第4節「ダークエルフ(3)」
「まさかテントが一つしか用意されていなかったとは……」
「わかってくれたか……」
爽やかな朝日の中、寝不足で全く爽やかではない顔をしたエドマンドとコリンズは二人でため息をついた。
「ステイシーもカリサ全く恥ずかしがらないから、もしかして俺がおかしいんじゃないかと……」
「いや、エドはおかしくない、彼女たちがおかしいんだ」
そう言ってコリンズは、先ほどまで寝ていたテントを振り返る。
中では今でもステイシーとカリサが熟睡していることだろう。
二人がこんなことを早朝から話しているのにはもちろん訳がある。
昨日の夜のこと。
いつものようにステイシーとカリサがさも当然の様にエドマンドを同じく一つのテントで寝ようとしたのだ。
コリンズがそれに、反対したことで、ついに理解者を得たエドマンドは、コリンズと二人、ステイシーとカリサにもう一つテントの張るように説得しようとしたのだが……。
結果はこの通りである。今張られているテントは一張。外には寝不足の二人。それがすべてを物語っていた。
「「今日の夜はテントを2つ張ってもらおう!」」
異口同音にそう言った二人は、がっしりと硬い握手を交わしたのだった。
*
「んんっ……」
ステイシーが目を覚ますと、寝た時にはそこにいたはずのエドマンドとコリンズの姿がなかった。
(あれ……二人ともどこいったんだろう?)
まだはっきりしない意識の中、魔法を使う気にもなれず、ぼんやりとそんなことを考える。
(まあいっか、もうちょっとなら寝ててもいいよね……)
テントの隙間から見える空は、まだ白み始めたところだ。まだ起きる時間ではない。
そうしてもう一度寝ようとしたステイシーだったが――
「くっ………! どういうつもりなのかな、カリサちゃん?」
隣で寝ていたカリサ振り下ろした水の刃に否応無しに微睡んでいた意識は覚醒させられた。
「チッ、これに反応するか」
「ははは……、反応できたかっていうと微妙だけどね……」
とっさに腕で受け止めた水の刃、おそらく水威切断は、ステイシーの腕の半ばまで入り込み、骨の途中で止まっている。
ステイシーにしては珍しく苦痛に顔歪めていた。
ステイシーは大抵の怪我では死ぬことはないが、だからといって痛みがないわけではない。
いつもは痛覚を制御し、一定までの怪我については痛みを感じないようにしているのだが、今は寝起きでそれができていないのだ。
(殺しちゃうのは簡単だけど、流石になあ……)
とりあえず痛覚制御の魔法を発動し、どうしたものかと考える。
どうにも今のカリサは操られている様だ。最初からカリサがステイシーたちを騙していたのなら今ここで殺してしまうのもありだが、どうにもそういう感じではない。
「誰だか知らないけど、私を怒らせない方がいいよ?」
久しぶりに感じた怒りに、思っていた以上にカリサのことを大切に思っている自分に少し驚きながら、ステイシーはカリサの水威切断を受け止めている腕と反対の腕でカリサの腕を掴むと、テントの外へと投げ飛ばす。
確かにカリサのことは大切だが、それはそれ、これはこれ、である。
とにかく今は操られているカリサをどうにかしなければならないのだ。多少乱暴になってしまっても仕方がないだろう。
ステイシーはゆっくりと起き上がると、テントから出ていく。
いつの間にかワンドを持っていたその腕は、何事もなかったかのように無傷だった。
*
「そういえば昨日聞き忘れたんだが、コリンズのその耳はーー」
固い握手を交わしたあと、ステイシーとカリサを起こすのも悪いと思い、カリサと二人で話していたエドマンドの言葉は、布が引き裂かれる音によって遮られた。
「――なんだ?」
