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lonely lier  作者: 佐古間
9/16

小鹿4

 昼のニュースに国会の様子が映し出されていた。厳めしい様子の議員たちがゆっくり並んで歩きながら、何かを投票していく。一週間前に墜ちた隕石の影響で、ここ最近のニュースはずっと議会の様子と、隕石被害の様子を伝えていた。相当大きな隕石だったはずなのに、幸か不幸か怪我人は一人もおらず、クレーターなどの被害も全くなかった。

 空から降ってきた隕石、なのに、地面にはクレーターもなく異常気象の予報もない。視聴者から投稿された隕石墜落時の動画は何万回、何億回と世界中で再生されたが、その様子は確かに異様だったのだ。誰かがどこかで呟いた、「墜落というよりは着地のようだ」という言葉は言い得て妙だった。

 七年前。小鹿は二十歳になったばかりだった。隕石は北海道の奥地に墜落したため、小鹿は肉眼でその大きな岩を確認したことはない。ただ墜落時間のその瞬間、北の方から一瞬強大な光がぱっと視界を埋めて、あまりの眩しさに手を掲げて顔を覆った。その一瞬後、ずん、と低い地鳴りがしたように思えた。が、地鳴りは一瞬で途切れ、周囲は静寂に包まれた。

 光を浴びた時、小鹿は大学の構内にいた。丁度図書館に向かおうと外を歩いていた時で、周囲にはまばらだが学生がいた。一拍遅れてざわつきはじめる構内を横目に、スマートホンでニュースを確認したのだ。隕石墜落か?! という見出しはすぐにタイムラインを埋めた。速報だけの、二、三行の短い文章。北海道の見知らぬ土地に、巨大な隕石が落下したが、被害が出なかったという文面だけだった。

 当時は「ふうん、そうか」とそれだけで終わらせたそのニュースを、急に身近に感じたのは左掌の発光を確認した時だった。

 運よく一人で歩いていたバイトの帰り、いつもより何となく明るい気がして、もっと言うと視界の左側がぼんやり光っているように感じて、光源を探したのである。まさかそれが、自分の左掌だったとは思わなかったけれど。

 その時にはもう、人体の一部が光り輝く、どうにも奇妙でファンタジーな現象は世間に認知され始めており、頭の良い学者たちがうんうんと唸りながら恐らく墜落時の光線が原因だろう、と、ぼんやりでも原因を特定したところだった。光化症、の名前が付いたのは、隠しきれぬと悟った小鹿が渋々皮膚科を受診した、その翌日のことである。

 とにかく光を隠すために季節外れの手袋をして、大学に向かう電車の中のことだった。

 その日はたまたま午後からの講義しかなかった。家を出るギリギリまで寝ていたのでニュースなどを見る暇もなく、空いた車内でぼんやり窓に移った自分を見つめていた。左掌が発光している、ということにようやく少し慣れてきて、なるようにしかならない、という諦めが生じ始めていた。

 尻ポケットがゆるく震えたのは大学まであと二駅、という所だった。反射的にスマホを取り出す、と同時に電車が駅に着いたので、鞄を持って飛び降りた。五月蠅いホームの雑音の中、電話の向こう側で女性の声が小鹿の名前を確認した。

「もしもし?」

 よく聞き取れず、小鹿は何度か言葉を返した。昨日行ったばかりの皮膚科だと気が付いたのは、昨日受診された、というキーワードを得たからだ。

「今朝のニュースで発表された件で、小鹿さんの症状に当てはまるものがございましたので」

 結論から言えば、再度検査をさせてくれ、と、そういうことのようだった。

 迷ったのは数瞬で、大学をさぼることにした。向けていた足を下りのホームへ向けて、今まで乗っていたものと反対方向の電車に乗り込む。皮膚科は自宅の最寄り駅近くにある、総合病院に入っている。逆を言えば、大きな病院でなかったなら、このような連絡は入らなかっただろう。

(結局これが何なのか)

