第4節「ダークエルフ(4)」
「はーいそこまでー」
互いの刃が寸分違わず他方の首筋へと迫ったその時、場の緊張を無視したそんな言葉と声ともに、ステイシーが二人の間に割って入った。
「「なっ!?」」
コリンズとカリサが驚愕の表情を浮かべて見る先には、二人の刃を掴んでいるステイシーの姿があった。
「コリンズちゃん、今カリサちゃんを殺す気だったでしょう?」
静かに、こんな状況にも関わらず静かに問いかけるステイシーの声は、優しい口調であるはずなのだが、とても冷たく感じられた。
「それは……」
ステイシーの指摘に、コリンズ何も言い返せない。実際のところ、コリンズはカリサを殺すつもりで斬りかかっていた。しかしそれは、カリサを操っている何者かの力量を考えてのことだ。おそらく自分が全力で殺しにいったとして、殺せはしないだろう、という確信に近い予想がコリンズの中にはあった。
「うん、ごめんね。意地悪なこと聞いちゃったね?」
答えに窮するコリンズに、ステイシーは優しく微笑んだ。その笑顔に先程までの冷たさはない。
「カリサちゃんは操られてて、今のカリサちゃんには、全力で挑んでも勝てない、と思ったんでしょう? でも、それなら私を呼んでくれればいいのに」
そうするのが最善だった。そんなことはコリンズもわかっていた。でも、それでもコリンズはステイシーに助けを求めることはしなかった。
コロンズは恐れていたのだ、どこかでステイシーのことを。それはコリンズを開放した時に垣間見えたステイシーの力にかもしれないし、それから今の今まで、全く自分の実力を見せていないことにかもしれないし、その両方にかもしれなかった。
兎にも角にもコリンズは、ステイシーが本気を出してしまうかもしれない状況を作りたくなった。もしそこで、ステイシーが理解不能な程の力を示しでもしようものなら、私はこれからどうすればいいのかわからない、とコリンズは思っていたのだ。
「もーう、何か言ってくれてもいいじゃーん。……っとと」
結局言葉を返せなかったコリンズに、まったくもって緊張感のない返しをしていたステイシーのすきを突く形で、カリサはステイシーによって凍らされていた水威切断を解除し、飛び退く様にして距離をとった。
「ふーん、なるほどね」
見たところ、カリサを操っている魔法使いは、なかなかの手練のようだ。これならばコリンズがカリサに、殺すつもりで挑んだとしても勝ち目がない、と考えたのも納得がいく。
「……何者だ」
飛び退き、ステイシーから少し離れたところにいるカリサが、険しい表情でステイシーを見ながら言う。その視線は先ほどカリサが攻撃したはずの腕の向けられていた。
「名乗るときは自分から名乗るものでしょ? と言いたいところだけど、君が素直に名乗ってくれるとも思えないし、今回は特別に教えてあげよう。私はステイシー、ステイシー=マレット」
少し呆れた様子でそう言うと、ステイシーはゆっくりと歩き始める。それに合わせるように後ずさったカリサは、何かが背に当たり、それ以上下がることができなかった。
「結界、か。厄介な」
瞬時にその正体を看破したカリサは、距離をとることを諦め、再び展開した水威切断を構える。
「正解、流石にダークエルフ、鋭いねえ」
何の気なしに発したその言葉に、カリサの表情が僅かに険しくなったのを、ステイシーは見逃さなかった。
「……」
「君は優秀なようだけど、それでもまだ少し詰めが甘い。こんな簡単なはったりに引っかってちゃ、せっかく意識にかけてる精神魔法防御の意味がないよ?」
何故か敵に説教をしながら、ステイシーはカリサの目の前までやってくる。逃げ場がないことを悟ったカリサは、ステイシーに斬りかかった。
ステイシーは、右斜め上から迫る斬撃を、そこにくることがわかっていたかの様に構えられたワンドで受け流すと、すかさず返す刀で足に放たれた一撃を、水威切断の腹を踏みつけて上へ逃れた。続いて切り上げる形で放たれた一撃を、そのまま空中で脇から蹴りつけ、最後に振り下ろされた水威切断を頭上で横の構えてワンドで受け止めた。
ここまで僅か1秒足らず。高速で繰り広げられたやり取りに、音は重なり、一つの大きな音に聞こえたほどだ。
「まだやる?」
息の上がっているカリサに、呼吸一つ乱していないステイシーが涼しい顔でそう言った。
「ちっ。こうなっては仕方がない、悪く思うなよ、人間!」
カリサはそう言った瞬間、ステイシーはカリサの中に、カリサ以外の、そして今カリサを操っている者のものでもない魔力の発生を感じ取った。かつて幾度か目にしたその魔力の発生の仕方は、ステイシーの記憶が正しければ――。
(まずい!)
その魔力の発生の仕方は、かつてエルフに見せてもらったものに告示していた。違いと言えば、かつて見せてもらったそれは、とても温かいものだったが、今目にしているそれは、とても暗く冷たい、ということくらいだ。
そのエルフ特有の魔法の使い方というのは、魔法を一つの生命、特に植物に見立てる、というものだった。詠唱などその術者がその魔法を発動するにあたり必要な条件を全て満たした上で、魔法を発動する直前の魔力を圧縮し、不活性化する。そうしてできた不活性魔力の粒が、いわばその魔法の種になる。この方法の利点は、魔力に余裕があるときに、一定量生産しておくことでもしもの備えになるだけでなく、魔力を再び活性化することさえできるならば、基本的には誰でもその種に込められた魔法を、種子一つに限り一回限りだが行使可能となることだ。
この技術を応用すれば、ステイシーでも気づくことができない様にカリサの中に発動直前の魔法を仕込むことも可能だろう。
問題は、そのカリサに仕込まれている魔法が何なのか、だが――。
(強制魔力暴走とは、たちの悪い。しかも……)
強制魔力暴走。いわゆる自爆魔法だ。自分の持つ全魔力を熱エネルギーに変化し、限界まで圧縮した上で、その圧縮された熱エネルギーが使用者の死によって一気に解き放たれる事で、周囲に壊滅的な被害を与える。それだけなら、今すぐにでも解除できる。ステイシーの技術なら、例え発動しかかった魔法であっても、干渉し、打ち消すこともできるのだが、問題なのはそこではなかった。
カリサの強制魔力暴走の魔法の種子と、カリサの心臓とまとめて絡める形で、黒属性の魔法がいくつかかけられていたのだ。そしてそれだけならまだ問題にはならなかったのだが、困ったことに、それらの黒属性魔法は極めて雑に滅多やたらと仕掛けられていた。
(あれじゃあどこから手を付ければいいか、すぐには判断できないかなあ……)
ことは一刻を争うのだ。のんびりしていては、強制魔力暴走が発動し、カリサがバラバラになってしまう。
「もう何もできまい。さらばだステイシー=マレット、それにベタニアの末娘よ」
カリサはそう言うと、力の抜けたカリサの顔は下を向いたが、それでもそのまま、カリサはそこに立っていた。
(仕方ない!)
「個人時間遅延・九!!」
ステイシーがそう叫びワンドを振り下ろすと、カリサの動きがピタリと止まった。
読んでいただき、ありがとうございます。
ついにステイシーが直接戦いました。
強いですね……。
その強さをしっかり表現できていればいいんですが……。
明日も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。