自体が飲み込めず、どこかのんきな様子で音がした方を見ているエドマンドとは対象的に、コリンズは一瞬で表情を険しいものにしていた。
「気をつけろ、エド」
コリンズは足元においていたニホントウを左手に持ち、そっと右手をその柄に添えた。
身長の低いコリンズにとっては身の丈程もある刀だが、なかなかどうして様になっている。
「気をつけろったって、何にだ?」
全くわかっていないエドマンドに、コリンズは苦笑すると、静かに目を閉じ、その狐耳をピンと立てる。
「来るぞ!」
「いや、だからな―――」
その言葉に答えなかったコリンズは、次の瞬間にはエドマンドの鼻先三寸まで瞬間的に距離を詰める。
そして、コリンズがニホントウを抜刀したところで、まるで合わせるかのように水の刃が叩きつけられた。
「……私の初撃を受け止めるか、ヴォルペの娘。さすがは「刹断」のベタニアというべきか。末娘でこれと―――」
謎の襲撃者は、コリンズのことを知っていたらしく、鍔迫り合い続けながら話すが、その言葉は最後まで続かない。
「その名で私を呼ぶな!」
そう叫んだコリンズが、力任せにニホントウを振り下ろし、それをいなす形で謎の襲撃者が飛び退いたのだ。
一瞬の攻防。
正直エドマンドにはなんのことやらわからなかったが、目の前にはそれがどうでも良くなるほど、驚くべき光景が広がっていた。
「カリサ? どうしてお前が俺たちを……?」
そう、エドマンドに斬りかかったのは、カリサだったのだ。
「エド、落ち着いて聞け。おそらくあれはカリサではない」
いつの間にか納刀し、目を開いていたコリンズは、静かにカリサを観察している。
コリンズを警戒してか、すぐに仕掛けてくる様子がないカリサ? を見て、エドマンドも一旦深呼吸をして心落ち着かせる。
「……よし。それで、あれがカリサじゃないってのは?」
落ち着いた様子のエドマンドに、コリンズは一つ頷く。
「仲間一人のパニックが、全員を窮地に陥らせる」そんな兄の言葉を思い出し、少し懐かしく感じながら、コリンズはエドマンドに話し始める。
「おそらくだが、今のカリサは精神支配状態にある」
視線はカリサ? の方に向けたまま警戒を解かずにコリンズ続ける。
「しかもおそらくだがカリサの精神を封じ込めて、誰かの意識を上書きされているようだ」
水威切断はカリサも使えたはずだが、コリンズの一撃を受けきれるほどの強度はなかったはずだ。
さらに言えば、身体強化の練度がカリサとは桁違いだった。
「誰がそんなことを……」
いつものカリサからは想像もできないような邪悪な笑みを浮かべるカリサ。
信じがたいことだが、おそらくコリンズの言っていることは間違いではないらしかった。
「さあな……しかしやっかいだぞ、あれは」
そう言って苦笑するコリンズだが、その表情に余裕はない。
「コリンズでも厳しいのか」
エドマンドの目に、先ほどの攻防は拮抗しているように見えていた。
しかし実際は違う。
カリサを操っている何者かの水の刃に、コリンズがニホントウを合わせたのではない。カリサの抜刀に相手が合わせたのだ。
これがどれだけの力量差か、コリンズは知っている。
どうしたものか? せめてエドだけでも逃して……、などど考えているコリンズは、1つ重要なことを忘れている。
「話は終わったか、コリンズ嬢?」
静かにこちらの様子を伺っていた、カリサ? はまっすぐにコリンズを見据える。
「ああ、いつでも構わん」
先ほど同様、目を閉じ耳をピンッと立てたコリンズも、カリサの正面に立つ。
張り詰めた空気の中、近くで鳥は飛び立った。
それを合図に、二人は一瞬のうちに距離を詰めた。
読んでいただきありがとうございます。
コリンズと操られたカリサの戦いでした。
どうなるかは次回のお楽しみ、ということで。
明日も16時すぎに更新予定です。
それでは。




