第5節「スヴェルトアンメンシュ(1)」
「本当に、ありがとうございました」
そう言って、エルフの男性は今日何度目かわからないお礼の言葉を口にする。男性の名はアルノー=レヤード。カリサの父で、このエルフの森、引いてはこのアルヴァンメンシュのエルフの代表をしているらしい。
「いいっていいって、気にしないで」
最初の頃は得意満面、といった様子であったステイシーも、流石にこう何度も繰り返されるとやや呆れた様子である。
「気にしないことなどできるはずもありません。あなた方は私の大事な娘を助け出してくれたのですから。私にできることなら何でもさせていただきます」
全く引く様子のないアルノーに、ステイシーも困り顔だ。
なんでこんなことになっているかと言えば単純で、あの後コリンズの説明を聞いた自衛組織のエルフがアルノーの呼びに行き、やってきたアルノーの前で、ステイシーがカリサの治療を終えた。
まだ意識の戻らないカリサは自宅へと運び込まれ、行方不明だったカリサを見つけてきただけでなく、命も救ったステイシーたちに、アルノーがお礼をを言っている。とまあ概ねこんな感じである。
そこで、隣に立っていたコリンズが、軽く肘でエドマンドをつつき
「おいエド、助けてきたほうがいいんじゃないか? エドの師匠、困ってるみたいだぞ」
と耳打ちしてきた。
目線だけ向けたエドマンドに、コリンズは小さくステイシーを指差す。
「おそらく、どう返せば相手が納得してくれるのかわからなくなっている。まあ、何を言ってもアルノー殿があの様子なのだから、ああなってしまうのも仕方がないが……」
確かに、ステイシーが何を言ってもアルノーは「なにかさせてくれ」の一点張りだ。あれではステイシーもどうすればいいかわからないだろう。
「コリンズが行ってくれよ、ああいうの得意だろ? また頭撫でてあげるからさ」
先ほどエルフの自衛組織に事情を説明していたコリンズの姿を思い出し、何の気なしにそう言ったエドマンドだったが、それを聞いたコリンズは、顔を赤くして俯いてしまう。
「どうした?」
なぜコリンズがうつむいてしまったのかよくわからないエドマンドは、コリンズの顔を覗き込む。
「〜〜〜っっっ……。な、なんでもいいからさっさと自分の師匠を助けてこいっ!」
小声でそう叫んだコリンズに突き飛ばされ、エドマンドはよろけながらステイシーの方へ半ば強制的に向かわされた。
「いってて、コリンズのやつどうしたんだ?」
なぜだか知らないが顔を真っ赤にしたコリンズに突き飛ばされたエドマンドは、釈然としないながらも、ステイシーのもとへ向かった。
エドマンドがこの時のコリンズの反応の意味を理解するのは、もう少し先のことである。
「ステイシー、こう言ってくれてることだし、さっきカリサの操ってた奴らのこととか、あっ、後白雪姫のこととか、教えて貰えばいいんじゃないか?」
仕方がないので、相変わらずどうしたものか、と困っている様子のステイシーにエドマンドが助け舟を出す。
どうやら俺の師匠は、こういう場面には弱いらしい。
「そ、そうだね! そうしよう。いや、私もそうしようかなあ〜って思ってんだよ? ホントだよ?」
絶対そんなことは考えてなかったことが見え見えだったが、ここはステイシーの顔を立てて黙っておくことにした。
「ということで、アルノーさん、誰かカリサに危害を加えそうな人に心当たりはありませんか?」
ホントだよ? ねえ、エド、ホントにホントだからね? と未だになにやら言い訳をしているステイシーをエドマンドは一旦放置する。
「あなたは、エドマンドさんでしたね。心当たり、ですか、そうですね……」
「ダークエルフ、じゃない?」
エドマンドが取り合ってくれないので諦めたのか、ステイシーも会話に戻ってきたステイシーのその言葉に、アルノーの表情が曇る。
「やっぱりね、具体的に誰か、はわかってるのかな?」
「いえ、そこまでは」
ステイシーの質問にそう答えることで、言外にダークエルフの仕業だと考えていることを認めたアルノーだが、誰がやったかまではわかっていないらしい。
「そう、それじゃあスヴァルトアンメンシュに行ってみるしかないか……」
スヴァルトアンメンシュ。エドマンドもコリンズも聞いたことのないその名前をステイシーが口にした途端、アルノーの表情が一変する。
「どうしてあなたがその名前を!?」
「え? いや、えーっと……」
予想外の反応だったのか、ステイシーは言葉に詰まってしまう。
空間系魔法を使っているうちに、エルフの森と同規模の魔法空間がエルフの森の裏に構築されていることに気が付き、調べてみたらアルヴァンメンシュというダークエルフの国だということがわかった、と言ってしまうのは簡単だ。
しかし、ステイシーの魔法空間収納の使い方を見たカリサの反応から推測するに、エルフでも空間系魔法を多用するのは困難なようだった。
したがって、ここで正直に話せば確実にステイシーの正体を怪しまれる。
「カリサさんに教えてもらったんです。自分を攫ったのは、スヴァルトアンメンシュのダークエルフたちなんじゃないか、って。なあ、ステイシー?」
ステイシーの沈黙が不自然に長くなるぎりぎりのところで、フォローに入ったエドマンドに、ステイシーもすかさず話を合わせる。
「そうそう、そうなんだよ!」
一瞬怪訝に思った様子のアルノーだったが、一人後ろにいたコリンズもうなずいているのを確認すると、納得してくれたようだ。
「そういうことでしたか。しかし、スヴァルトアンメンシュのことは他言しないでいただけますか?」
「どうして?」
「スヴァルトアンメンシュは、人間を憎み、ダークエルフとなった者たちの国です。そのような国が、我々エルフの住処であるこのエルフの森の鏡面世界に作りあげられている、などということが知られれば、ダークエルフ討伐だなんだと理由をつけて、人間たちが攻め込んで来るかもしれません」
アルノーの懸念は、この世界のエルフの歴史を考えれば、妥当なことかもしれない。
しかしながら、一度友好関係を築いたエルフたちに対して、そう簡単に手のひらを返す様な事をするものだろうか?
エドマンドの感覚としては、そんなことはそうそうないだろう、と思ったのだが……
「それは、確かにそうかもしれんな」
そんなエドマンドの考えを否定するかのように、今まで会話の外にいたコリンズはそう言った。
「そうなのか?」
思わずそう言ったエドマンドに、コリンズは、「落ち着いて聞けよ?」と前置きした上で、
「人間の中には、エルフの生き血を飲めば寿命が伸びる、だとか、エルフの耳から作る薬を使えばどんな病気でも治る、だとか、そんな根も葉もない迷信を信じているやつがごまんといる」
「それだけならまだ正しい知識を教えればそれで済んだのかもしれないが……」と表情を曇らせた後、
「エルフというのは、人間に比べ男女問わず総じて美しい容姿をしている。だから、この先は、わかるだろう?」
そう言って、その先は言葉にしなかった。
「……」
エドマンドは人間の汚さを思い知らされた気分で、何も返すことができなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
スヴェルトアンメンシュという言葉が初めて登場しました。
スヴェルトアンメンシュはエルフの森の鏡面世界に存在するダークエルフたちの国です。
詳しい設定はこの後出てきますので、お楽しみに。
後、獣人の頭を撫でる、という事の意味については、白雪姫編の次の話で明らかになる予定です。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




