
そのやり取りを通して、4人の関係性をなんとなく理解したニルダは、心のなかでそっと最愛を妹を応援するのだった。
読んでいただきありがとうございます。
最近、心情描写を増やすようにしているんですが、そうすると展開が遅くなってしまうので、どれくらいにするか悩み中です。
難しいですね……。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