 調べて分かるものなのか、どうか。小鹿にはわからない。

 ただ特別に入れてもらった診察室で、昨日見たばかりの医者がやけに神妙そうな顔をして、きっぱりと告げたのである。

「これは、光化症、と、名づけられました」

 つい先ほどの出来事に関心が持てず、名前が付いたからどうなのだ、とは終ぞ喉から飛び出ることはなかった。

 はあ、と曖昧な返事をした小鹿に、医者は残念そうに眉尻を下げて、事実「残念ですが」と口にする。

「現代医学では、治療方法がございません」

 そんなことだろうと思ったよ、とは、小鹿の口から零れていたが。



「治らないって聞いて、本当に落ち込んでしまって……今だからこうして外を歩けますけど、やっぱり最初の頃は、辛かったですよね」

 女性は僅かに目を伏せると、フラペチーノを啜った。汗を掻いた透明のカップはまだキンキンと冷たそうだ。小鹿のそれはもう殆ど飲み終わってしまって、「まあ、そうですね、」と曖昧な様子で言葉を返した。

「あなたも最初の方に?」

 女性の問いかけに頷く。隠す必要はなかったし、正直に話したところで真実かどうかなど知る由もない。女性は「大変だったでしょう」と一呼吸おいてから、「今も大変なのは変わりありませんが」と眉尻を下げた。

「七年前と比べて、大分周囲の理解は増えてきたと思いますが……まだまだ、迫害は多いです。私は幸いにも、余分に何かを巻いたり、着込む必要がない場所が光化したので、気づかれること自体あまりないのですけれど。目に見えてしまうと、勘の良い人にはすぐに気づかれてしまいますし、伝染するわけでも、支障があるわけでもないのに、どうしたって何をするのも障害になります」

 女性の目がちらりと手袋を見たので、言いたいことを理解する。

(すごく好意的に受け止めて、あなたはあからさまに光化症患者のアピール出来てすごいですねってところかな……)

 ひねくれた思考になった自分を内心苦笑しながら、話の続きを促す。彼女は「何も悪いことはしていないのにね」と小さく呟いた。

「人との関わりを持つのが極端に怖くなりました。本当に、信じられないかもしれませんが、久しぶりだったんですよ。自分から誰かに声をかけたの……」

 笑って、女性は「なんて、名乗りもせずにすみません」と締めくくった。頃合いだろう、とあたりを付けて、小鹿は「いいえ」と首を振る。カップの中は空っぽだ。氷すらも溶けてしまって、今から戻れば報告書作成に丁度良い時間と思われた。

「お気持ちはわかりますよ。普通であっても人付き合いなんて難しいのに、ハンディを負ったならなおさらだ。私も同じ光化症の方と出会うのは良い刺激になりますので、とても楽しかったですよ」

 あなたの勇気に感謝です、と、最後に笑って立ち上がった。女性もまたわかっていたのだろう、何も言わずに視線を上げる。

「もう、会う機会はないかもしれませんが。もしどこかでお会いできれば、またこうしてお話させて頂ければと思います」

「こちらこそ、お時間頂いてしまって……ありがとうございます、久しぶりに、楽しくお話しできましたわ」

「それは、なにより」

 笑い合って踵を返す。小鹿が店を出て駅へ向かうまで、女性の視線がずっと背中を追いかけているようだった。



「それで、君はのこのこ署にもどってきたというわけかい?」

 聞き終えるなりそう言って眉を顰めたのは大狼だった。今日は珍しく事務所内に何人かのメンバーがいる。普段あちらこちらと捜査や検査に出かけている先輩刑事たちが、小鹿の戻りが遅かった理由をからかい交じりに聞きたがったので、話していたのである。大狼は途中で部屋にやってきたかと思うと、一緒になって小鹿の話を聞いていた。

「大狼さん、そこはナンパするべきだって、そういう?」

 小鹿の隣の席でパソコンに向かっていた有馬が、意外そうに大狼を見る。大狼は「いいや」と首を振ると、「小鹿くんの記憶力のなさとひらめきのなさに呆れているところだ」と肩を落とした。

 散々な言われようで、小鹿は訳が分からない。何かやらかしただろうかと有馬を見るが、有馬もまた不明なようで、肩をすくめるばかり。

「いや、確かに美人でしたけど……俺がナンパするように見えます?」

「何もナンパしろとは言っていないだろう」

 見えねえな、という野次に混ざって、大狼が「そんなわけあるか」と小鹿を小突いた。座っている小鹿と立っている大狼では、ようやく大狼のほうが高くなるくらいの位置なので、拳は軽く頭を叩いた。それで、ふと気が付いたのである。

(あ、確かになんか、大狼さんに言われてた気がする)

