最終節「そして再びダンジョンへ(2)」
「ふぁあああああ、暇だな〜」
玉座の間、とベルフェゴールが勝手に呼んでいる場所で、ベルフェゴールは大きな欠伸をする。
これといってすることない昼下り、静寂が支配する空間で、ベルフェゴールはのんびりしていた。
「っと、お客さんか?」
しかし、そんないつもの光景は、なんの前触れもなくベルフェゴールの後ろに発生した、あるはずのない、正確には”まだ”あるはずのない存在の気配によって中断させられる。
「リリス」
明らかな不測の事態に、しかしてベルフェゴールは慌てることなく短くリリスに呼びかける。
「わかっている」
声とともに、確かに先ほどまでベルフェゴールただ一人しか居なかったはずの玉座の間に、リリスが立っていた。
すでに臨戦態勢を整えた二人は、その影のようななにかに対峙する。
「久しいな、仇敵たちよ」
その影は、どういうわけか魔力のみで、実体を持っていなかった。
しかしだからといって、その影が放つオーラは、ベルフェゴールとリリスが忘れたくても忘れることのできない”奴”のものであることに変わりはない。
「久しいな、じゃねーよ、早すぎねえか?」
口調こそ軽いベルフェゴールだが、その頬には冷や汗をかいている。
「色々あったのだ。だが安心して良いぞ、私が今日ここに来たのは、今の貴様たちを見ておきたかっただけだからな。戦う気などないし、戦えもしないさ」
そう言った影の言葉には嘘があるようには思えない。
戦う気がないのはまだしも、戦えないとはどういうことか、と疑問に感じ、影の観察を続けていたリリスはあることに気がついた。
「おいベルフェゴール、”奴”の魔力はあんなに小さかったか?」
そう、魔力量が少ないのだ。
それも極端に。
リリスの記憶が正しければ、”奴”の魔力量は、今目の前にいる影の魔力量の百倍以上はあった。
「言われてみればそうだな」
その影は放つかつてと変わらぬ威圧感に、やや気圧され気味だったベルフェゴールは、リリスに言われやっとそのことに気がついた。
「さすがは私を封印した姫騎士だ。その通り、今私の魔力はほとんど失われている」
そこでベルフェゴールは、戦えもしない、というのはそういうことか、と理解した。
しかしそれならば、どうしてわざわざベルフェゴールとリリスのところにのこのこやってくるような真似をしたのだろう?
「なるほどな、じゃあ改めてここでとどめを刺せばいいってことだな?」
かつての”奴”ならとどめを刺すなど到底不可能だったが、今の”奴”なら可能かもしれない。
「そうしたほうがいいだろう」
同じように考えていたであろうリリスも、ベルフェゴールの隣で剣を構える。
「行くぞ、リリス」
「ああ」
短く言い合った二人は、ベルフェゴールは身体強化魔法と緑属性魔法を組み合わせ、リリスは自分の体を空間魔法で瞬時に転移させ、それぞれの方法で、その影に対して一瞬にしてに距離を詰めた。
「流石だ、我が仇敵たちよ」
視認するのも難しいほどの高速で放たれた、ベルフェゴールとの魔力を帯びた拳と、リリスの剣は、しかしながら影の魔力に阻まれ止まっていた。
「くっ! やはりそう簡単にはいかないか」
リリスは、諦めたように剣を引き、空間魔法で再び距離をとる。
「ちぇー、殺ったと思ったんだけどなー」
ベルフェゴールも、軽い雰囲気に戻ると、だらだらと歩いて影から距離をとった。
「みすみす殺られに来るわけないことくらい、貴様らならわかっていただろう?」
その影の声は、どこか呆れた様子だ。
「そりゃあねえ? そうなんじゃないかなー、とは思ってたけどよー? だからって一回も攻撃しないわけにはいかないでしょ?」
ベルフェゴールは完全に警戒を解いている。
理由は簡単。
先ほどのやり取りで、わかったのだ。
いくら弱っているとはいえ、ベルフェゴールとリリスの二人ががりでも”奴”を殺すことはできない。
そして”奴”もまた、今の状態ではベルフェゴールとリリスの二人を殺すことはできない。
「私は本当に殺すつもりだったがな」
ベルフェゴールほどあからさまではないし、見た目には未だ影を警戒しているように見えるが、リリスもベルフェゴールと同じく、影に対する警戒と解いている。
「姫騎士、貴様は相変わらずだな……。まあいい、貴様ら、ステイシー=マレットというのは知り合いか?」
影が発した名前に、ベルフェゴールとリリスはわずかに目を見開いた。
「お前まさかステイシーちゃんに会ってきた、とか言うんじゃないだろうな?」
ベルフェゴールは、娘のように可愛がっていた弟子の顔を思い出す。
確か、最近弟子ができたとかなんとかで、その弟子と一緒に旅に出ているらしいが……。
「会ってきたも何も、私の魔力のほとんどを奪い、このような姿に変えたのはその少女だ」
あまりに予想外の返しに、ベルフェゴールは面を食らってしまう。
「ははははっ、ステイシーらしいじゃないか」
驚くベルフェゴールをよそに、リリスは心底愉快そうに笑っている。
「それでお前は命からがら逃げてきたってのか?」
未だ信じきれないベルフェゴールだが、確かにこいつをここまで弱体化させることができるのは、ステイシーくらいだということもまた事実だ。
だがやはりにわかには信じがたく、こいつが否定してくることを内心望みながら、影に問いかけたベルフェゴールだったが、返しはベルフェゴールが望んでいたものではなかった。
「そういうことだな」
特に気にした様子もなく、淡々とそう返す影は、特にステイシーを憎んでいる様子でもない。
「そういうことだなってお前さー……」
ベルフェゴールの方が”奴”の態度に、やるせないような、やりきれないような、そんな気分になってしまう。
「今日はそれを聞きに来ただけだ。予想通りだったが、やはり貴様らの関係者だったのだな」
そう言って立ち去ろうとした影は、何かを思い出したのか「そうだったそうだった」と戻ってきた。
「忘れていたが、私は今フルーレティと名乗っている。お前がベルフェゴールを名乗っている、と知っていたからこうしたわけではないがな。念の為に偽名を名乗っただけだ。それではな、仇敵たち。今度会うことがあれば殺してやろう」
今度こそ影、もといフルーレティは完全のベルフェゴールたちの前から姿を消した。
「フルーレティ、ね」
それは魔王の側近の名前だ。
それを他ならぬ”奴”が名乗るとは、なんとも不思議な話だと、ベルフェゴールは思った。
「さって、昼寝でもするかねー」
しかしそれはそれ、これはこれ。
これからフルーレティは真の力を取り戻すまでに、どう戦力を整えるかといったことや、ベルフェゴールとリリスの二人で対処することになった場合どうするかなど、考えねばならないことはたくさんあったが、ベルフェゴールは気にせずフルーレティの出現によって妨げられた昼寝を再開したのだった。
この後、リリスによって服のみを切り裂かれたベルフェゴールが、全裸で土下座させられながらリリスに小一時間説教されることになるのだが、それはまた別のお話。
読んでいただきありがとうございます。
今回で第1章完結です。
次回からは第2章になります。
タイトルは「マルダーフントの花嫁」にする予定です。
たぶん明日更新できると思うんですが……。
次回も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