 どうしたって自分の記憶が曖昧になってしまう、こればかりは自分で制御しようにもできないのでどうしようもない。光化症になる以前も同じような感じだったから、小鹿は元来記憶力があまり良くないのかもしれない。だからこそ、他人の記憶ばかり覚えたままになってしまうのかもしれないが……大狼がじっとこちらを見つめるので、小鹿は居心地悪げにパソコンに向き直った。報告書の作成も進めなければならないし、大狼と話をするのはそれが終わってからだ。

「ええと、あとでお伺いします……」

「そうしてくれたまえ」

 小さくなって答えると、大狼はふん、と鼻を鳴らして頷いた。有馬が「なんかよくわからんが、お前もよく大狼さんの地雷を踏むなあ」とけらけら笑っている。踏んでいる自覚はなかったが、確かに大狼の機嫌を損ねる率は高い気がするので、そうなのかもしれなかった。

「俺は研究室に戻っているから。報告書の作成が終わったら小鹿くんは来るように。あと有馬くん、君も人のことは言えないからな」

「えっ俺何かやりましたっけ!」

 大狼はくるりと視線を有馬へ移すと、「やりましたというか、やってない」と首を振る。

「いつまでたっても検診に来ないから、いよいよ君の代償が深刻化しているのではないかと心配しているくらいだよ。忙しいのもわかるが、廃人になりたくなければさっさと検診に来たまえ」

「有馬さん……有馬さんは検診さぼっちゃダメでしょうよ……」

 じっとりとした目で有馬を見ると、バツが悪そうな顔を浮かべて有馬は頷いた。明日行きます、とは本当に小さな声で、それでも大狼は満足そうに頷いた。

「それじゃあ諸君、報告書の作成、頑張りたまえ」

 何をしに来たのやら、いつものように遊びに来ただけだろうとは思ったけれど、それで大狼は出て行った。小鹿はまじまじと有馬を見つめる。

「有馬さん、そんなに検診嫌いでしたっけ」

「嫌いっていうか、嫌いなわけじゃないんだけど。結果が悪かったりすると、なんというか、いてもたってもいられなくなるというか」

 言葉を濁した有馬に、そんなもんですか、と適当な相槌を打つ。

「行かなきゃって思っちゃいるんだけどな……」

 怖い、という言葉は出なかったが、きっと怖いのだろうと小鹿は推測する。大狼が怖いのではなくて、検診結果が怖いのだ。

 以前大狼が話してくれた、代償の種類について思い出していた。代償には三つのパターン、〝過剰摂取〟と〝消失〟と〝状態異常〟に分けられるが、〝過剰摂取〟と〝状態異常〟の複合型である小鹿と違い、有馬の代償は継続的な〝消失〟である。能力を使用するたび、自分の中から失われていくものがあって、それが一生もとに戻らないというのはどのような感覚なのか……小鹿には理解できそうにない。

「でも、だからこそ、ちゃんと行かなきゃだめですよ」

「おう」

 わかってるよ、と有馬は頷いた。それで報告書に向き直る。とにかくさっさと報告書を仕上げなければならなかった、し、小鹿は小鹿で、早いところ大狼のもとへ行かなければならなかった。

(そうだ、覚えておけよって、言われたんだった……)

 代償の話をしたのは何故だったか、それでぼんやり思い出す。巷で騒がれている変死体の事件。大狼は「直感でしかない」と前置きつつも、確かに小鹿に何かを期待していた。事件の鍵となる何かと、小鹿が接触をするのではないかという、直感。

(そんなもの、あてになるとも思えないが)

 不思議と大狼の言うことはその通りのような気がしたし、実際当たることのほうが多かった。となれば、大狼は小鹿に、「その女性は事件の鍵となる人物ではないのか」と、そう言いたかったのだろう。もっとも、人のいるこの部屋で口にすることは憚られたようだったが。

(例えそうであったとして、あの時話を聞く以外に、俺に何ができたのか……)

 わからないな、と小鹿は唇を噛んだ。万引き事件の報告書はあっという間に出来上がり、プリントアウトして印を押す。提出してしまえば、あとはもう自由だった。

「じゃあ、大狼さんのとこ、怒られに行ってきます」

「おー」

 ぼんやり告げると有馬が返事をくれる。ため息を吐きたいのをぐっとこらえて、小鹿は光犯課を後にした。

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